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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

5年間帰ってこなかった旦那様が帰ってきました。

作者: 新井福

楽しんで頂けたら幸いです。

「……帰ったよ、カレン」

 あらあらまあまあ。旦那様ではありませんか。お久しぶりでございますね。私が18で嫁いできてすぐに旦那様は王都に行ってしまわれましたから、丁度5年ほどでございましょうか。

 昔から良い筋肉をしていると思っていましたが、一段と鍛え上げられて、とてもかっこいいですね。騎士団長という名が似合う出で立ちですね。


「君は、元気だったか? なんて、聞いてもあれだとわかっているのだが」

 はい、カレンは元気でしたよ、旦那様。旦那様は少しくまが出来ましたか? あまり眠れていないようでしたら私が子守唄を歌ってあげましょう。これでも、弟達によく聞かせていたから上手だと思いますよ、私。

 そんな私に、照れたように旦那様は言った。

「君は、領民に慕われタウンズハート家を切り盛りしてくれていたんだな。てっきり執事がやっているかと思った」

 失礼な。私、これでも計算は得意ですのよ?

 領民の皆様は、最初は私の事を腫れ物に触るように扱ってきましたが、5年も経てば軽口を言い合えるくらい仲良くなれました。えっへん。

 ……そう考えてみると、5年って長いですわね。

 私、旦那様への手紙には絶対書きませんでしたが最近シワが出来てしまったんです。領民達といっしょに日光を浴びすぎたせいでしょうか。あら、そういえば私、今すっぴんを旦那様に晒しているわ。どんな反応なさるのかしら。

「君は、5年経ってさらに綺麗になったね」


 …………旦那様のたらし。そんなんだからいろんな女の人に好かれてしまうんですよ。

「あぁ、もっと君にあっていれば良かった。騎士団長としての任務なんか投げ出して、君と穏やかに領地にいたかった」

 なんてことを言い出すのでしょう、旦那様ったら。騎士団長という仕事に誇りを持っていらしたのでしょう?

「君と騎士団長という勲章だなんて、比べるまでもないよ」

 嬉しいお言葉ですね。胸がムズムズしてしまいます。


「――……本当に、側にいたかったんだ」

 泣いているのですか? 竜と対峙した時も泣き言一つ言わなかったとされる旦那様が? こんなちっぽけな小娘の事で?

 それに、私は旦那様を愛していましたけど、旦那様は私の事特に好きじゃなかったじゃないですか。だって私達政略結婚ですし。我が家に支援をしてくれる代わりに、貴方の下に嫁ぐ、という。高い爵位しかなくてお金はない私、騎士団長となる後ろ盾が欲しかったお金はあったけど爵位が低かった貴方。うまく噛み合っただけの関係だったはずでしょう?

 それなのに、どうして泣くんですか旦那様。もしかして私の事が好きだったとか? なんて――、

「カレン。君のことを、僕はいつの間にか愛していたらしい」

 マジですか。これって夢とかじゃないですよね。自分の頬をつねっても痛くはないが、多分これは現実なのでしょうね。旦那様の真剣な表情に、私は胸が苦しくなった。

 なんだか頬を濡らしているな、なんて思っていたら、泣いていましたのね、私も。

 もっと早く、『愛している』って言ってくだされば良かったのに。

「もっと早く、君にいろんな言葉をかければ良かった」

 だって、私はもう、

「君が()()()()()()前に、『愛している』と言えば良かった」


 私の葬式に、早馬で来られた旦那様はそう咽び泣いた。そうなのです。悲しい事に、もう全てが終わってしまったのです。だって私、死んでしまいましたから。

 死んでしまった理由としては、旦那様の浮気相手の登場が原因。

 タウンズハートの屋敷にズカズカと入ってきたかと思いましたら、開口一番「あの方の子をわたくし宿していますの」と言ってきました。色々文句を言ってやるつもりだったのに、私はその言葉を聞いた瞬間眼の前が真っ暗になりました。

 確かに、彼女の腹はぽっこりと膨れていて、その中に子が宿っている事は一目瞭然です。

 言葉が出ない私に、彼女は尚も話しかけてきます。

「あの方の妾になりたいとは思いません。ただ貴方に認知して欲しいのです。そうしたらわたくしはすぐに貴方達の目の映らないところに行きますから」

 その言葉に、やっとの思いで私が頷くと、彼女は艶やかな笑みで去っていかれました。

 嵐のようだと思った瞬間、私の目には涙が溢れ出していました。メイドに背中を擦られ、大好きな銘柄の紅茶を淹れてもらってもその涙は無くならなくて、私は一晩中泣いてしまったのです。 

 その次の日からです。私の無気力な日々が始まったのは。

「……奥さま、少しでも食べないとお体に」

「良いのよ、私の腹の中に赤ん坊がいるわけでもないのだし。障るものなどないわ」

 自虐的にそう告げる私の姿は、一週間で昔と随分変わってしまいました。目は落ちくぼんで、髪はガサガサ。手には血管が浮いて、元の白い髪と相まって幽鬼のようです。

 どうしてしまったのでしょう、私。はじめの頃、「旦那様に好かれていない哀れな女」と国中で揶揄されてた時だって私は元気でしたのに。どうしてこんな風になってしまったのでしょう。

 そうやって首を傾げる私に、メイドが申し訳無さそうに旦那様からの手紙を渡してくれました。旦那様は案外筆まめで、2週間に一回の手紙を送ってきてくれます。その手紙でのやり取りが、私の楽しみの一つ、いや、最大の楽しみだったのです。

 ……過去形ではなく、今でも。

 彼からの手紙が、嬉しくてたまりません。

 開くと、かくかくと力強い文字でこう書かれていました。

『 カレンへ

 そちらはもう寒いのだろうか。僕は今南の国に視察に来ている。そこには昔君が教えてくれた南国のフルーツがあったから、それを一緒に送るよ。

 少し火で炙っても美味しいとの事だから、ぜひ暖炉の火で焼いてみてくれ。メイド長は君のそんな姿を見たら卒倒してしまうだろうけど。

 ここは冬の筈なのに蒸し暑くて、なんだかなれない場所だ。だけどとても気持ちがいい。

 では今度の手紙でフルーツの感想を教えてくれ。

                    リンディレイドより』

 そうです。彼からの手紙は、決定的に言葉が足りないんです。『私を愛しているか、否かの言葉』が。

 あの頃は、私は根拠のない自身に満ち溢れていました。だけど浮気相手の方によって、そんな私の自信は壊されてしまったのです。だからこんなにも私は苦しいのです。

 フラリと私は立ち上がりました。彼に手紙を書こうと。だけどその瞬間私は倒れてしまって、丁度机の角に頭をぶつけて、死んでしまいました。


「君に子供がいると言った女は捕まったよ。お腹に赤子だなんていないし、僕と肉体関係を持った事があるわけでもないのにそれを言いふらし、間接的にだけど高位人物を殺したんだから」

 ぼんやりと考え事をしていた私はびっくりしてしまいました。まじまじと旦那様の顔を見ても、たしかに嘘はついてなさそうで、思わず安堵の息が漏れてしまいました。旦那様は、彼女を愛していたのではないのだと。

 そんな旦那様に、一人の領民が掴みかかりました。それは私のお葬式に出席してくれた領民達でした。

「その女も悪いが、本当に悪いのはあんただろ、領主様! 奥さまを長い間放置しておいて、死んでしまったら愛してるだなんて、都合が良すぎやしないか!」

 それに共鳴するように、他の領民も声を荒げます。私はただあたふたとすることしか出来ません。


「大丈夫、ちゃんと分かっているよ」

 ? ちゃんと、分かっている? 彼は何をする気なのでしょう。そんな疑問は皆も同じなのか、一瞬、皆の動きが止まりました。

 そのすきに彼は、銃を取り出しました。そういえば、彼は剣ではなく銃を使って戦っていると聞いたことがあります。

 それを使って何をするつもりなのでしょうか?


 彼はそれを、自身のこめかみに当てました。

「まっ――」

 制止の声は、誰のものだったのかは分かりません。けど、次の瞬間にはズパァン、という破裂音の様な物が響いて、旦那様は地にひれ伏しておりました。


◇◇◇


「あぁ、君は、すぐ近くにいたんだね」

 音に驚いて目を瞑った私の眼の前に、旦那様はいました。いえ、ですがその姿はとても透けていて、側には旦那様の死体があります。メイドや執事や領民が必死に治療していますが、今私の眼の前に旦那様がいるという事は、つまりはそういう事なのでしょう。

「……なんで、自殺だなんて」

「君にもう一度会えるかと思って」

 屈託なく笑う顔に、どうしようもなく胸が高まってしまいます。

 私は、ずっと聞けなかったことを尋ねてみました。

「どうして、ずっと王都にいたのですか?」

 さっきの笑顔から一転、彼は真面目な顔になると、その理由を話してくださいました。

「君を守りたかった。――なんて言ったら、都合が良すぎるよね」

 私を守りたかった? 旦那様の言葉に、私はハッとなりました。

「まさか、私が、いいえ私達一族が()()()だからですか?」

 苦しそうに旦那様は頷きました。

 そうなのです。私達一族は元々は隣国の王族でした。しかし度重なる不幸により財政が立ち行かなくなり、この国に助けを求めたのです。そして、我が国の土地を全て差し上げる代わりに、私達の国民は全て受け入れて貰え、私達にも王位に代わる爵位が貰えたのです。

 しかし、力をつけるといけないからとお金はたいして貰えず、代わりに旦那様との婚約をさせてもらいました。

 その時から既に、この国の方たちには隣国の王族は邪魔だと思われていたのは知っていましたが、本当に恨まれていただなんて。

「君を狙おうとする輩を牽制するためにも、僕は王都にいなくちゃいけなかったんだ」

 苦しげな声に、表情に胸が痛くなって、私はいつの間にか旦那様を抱きしめていました。

「私達、すれ違っていたんですね。一言話せば、分かり合えたことで。

 ……だけど私達には、その一言を話す暇がなかったんですね」

 ポロポロと涙を流す旦那様に私は笑いかけました。

「だから、沢山お話ししましょう」


 いつの間にか、周りには誰もいません。周りは真っ暗で、だけれど旦那様が逆光になるように差した一筋の光だけが、輝いています。

 私は、旦那様の手を引いて光の方へ歩き出しました。

「カレン! 僕は君と一緒にそっちに行く権利なんて、」

「権利だとか、どうでもいいんです。ただ私が貴方を愛している、それだけで十分なんですから」

 5年前、元王女である私に、皆が嘲笑や皮肉を言ってきました。元国民でさえも、私達を無能だと蔑みました。

 だけど旦那様だけが、言ってくれたのです。私の前に跪き、騎士の誓いを立てて言ってくれたのです。

「僕は、国民の為に最善を行った貴方達を、尊敬する。この身をかけて、貴方を尊重すると誓うよ」

 私はこの時、恋に落ちてしまったのです。誰も私達の味方なんてしてくれなかったのに、貴方だけが私を認めてくれました。

 だから、今度は私が、貴方の味方になります。


「私、貴方の領地に来てからラズベリーパイが好きになりました」

 唐突に話し始めた私に少々面食らったようでしたが、旦那様も返してくれました。

「あぁ、僕の領地だと甘いラズベリーが取れるからね」

「旦那様は、何が好きですか?」

「僕は、ミートローフかな」

 私は笑って「美味しいですよね」と答えました。そうです、私は、ずっとこんな風な話を直接会ってしたかったのです。


 それからもいろんな話をしました。幼い頃の話。嫌いな食べ物の話。将来の夢。数え切れないくらい沢山しました。

 そうしていると、光が一際強い所にいることに気づきました。旦那様を見ると、強い光のせいで白んでいて、その輪郭と光の境目が分かりづらくなっていました。

 ここで潮時だと、私は悟りました。きっと、この光に全て呑み込まれた時、私達は違う何かになるのだと、私は分かりました。

 それは旦那様も同じなようで、私の手を強く握りしめています。

「……ねえ旦那様。今度生まれ変わったら、『愛している』って欠かさず言いましょう」

「勿論だよ」

「沢山お話もしましょう、手紙では足りないぐらい沢山のお話」

「うん、沢山しよう。毎日、欠かすことなく」

「はい」

 私がほほえみかけると、旦那様も笑いかけてくださいました。

 本当に、私は幸せです。


 だから、旦那様。来世でも私をどうか、見つけてくださいね。


◇◇◇


「現国王のせいで奥さまと旦那様はすれ違ったんだ!」

 そんな声が、王城をぐるりと囲んだ国民達の口から出た。あの葬式の日、これは何かおかしいと思った領民達、執事達が探った結果、二人が5年も会えなかったのは現国王のせいだと発覚した。リンディレイドは、国王直属の近衛となり、国王の謀を事前に防いでいたというのだ。しかしてそれは誰にも打ち明けず、彼を側で見ていた執事だけがその事実に感づいていた。だから、王都に来た領民や執事にその旨を伝えたのだ。

 この事件は、領民達がお金を出し合って国で一番有名な新聞社に記事にして欲しいと頼み込み、面白い記事を求めていた新聞社によって国中に売り出された。

 それを読んだ者たちは二人の悲恋に胸を痛め、国王の身勝手さに腹を立てた。そしてデモ活動が始まったのだ。


 

 そんなデモ活動を城の中で見ていた国王は悔しそうな声を上げた。

「クソぉ。邪魔者を排除しようとして、何が悪いのだ」

 ブツブツと呟く彼の下に、第一王子が来る。優雅な足取りできた第一王子に、国王は縋り付いた。

「おぉ、そうだ! お前ならこれをなんとか出来るだろう!?」

 国王に、第一王子は艷やかな笑みを返した。

「――……いいえ、貴方は処刑されるのです」

「……は?」

 第一王子の入ってきたドアから、衛兵達が押し寄せてくる。そして暴れる国王を難なく捕縛した。

「貴方には沢山の容疑がかかっているんですよ。横領、他国からの子どもの拉致。奴隷。闇オークションへの出入り。数えたらきりがありません。

 国民もいい感じに盛り上がっていますし、貴方にはここで消えてもらいます」

 引きずられていく国王は何かを叫んでいたが、第一王子ににっこりと手を振られ、やがて大人しく運ばれていった。

 そしてその3日後に、国王は国民の罵声を浴びながら、処刑された。そして、第一王子が国王として即位した。


 そんな彼が治める国には、ある日幸せそうなカップルができた。貴族でありながら彼女達は恋愛結婚をし、2男1女を儲け、今日も元気に暮らしている。


 そんな母の膝の上に座っている少女は、母に質問をした。

「どうしてお母様とお父様は『愛している』って言い合ってるの?」

「あら、何も可笑しいことじゃないわよ」

「だって他の子は言ってないって言うんだもん」

 愛しい我が子の問に、母も真剣に答えた。

「……ずっと昔に、約束をした気がするの」

「約束?」

 母はニコリと笑った。

「いっぱいお話して、いっぱい『愛している』って言うお約束」

「そうなんだ」

 母の言葉に一つ頷いた少女の額に、母はキスを落とした。


「愛しているわ、私の可愛い子」

 母は、この言葉を欠かした事はない。だって、この言葉が、こんなにも嬉しい未来を作ってくれたのだと、母は知っているから。

 言葉にしなければ、伝わらない物があると知っているから。


「本当に、愛しているわ」

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[一言] 泣ける……もっと早く愛を伝え合えてたら……。でも、生まれ変わった二人が幸せそうで良かった。
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