2―4
「いやあ、よくやった!」
エイミーに帰るとココロネは左手のテーブル席のソファで腹を出してイビキをかいて眠っているオリバーに声をかけた。
ただ声をかけるだけでは起きず、強く体を揺する。
それでも起きることはなく、ココロネはオリバーの頬をビンタした。
オリバーはぱちり、と目覚める。
ビンタされたことに気づいてないようだった。
そのままココロネはオリバーに先ほどの内容を話した。
するとオリバーは顔いっぱいに笑顔を咲かせココロネの肩を叩いた。 相変わらず力は強い。
「お前なら出来ると思ってたんだ!」
オリバーは数々の言葉でココロネを褒める。
深夜にも関わらず、がはがはと大きな声で笑っている。
しかし言葉を受け取っているココロネはいつもの表情だ。
翌朝、エイミーの扉が開かれた。
オリバーは開いた扉のほうを見ると、手を上げて視線の先の人物へ挨拶をした。
待っていた人間が訪れたのだ。
「おはようございます!」
その先にいたのはミミちゃん探しの依頼を出した女性だった。
依頼人はオリバーとココロネの存在に気づくとペコリと頭を下げる。
「お金を持ってきたんですが……」
「はいはい、ありがとうございます!」
そう言ってオリバーは依頼人を席に案内した。
依頼人は少しでもお礼をしようと菓子の詰め合わせを渡してきた。
その後も何度もお礼を言われ、頭を下げられる。
金の話しになるから、とココロネは席を外す。
一人になれたことにほっとしバーカウンターへと行く。 まだ朝食を食べていないのだ。
その日の夜、ココロネは自室にいた。
今日は休日として過ごしていいとのことだったが、特にしたいこともなかった。
なので日課である銃の手入れを済ませた。
イスを少年の眠るベッドの傍に動かすと、そのイスに腰をかける。
少年を見つめ、ココロネは口を開く。
けれど、その口からは声が発せられない。 少し緊張している様子だった。
ココロネはデールじいさんに言われたことを覚えていた。
それから、何度か語りかけようか考えたが、何を話しかけたらいいか分からなかった。
やはり眠っている相手に話しかけるなんて、おかしい。
聞こえやしないのに。
それでも語りかけようとするのは、デールじいさんを少しは信頼していたから。
少年に対しココロネが出来ることだったからだ。
こほん、と咳払いをする。 そしていい加減に勇気を出して、言葉を紡ぐ。
「こんにちは、少年」
少年とココロネはまだ会話すらしたことがない。
だから、始めは挨拶だろう、と考えた。
始めに話しかける言葉は頭の中に用意しておいた。
今日、銃を解体しながら考えたのだ。 そうでなかったら、多分今日も話しかけられなかっただろう。
「私は、ココロネ。 君を拾った者だ」
相手は眠っているから当然答えは返ってこない。
だから一方的に話さないといけない。
会話を苦手とするココロネにとって大変なことだった。
「診療所のデールおじいさんに言われてね。 君が目覚めるためには、話しかけた方がいいと言われたんだ。 だから、今日から、話しかけてみることにする」
そこで一旦、間を入れる。 少しだけ、少しだけ話しかける緊張はほぐれてきた。
ココロネの表情じゃあいかわらず無表情であるが、いくらか優しく見えるのは気のせいだろうか。
「……実はね、良いことがあったんだ。 ……私は今まで戦うことでしか金を得たことがなかった。 でも……」
ぽつりぽつり、とココロネは静かな声で少年へと語りかけた。
始めはどこか緊張した面持ちだったものの、それは次第に溶ける。
ゆったりとした夜の時間が流れていく。
「猫って知ってるかい? 四本足で、三角耳があって、体に模様がある……」
その声音はどこか優しい。
「そんな動物を捕まえろと言うんだよ。 今まで戦いしかしてこなかった、私に」
こんなにもココロネが誰かに語りかけることなんて今までにあっただろうか。
いや、ない。
今まで誰とも話したいとは思わなかったし、必要性も感じなかった。
最低限の会話が出来ればそれで十分だった。 それで、生きて来れた。
「意味が分からないだろ? この私に出来るわけがない。 けど金は必要だったからさ、やらないといけなくて……。 これが、苦労したんだよ」
だが、こうして会話が必要な時が来た。
ココロネがこんなにも誰かに話していられるのは、意識がない相手だからか、それとも相手が少年だからなのか。
仕事の話しを終えた後、ココロネは突然黙ってしまう。
話しは終わりかと思えば、また緊張しているのかココロネは硬い表情。
「……明日の楽しみは」
少年へ聞こえているかも分からないような小さな声で言う。
「少年が目覚めるかもしれないこと」
ココロネの顔は無表情だ。
それでもココロネなりに真剣なのが伝わってくる。
女は、ココロネは、
「――私は君と話してみたいんだ」
夜は更けていく。 少年は相変わらず眠ったままだ。