表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/51

第33話 ブランク帝国に来た理由

「とまあ色々あって、この子らは俺の僕になりたいそうだ」


 病床で復活したオオカミ耳とネコ耳の少女達を何とか餌付け……もとい沈静化して。


 未だ困惑を隠せないまま、病室に様子を見に来たデザストに一連の事情を説明する。


 少女達は屋台の料理を食べたことで元気を取り戻し、ベッドに二人仲良く座っている。


「しもべって、外界から来た者達をそう易々と……」


「けどデザスト、お姉ちゃん達すごい痩せてるなの。シャトラ、心配」


 シャトラが言う通り、少女達は異常なほどに痩せていた。


 頬は痩せこけ、腕や脚も殆ど骨と皮だけのようになっている。


 その容姿は見ているだけでも痛々しく、心配の感情が勝る。それはデザストもまた同じだった。


「そもそも貴方達は、どこから来たのですか?」


 しかし余所の国から来た人物であることもまた事実。デザストは少女達に訊く。


 だが少女達は怯えているのか、答えようと口を開いては、静かに吐息を漏らして口を閉ざす。


 そんなことが一分ほど経過してから、オオカミ耳の少女が答えた。


「イシュラ……帝国」


 イシュラ帝国。その名を耳にしたデザストは「まさか」と息を呑んだ。


「デザスト、知ってるのか?」


「知っているも何も、この大陸にある4大国の一つですわよ?」


「えーっと確か、ヨルズとか何とかって……」


 デザストの冷たい視線に充てられ、マガツは勉強したての国の名前を挙げていく。


 が、出てくるのはヨルズの名のみ。あまりの勉強不足に、デザストも思わず気絶しそうになる。


「ヨルズ、イシュラ、リーガン、フォードレイス。そしてその大陸の中心部に位置するのがここ、ブランク帝国ですわ」


「そうそう、これは常識なの」


「常識なの、と言われましても……」


 異世界人の俺に、異世界の地理のことを申されても分かりません。


 ……と言おうものなら、デザストの重い一撃を受けてしまうだろう。


 マガツはそっと喉元までこみ上げていた言葉を飲み込んで、話を戻す。


「それで、イシュラ帝国が何だって?」


「勇者の召喚に成功した……。前にそう、偵察隊の者から伺いましたわ」


「勇者だって……⁉」


「ですが大帝の命を奪った勇者はフォードレイスの勇者。別人かと思われますが」


 それでも勇者のいる国であることに変わりは無い。


 デザストはその脅威に、この上ないほどの恐怖心を抱いていた。


 だが無理もないことだった。


 どこの勇者であれど、一度帝国を滅亡寸前まで追い込まれ、長年慕い続けていた大帝の命を奪われてしまったのだ。


 それどころか、何一つ手助けをすることもできず、大帝がただやられていく様を見ていることしかできなかった。


 デザストはぐっと拳を握り、唇を噛みしめる。


「デザスト……」


 心配そうに、シャトラが声をかける。だが、デザストは返事をしなかった。


「とにかく」


 と、マガツはそこで手を叩き、改めて姉妹に訊ねた。


「君達はどうして、ブランク帝国に?」


 訊くと姉妹は黙り込み、俯いてからゆっくりと答えた。


「……逃げて来た」


「わたし達の居場所、どこにもないから……」


 姉と妹、二人でそれぞれ答えを挙げる。


「居場所がなくて、逃げてきた?」


 意味は分からなくもないが、しかしそれだけの情報量では話が見えて来ない。


 マガツは意味が分からず、首を大きく傾げる。


「えーっと、居場所がないと言うのは、どういう意味ですの?」


 続けて、今度はデザストが訊く。


 その問いには、オオカミ耳の少女――姉が答えようとした。


「スラムに炎が――」


 しかしその言葉を遮るようにして、ネコ耳の少女――妹が頭を抱えて叫んだ。


「嫌ァァァァァーーーーーーーーーーッ!」


 絹を裂くような凄まじい悲鳴に、マガツ達も驚き硬直する。


 そして、妹の悲鳴に気付いたのか、外で待機していたレイメイが病室に飛び込んで来た。


「どうした! 何があった!」


「レイメイ、突然ネコのお姉ちゃんが……」


 シャトラの説明を聞き事情をある程度察したレイメイは、早速妹の背中をさすりながら様子を伺った。


 何を言うでもなく、優しく背中をさすりながら妹の顔を覗き込む。


 そして一通り観察を終えると、マガツ達に告げた。


「虚ろで震える瞳孔、尋常じゃない鳥肌に震え。間違いなくこれは、トラウマの症状だ」


「トラと、お馬さん? どういう意味なの?」


「心の大怪我みたいなものだ。思い出すのも嫌なくらい、痛くて苦しい思いをしたらなっちまう」


 シャトラに教えるように、マガツは続ける。


「ごめんね君達、無理に嫌なこと思い出させちまって」


「そんな。私は全然――」


「いいや、キミも同じだよ」


 姉の言葉を遮り、レイメイは静かにそう告げた。


 彼の言う通り、姉もまた目は虚ろで、小刻みではあるが震えている。


「……ええ、そうよ。私も、とても怖かった」


 姉は震える右腕に手を添えながら、観念したように語った。


「けれど私は、この子のお姉ちゃんだから。それに……」


 言って、姉は奥のベッドで眠る少年を見る。


 重い風邪のせいで体は赤く、苦しそうにうなされている。姉妹が一緒に連れてきた、人間の少年。


「あの子をお願いって、託されたから」


 強く決意したように、姉は右手を強く握りしめる。だがそれでも、体の震えは治まることを知らなかった。


 姉として、妹と少年を守りたい。


 姉だからこそ、妹と少年を守らなければいけない。


「だから私は、強くないといけない。妹も、あの子も守れるくらい、強くないと」


「……わ、わたしも……。お姉ちゃんにばかり、無理はさせたくない……」


 姉に続いて、妹も勇気を振り絞って声を出した。


 その向かう心意気は同じく、姉妹と少年にあった。


「そうか。よし、わかった!」


「マガツ、何がわかったんだ?」


 きょとんとするレイメイに告げるように、そして姉妹の心意気に応えるように、マガツは告げた。


「事情は何だっていい! 今日からお前達二人は、このブランク帝国の国民になれ!」


 その言葉に、姉妹は思わず驚いて顔を上げた。


 マガツの独断で決めたこと。だがその決定に、異議を唱える者はいなかった。


 デザストもシャトラも、そしてレイメイも同じ意見だった。


「本当に……? 私たちみたいな余所者を……」


「こんな簡単に、受け入れちゃうの……?」


 姉妹は戸惑いを隠しきれず、お互いの顔を見合わせながら言う。


「まあ、マガツ様が面倒を見るのであれば、私は何も言いますまい」


「シャトラも、歓迎するなの」


「ウチの侍女も王女様もこう言ってるし、遠慮はいらねえよ」


 マガツは最後にそう締めくくりながら、ニヤリと笑みを浮かべて名乗った。


「俺はマガツ=V=ブランク。この国の魔王だ! んで金髪の露出狂が侍女のデザストで、金髪のちびっ子の方が王女のシャトラ。それと青髪白衣のちんちくりんが、ウチの名医・天才のレイメイだ」


「ちょっと! 誰が露出狂ですって!」


「シャトラはちびっ子じゃないなの。まだ成長途中なの」


「ボクは天才じゃなく、“天っ才”だ!」


 所々から異議を申し立てる声が聞こえてくる。そんな騒がしい日常の一コマに、姉妹はクスリと笑った。


 気付けば震えも止まっており、少しばかり表情も穏やかになっている気もする。


「それで君達は?」


 そう話題を振るが、しかし少女達は無言のまま固まってしまった。


「名前……わたし達の名前?」


「そうね。『おい』とか『お前』、『イヌ野郎』とか?」


「わたしは『ネコ野郎』かな?」


 きょとんとした顔で出て来たのは、可愛らしくもない、奴隷時代の酷い呼び名ばかりだった。


「マガツ様、これは多分……」


「ええ? イムリンの時にやったのに、もっかいやるの⁉」


「そうでもしないと、この子らの価値観に従ったら本当に『おい』と『お前』になるぞ?」


 流石に大事な名前。これにはレイメイも横から口を出した。


「じゃ、じゃあ今日からそうだな……」


 再び名付けることになり頭を悩ませながら、マガツはまず姉――オオカミ耳の少女を向いて告げる。


「キミは、冷静で動きも素早いから……『セツナ』だ」


「セツナ……?」


 続けて妹――ネコ耳の少女を向いて、告げる。


「キミは、今よりももっと伸び伸びと自主的な子にもなって欲しいから……『ナユタ』なんてどうかな?」


「ナユタ……!」


 後は二人がそれを気に入ってくれるかどうか。マガツは固唾を呑んで、二人の反応を伺う。


「いい……。セツナ、私はセツナ……すごくいい!」


「ナユタ……わたしの名前はナユタ……うん、なんかしっくりくる!」


 セツナとナユタ、二人は互いに顔を見合わせ、


「ナユタ!」


「セツナお姉ちゃん!」


 お互いの名前を言って抱きしめる。


「あらまあ、気に入ったみたいですわよ? マガツ様」


「しっかし、名付けって結構責任重大だからこれ以上はもう勘弁な?」


 静かに呟きつつも、マガツは嬉しそうに抱き合うセツナとナユタの姿を見守る。


 だがそんな安息の時間もすぐに過ぎ、奥のベッドから大きな悲鳴が聞こえてきた。


「うわああああああああああああああああああ!」


 その声に驚き、皆がベッドを振り返る。


 高熱でうなされている少年の声だった。セツナとナユタはすぐに離れ、急いで少年のもとへと向かう。


「あ、おい! キミ達!」


 その後を追って、レイメイを筆頭にマガツ達もすぐに向かう。


 少年の容態は悪化しているのか、呼吸は激しく、額には大量の汗をかいている。


 更に耳を傾けてみると、


「お母さん……お母さん……」


 うわ言を呟いては、無意識に両腕を上げる。


 まるで、何か遠くにあるものへ必死に手を伸ばしているように。しかし、その“遠くにあるもの”を掴むことはできない。


「大丈夫よ、大丈夫だから……! お願い、落ち着いて……!」


 セツナは少年の手を握り、必死に声をかける。


 ナユタはそれを後ろでただ見守るだけで、何も出来ずにいた。


「お姉ちゃん……」


 そして駆けつけたレイメイは早速、少年の様子を見てすぐに言った。


「この子は……悪夢を見ている。それも、酷いトラウマを抱えている……」


「トラウマ? それって、さっきの……」


 シャトラはすぐにマガツから教わったことを思い出し、少年を心配する。


 だがその心配に追い打ちをかけるように、レイメイは続けた。


「この悪夢……最悪、この子が二度と目覚めなくなってしまうかもしれない!」


「目覚めなく……⁉ それは本当か⁉」


「ああ。このままでは心が壊れ、悲惨な現実から心を閉ざすように、永遠に夢の世界に閉じこもってしまう」


 緊迫とした様子で、レイメイは続けてそう言った。


 それもそのはず。セツナとナユタ、そしてこの少年では年齢が違う。


 トラウマになるような出来事があった場合、幼ければ幼いほど、その心のキズはより深いものになる。


 しかしどうしようと、マガツ達にそれを治療する技術はなかった。


(くそっ……。折角セツナとナユタが命懸けでここまで連れてきたってのに、何もできないのかよ……!)


 その悔しさは、レイメイも同じだった。


 天才である筈なのに、夢から連れ出すことができない。


 それは完璧主義なレイメイにとって、最大の苦難とも言えた。


 だがその時、一筋の光が差し込んだ。


「それなら――」


 透き通るような声に、一同は振り返る。


 果たしてその声の主は、デザストだった。


「この私デザストが、この子の夢の中に入りますわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ