第35話 『断罪』の勇者
時刻:午後5時。
突発的に始まったブランク帝国夏祭りは佳境に入り、城下町では昼よりも賑やかになり、まさに大盛況だった。
しかしそれも東門から現われた勇者によって、全てを壊されてしまった。
マガツ達が城から出て来た頃には、既に街に被害が及んでおり、国民達は逃げ場を求め悲鳴を挙げている。
「んだよ、こりゃあ……」
「おのれ勇者め、またしてもこの国を襲おうと言うのかッ!」
ブランク大帝の死から一月が経過して、大きな戦いはグレアとの戦い以降一度もない。
だが敵国は立て続けに、今度は勇者を送り込んできた。
素性も分からない相手にマガツは身構え、事前に剣を引き抜いて東の門へと向かう。
その横でオーマも併走する。
「オーマ、無理だけはするなよ?」
「さいですとも。民を守る為、そしてマガツ殿の命を守るためにも」
デザストとウイロウは双子と少年、そしてシャトラを守るため城に残り、前線での戦闘はマガツとオーマが担当することとなった。
二人は遠くから響いてくる爆発音を頼りに東の門へ急ぎ、勇者一行を探す。
そして、市街地の中に佇む4人の人影を見つける。
「おっ、やっと兵士様のお出ましかァ?」
相手もマガツ達に気付いた筋骨隆々の大男は、獲物を見つけた肉食獣のように舌なめずりをしながら言った。
「なんだありゃ? 勇者一行が来たってーのに、お出迎えはザコ2匹か?」
続けて、長身痩躯の剣士がため息交じりに呟く。その顔は不満げで、オーラからして卑屈な性格が窺えた。
鼻につく言い方に一瞬腹を立てるが、マガツは適当に持ってきた剣を構え、勇者一行に尋ねる。
「お前らが侵入者か? 悪いことは言わねえ、今すぐ出て行きな」
しかしマガツの言葉を、赤髪の女は腹を抱えて笑い飛ばした。
「今すぐ出てけって、何このオッサン? 超ウケるんだけど~!」
赤髪の少女は絵に描いたような黒の三角帽子を抑え、学生服姿の少年の肩を叩いて続ける。
「ねえ聞いたマサキ? 「出てけ」と言われて出てく奴らがいるワケないのに! ねぇ?」
マサキと呼ばれた黒髪の少年は、しかし表情を変えずにマガツ達をじっと見つめていた。
けれど他の仲間達はそれに慣れているのか、誰一人として心配する素振りを見せなかった。
「全く、マサキはここに来てもノーリアクションかァ。相変わらず締まりが悪ぃなァ」
と、大男はスキンヘッドの頭を撫でながら言う。
「…………」
「な、何でござるか? あのニンゲンの子ども、何やら只ならぬ気配が……」
無言を貫くマサキ少年を前に、オーマは異様な空気を感じ呟いた。
それはマガツもうっすらと気付いていた。
確かに彼ら4人は勇者らしいと言えば、勇者に見えなくもない人材で構成されている。
年齢層は比較的若く、特にリーダーであろうマサキ少年は学生服姿から見て高校生くらいか。
だのに、今までに感じたこともない強いオーラを纏っていた。
するとマサキ少年はゆっくりと口を開いた。
「おじさん、ボク達と同じ人間なのにどうして邪魔をするの?」
学生らしい、純粋な質問だった。
彼の言う通り、マガツは元々日本で暮らしていた普通の人間。このマサキと同じ、人間である。
「ソイツは、俺が魔王だからだ」
マガツは間髪入れずに答え、マサキへ鋭い視線を送る。
……が、マサキは呆れてため息を吐き、仲間達にそれぞれ指示を出した。
「ロック、君はあの鬼の男を頼む」
「おうよマサキ! このロック様が完膚なきまで叩き潰してやるよォ!」
ロックと呼ばれたスキンヘッドの大男は言いながら、オーマの方へ近付いていく。
「それでラトヌス、君は先に城の中を探索しておいて欲しい。そこに本物の魔王がいるはずだ」
「はいよ、かしこまり。ケケッ」
続けてラトヌスと呼ばれた長身痩躯の男は地面を蹴り、マガツ達の頭上を通り抜け、城へと駆け抜けて行った。
「しまった! あそこにはデザスト達が――」
マガツは踵を返し、急いでラトヌスを追いかけようとした。しかし――
「っ!」
瞬間、背後から冷たい気配を察知したマガツは振り返り、剣で顔を庇う。
果たしてそこには、白銀色の剣が振り下ろされていた。
「マガツ殿!」
「おい鬼野郎! よそ見してんじゃねえッ!」
その横で、オーマはロックに隙を突かれ、男の拳を顔面に食らった。
威力は凄まじく、オーマは防ぐ余裕もないまま、民家の壁を突き破って飛んでいく。
「オーマッ! 畜生、ただでさえ復興中だって言うのに……」
マガツは苛立ちを覚えながらも、マサキを睨み、剣を構える。
しかしマサキは眉一つ動かさず、マガツの様子を窺いながら呟いた。
「おじさん、なかなかやるね。流石は魔王を自称するだけはあるよ」
「アンタこそ、殺気一つない剣……勇者にしちゃあ、少し無慈悲じゃねえか?」
「別にボクは魔族に対して怒りも恨みもない。世界のために、魔族を始末する。ただそれだけのことだ」
淡々と、まるでそれが自分の存在意義であるかのように、マサキは言葉を返す。
すると背後にいた赤髪の女は、退屈そうにあくびをしてマサキの体に寄り添った。
「ねえマサキ? 私、今日は戦う気分じゃないから空で見守っててもいい?」
彼女はマサキに気でもあるのだろうか? 子猫のように甘えた声で訊く。
それでもマサキの表情は変わらず、コクリと肯くだけだった。
「門の破壊は任せたからね。後はジェイルの好きなようにするといい」
「マジ? やっぱマサキは優しいね~」
大袈裟に全身で喜びを表現すると、ジェイルと呼ばれた少女はポンッと右手に箒を召喚し、柄の部分に載って空を飛んだ。
その姿はさながら、子供向け絵本に登場する魔女っ子のようだった。
「それじゃあ私、テキトーに空から偵察してるね~」
敵陣の中だと言うのにこの余裕っぷりに、マガツは困惑した。
「それじゃあおじさん、邪魔だから早く退いてくれない? ボクは早く本命の魔王を倒して、さっさと帰りたいんだ」
気を取り直し、マサキは剣を構えてマガツに告げた。
だがマガツは退く気など更々なかった。
そもそも、彼の目的である“魔王”こそ、マガツその人なのだから。
「悪いがそれは無理な相談だな。それに、本命ならここにいるだろうが」
「嘘……は吐いてないみたいだけど。まあいいや、魔族に加担する者は殺せって、皇帝様に言われてるから」
すると一瞬、マサキの目が赤く光った。それと同時に、彼の構える剣は光を放つ。
「ボクは宗近マサキ。イシュラ帝国より召喚されし勇者――またの名を」
「――『断罪の勇者』」
***
一方その頃、ロックによって殴り飛ばされたオーマは、マガツから300メートル以上離れた場所に飛ばされていた。
「ぐっ……某としたことが、油断した……ッ!」
幸いにも、壁にぶち当たる瞬間に受け身を取ったお陰で、大事にはならずに済んだ。
しかし、場所が最悪だった。
後ろを振り返ると、避難していた住民達の姿が広がっていたのだ。
「そうか、ここは確か非常時の避難経路……」
よく見ると中には、まだ幼い魔族の子供達がいる。
手にはヨーヨーなどを持っていて、さっきまでお祭りを楽しんでいたようだ。
それが勇者の出現によって、恐怖の記憶に塗り替えられてしまった。
(まずい……まさか、こんなことになるとは……)
「何だァ? オレ様の攻撃、全然効いてねェみたいじゃァねぇの?」
考える暇もなく、ロックは障害物を殴り壊しながら迫ってくる。
その姿はオーマが見ても、恐ろしい“悪魔”のよう。否、住民からすれば勇者一行自体が悪魔の集団。
オーマは躊躇なく刀を抜き、ロックの襲来に備える。
「ほォ? ここまで殴り飛ばされても尚、剣を抜いて立ち向かうか」
やがて土埃の中から姿を現したロックは、オーマの勇ましい姿にニヤリと笑みを溢した。
「某は武士にしてマガツ殿の同胞。民を守るためならば、どんな相手だろうと立ち向かうまで」
「面白ェ! 鬼野郎、テメェ名前は?」
「某はアヤカシ族一の武士、名をオーマと申す」
オーマは仮面越しに鋭い視線を向けて名乗った。
「オレ様はロック・プライマルッ! イシュラ帝国最強の戦士だッ!」