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第31話 外界からの逃亡者

 その日の夜は、今世紀最大の大雨に見舞われていた。


 川は氾濫し、冷たい大粒の雨が世界の気温を下げていく。


 その気温は夏にも拘わらず肌寒く、季節外れの暖炉に火を灯す民家もあったそうな。


 空は濃い緑色に染まり、ゴロゴロと激しい雷が降り注ぐ。


 その様子はまるで『神の怒り』。


 今日で人類が絶滅してしまうのではないかと錯覚するほど、長く恐ろしい夜が続いた。


 そんな暗雲の立ち込める夜の帳の下、ボロ布を纏った二人の少女は必死に歩みを進めていた。


「お姉ちゃん、寒いよ……」


「もう少しの辛抱よ。ここを乗り越えたら、私達はきっと……」


 冷たい雨に全身を打たれながら、少女は歩き続ける。


 その姿はお世辞にも綺麗とは言い難く、靴は今にも壊れてしまいそうな程ボロボロになり、泥にまみれていた。


 一体どれほど長い道のりを歩いてきたのだろうか。その苦しみを、ボロボロになった靴が物語っている。


 そのうちの一人は子供を背負い、何度も「大丈夫、大丈夫だからね」と声を掛ける。


 子供の体は赤く染まり、苦しそうな呼吸を続けていた。


「でもお姉ちゃん、本当に大丈夫なの? この先にあるのって……」


「分かってるわ。でもきっと大丈夫、優しい人達が助けてくれるはずよ……」


 今にも気絶しそうになりながら、少女は絶やすことなく声をかけ続ける。


 そうして歩き続けていると、地平線の向こうから、大きな壁に囲まれた帝国が顔を覗かせた。


 緑色の暗雲に雷、そして黑鉄色に染まったその国は禍々しく見え、いかにも『魔王』が住んでいそうな雰囲気を醸し出していた。


 それでも彼女達は突き進んだ。平穏の地を求めて、そして背中に載せた子供のために……。



 ***



 それから夜が明け、昨日の大雨が嘘のように空は雲一つない快晴に見舞われた。


 大陽は雲に遮られることなく燦々と輝き、ブランク帝国を照りつける。


 その気温は30度を超え、まさに記録的な猛暑日となった。


「あ~、熱い~……熱すぎて死んじまうぜ~……」


 玉座の間も猛暑の被害を受け、マガツ達はあまりの熱さに倒れていた。


「マガツ様、そんな熱い熱い言わないでください! 余計に熱くなりますわ!」


「お前なあ、普段から水着みたいな格好してるくせによく言えるよな~」


「ならマガツ様も脱げばいいじゃないですか。確か衣装室に色々と服がございますわよ?」


「じゃあデザスト、良い感じの服探してきてくれ~。俺はもう動きたくないでござる~」


「嫌でござりますわ、それくらい自分でやってください」


 デザストもまた、日陰になった床に寝転がりながら、渋滞した口調で言葉を返す。


 あまりの暑さに、やる気も元気も奪われていく。そんな状況でもなお、城の従者達は仕事をしている。


「全く、皆さん怠けすぎです! イムリン達はこんなに働いているのに、魔王の威厳はないですか?」


 偶々玉座の間にやって来た金髪のメイドは、だらけたマガツ達を見て頬を膨らませる。


 彼女? はつい先日から城で働いているメイド『イムリン』、そのうちの一人。


 スライムである彼女には特別な能力があり、擬態能力と分裂の能力で大量のメイドに変身しているのだ。


 と、イムリンが現われた瞬間、マガツとデザストは目を光らせ、有無を言わさずイムリンに飛びついた。


「きゃ、きゃあ! 何するですか!」


「救世主様~! ああ、やっぱりひんやりしていて気持ちいいですわ~」


「流石、可愛い上に涼めるなんて、お前は最強のスライムだぜ」


「さ、最強……エヘヘ、しょうがないですね~」


 迷惑そうにしながらも、イムリンは満更でもない様子で頬をかく。


 しかし実際、イムリンが冷房代わりになっているお陰か、城内で熱中症になって倒れた人は非常に少なくなったという。


 更に分裂することができる特性上、この広い城の各部屋に何体も配置することが可能という利便性もある。


 果たして、暑さに耐えかねた人達はイムリンとハグをして、体に溜まった熱を冷ましている。何ともカオスな世界が広がっていたとか。


「うわっ、二人とも何してるなの……?」


 声のした方を振り返ると、そこにはドン引きしたシャトラが立っていた。


「お、お嬢様これは誤解です! 別にそういった薄い本が厚くなるようなそんなことは……」


「そそ、そうだ。イムリンってほらスライムだから、ひんやりしてるから、それでこの暑さを乗り切ろうってだけで――」


 二人は慌てて弁明をするが、シャトラの耳には全く響かなかった。それどころか、ますます怪しくなってきたのか表情が曇っていく。


 がしかし、シャトラは「そんなことより」と話を区切り、マガツ達の目をじっと見つめて言った。


「退屈なの、何か楽しいことしたいなの?」


 シャトラはその場に座り込み、マガツ達に抗議するようにそう告げた。


 十八番のレクシオン相手である大人が暑さでダウンした今、彼女の暇つぶしに付き合える相手はいないも同然。


 子供であるシャトラにとって、退屈はこの上ない天敵とも言えた。


 むしろ猛暑の中でも元気の有り余っている彼女の方が羨ましく思う。


「確かに退屈だけどよぉ、何したらいいんだ?」


「マガツ様には、この前の偽物騒動で有耶無耶になった帝国の歴史を勉強するお仕事があるでしょう?」


「そういえばそんなのありましたねぇ。暑いからパスで」


「じゃあ退屈しのぎにシャトラに付き合って」


 右からも左からも、様々な仕事が舞い込んでくる。


 しかしそれが魔王の仕事。国のトップに立つということは、マガツ自身自覚していた。


 そして、退屈で死にかけているシャトラと幼少期の自分を重ね、物思いに耽っていた。


(夏か、そういえばガキの頃はなんとなく楽しかったなぁ……)


 シャトラは学校に通っていない。一応学校らしい施設は存在しているらしいが、彼女は基本、雇いの家庭教師から勉強を教わっている。


 学校のような拘束時間はそこまでないものの、代わりに『夏休み』のような長期休暇が存在しない。


 とはいえ、ゲームがあるでもなく、映画館や動物園があるわけでもなく、現代人が考えるような娯楽はこの異世界にまず存在しない。


 退屈なのは、仕方の無いことだったのかもしれない……


(いや、確かにゲームとか映画館もあったけど、何かもっと楽しみだったことがあるんだよなぁ……)


 とその時、また玉座の間に客人が現われた。


「マガツ殿~! 叔父貴殿から、お酒の差し入れですぞ~!」


 オーマは酒入りのひょうたんを片手に提げて現われた。


 彼も相変わらず元気いっぱい。普段通り法被のような羽織りを纏い、自慢の筋肉を見せびらかしている。


「相変わらずお前は元気がいいなぁ……。一丁前にお祭りの法被みたいなの着て……ん?」


 刹那、マガツに電流走る。


 彼の羽織を見た瞬間、マガツの昔懐かしい記憶が蘇ってきたのだ。


 花火の彩る真っ暗な夜、鼻元を漂うソースや醤油の焦げた匂い。そして止めどなく鳴り響く祭り囃子。


「オーマ! お前はやっぱり天才だッ!」


「え、えへへ。そ、そうでございますか……?」


「ようしシャトラ! 我が従者達を全員集めるぞッ!」


 突然立ち上がったかと思えば、マガツは力強く叫び、従者達に指示を仰いだ。


「ま、マガツ様? 一体何をする気ですの?」


「決まってんだろッ! こんなに暑いんだ、ブランク帝国『夏祭り』をやるぞォォォォォッ!」



 *



 こうしてマガツの突発的な思い立ちから始まった夏祭りは、周囲の国民達をも巻き込んで、たった数時間にして準備が完了した。


 城下広場にはバザールから拝借した屋台が立ち並び、マガツがかつて日本で楽しんだという、様々な出店を設置した。


「さあお前らッ! 今宵は無礼講、ブランク帝国史上初の夏祭り開幕じゃぁぁぁぁぁッ!」


 マガツのその一声から、ブランク帝国夏祭りは始まった。


「ほぉ、魔王の兄ちゃんまた面白いことやってんなぁ」


「さあさ寄ってらっしゃい野郎共ォ! マガツ特製極ウマ焼きそば食ってみろやァ!」


「こちらは焼きトウモロコシに焼きイカ! おまけにマガツ殿直伝の『たこ焼き』もありますぞ~ッ!」


 料理系の仕事は主にマガツとオーマ、そしてお祭り騒ぎに便乗して乱入してきたアヤカシ族の面々が担当。


 その横に出された出店ではかき氷にヨーヨー釣りなど、子供が好きそうなものが出店されている。


「はいはい子供達並んでください、まだまだヨーヨーはありますわよ~!」


「一気に食べるとキーンとするから、ゆっくり食べるアル。けれど、ゆっくり食べたら溶けてただの水になるネ……」


 主にこちらの担当はデザストと、前回突然顔を現した桃髪のメイド長こと、ウイロウ。


 デザストらゲーム・お菓子陣営は子供達の人気が高く、噂を聞きつけて集まった子供や彼らに付き添いでやって来た大人で賑わっていた。


「……はっ! やったなの、これで5個釣ったなの!」


 そして、退屈だったシャトラはと言うと、ヨーヨー釣りがハマったのか、とても楽しそうに遊んでいる。


 気付けば猛暑の熱気を忘れ、城下町は今世紀最大級の大賑わいとなっていた。


「そういえばオーマ、レイメイは来てねえのか?」


 ふと気になったマガツは、焼きそばに満遍なくソースを馴染ませながら訊く。


「それが実はですな……」


『外? お祭り? バカを言うな、ボクは吸血鬼だぞ? 日光に当たったら、日焼けするじゃないか!』


「……と、申しておりまして」


「いや灰になって死ぬとかじゃなくて、日焼け気にしてんの⁉」


 一瞬ずっこけそうになったのを堪えつつ、マガツは焼き上がった焼きそばを容器の中に取り分け、やって来た客に提供する。


 その表情はいつにも増して輝いており、仕事の全てにやりがいを感じていた。


「ジャンジャン食って体力付けやがれぇ!」


「マガツ様、今日は一段と張り切ってますアルな」


「この気力を普段の業務と勉学にも使ってくれたら、完璧なんですけれど……」


 燃え上がるマガツを横目に、デザストは苦笑した。


 だがしかし、そんな楽しい時間は長くは続かなかった。


 多くの国民でごった返していた城下広場に、突然黒い影が飛来してきた。


 銀色の鎧を纏ったその影は、兜のシールドを上げながらマガツのもとに駆け寄ってきた。


「魔王様、大変です!」


「あれ、アンタは確か……」


「申し遅れましたッ! 我輩は魔王親衛隊隊長、ガーゴイル族のヒバシであります!」


 ヒバシと名乗ったガーゴイルの男は、目の前でビシッと姿勢を正し、腹の底から声を出す。


 石のように固そうな肌にカラスのような嘴を携えた彼は、すぐに姿勢を崩し、慌てて用件を伝えた。


「先程西門を見張っていた門番より報告が上がりまして、門の前に人が倒れているのが発見されました!」


 それを聞いた瞬間、マガツ達は目を見開いた。


「なんですって、人が……?」


「は、はいッ! 門番曰く女性2人、そして小さな子供が1人……」


「子供……?」


 子供。それを聞いた刹那、マガツは焼きかけの焼きそばを置いて、バズーカ砲のような勢いで屋台から飛び出した。


「すまないアヤカシのオッサン! 後は頼んだ!」


「え、あ、ああ……!」


「ちょっとマガツ様、勝手にどこに行くのですか!」



 *



 そうして街を駆け抜けること3分、マガツは西門の前に辿り着いた。


 そこは既に門番のガーゴイル兵によって規制線が貼られ、その周りで野次馬達はざわついていた。


「あ、マガツ様だ! お前ら、魔王様のお通りだ! 道を空けろッ!」


 兵士の言葉に野次馬達はゾロゾロと左右に捌け、マガツはその間を突っ切った。


 果たしてそこには、フード付きのボロ布に身を包んだ3人の若者が倒れていた。


「なっ……」


 聞いていた以上に深刻そうな彼らの状況を見て、マガツは一瞬取り乱しそうになる。


 だが一度深呼吸をして心を落ち着かせながら、そっと彼らのフードを外す。


「これは……ネコミミ?」


 中から現われたのは、猫のような愛くるしい耳を生やした少女の顔だった。


 またもう一方を捲ってみると、今度はオオカミ耳の少女が顔を現した。柴犬のように尖った耳の形をしている。


 そして最後に、2人の背に載るように倒れている子供のフードを捲る。


 その正体は、普通の人間の子供だった。男の子だろう、動物のような耳もなければ、魔族のような身体的特徴もない。


「コイツは、一体……」


「マガツ様~! ま、待ってくださいませ~!」


「某を置いて行くなんて、酷いですぞ~!」


 声のした方を振り返ると、後から追いかけてきたであろうデザストとオーマが走ってきているのが見えた。


 2人はぜーはーと肩で呼吸しながら、突然飛び出したマガツを叱った。


「もう、1人で勝手に動くなと何度も言っているじゃありませんか! 少しはこの私に相談を……」


「悪い……。それよりデザスト、オーマ、今すぐ救護班を呼んでくれ」


 少女達の額に手を当てながら、マガツは静かに、呟くように命じる。


「マガツ殿、一体何が――」


「早くしてくれ! コイツらは俺が運ぶ、とにかく急いでレイメイ達を呼んでくれ!」


 オーマの言葉を遮り、マガツは叫んだ。


 その表情は今までにない程緊迫としており、オーマは思わず息を呑んだ。


 だがオーマは、少女達の背負っていた少年の姿を見て、すぐに状況を把握した。


「……酷い熱だ、できるだけ苦くない解熱剤を手配してくれ」


「は、はいッ!」


 オーマは腹の底から返事を返し、急いで城へと向かって行った。

第2章最終エピソード、開幕ですッ!

ブランク帝国にやって来た謎の少女、その正体とは――ッ!


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