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ココロネの心音  作者: 存此
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2―3


 人間と話すのは嫌いだ。

 それでも、最低限話さないといけない時がある。

 そう、例えば、こういう時だろう。


「猫ぉ? そりゃあ、長い尻尾があって、にゃあって鳴くだろう? それに……」

「そうじゃない。 もっと詳しいことを聞きたいんだよ」


 ココロネはオリバーに猫について質問をした。

 ココロネは猫という生き物についてあまり知らない。

 猫という動物の存在は知っている。 旅のなかで見たこともある。

 けれど、それ以外のことは何も知らないのだ。

 興味がなかった。

 人間の中では猫を愛でる者もいるが、ココロネにとってはそうではなかった。


 飼い主の家にも行ってみた。

 性格やミミちゃんについてのことを出来るだけ話してもらった。

 飼い主は大切そうに、しかし心底心配そうにミミちゃんのことを話してくれた。


 それからココロネはミミちゃんを探す場所を変えた。

 とにかく冒険者街二区を歩くのではなく、飼い主の自宅付近。

 近所の者にミミちゃんの写真を見せて、見かけていないかと尋ねた。

 人と関わろうとしないココロネがここまですることは珍しいことであった。

 それだけ必死であり真剣だった。 何かがココロネを動かしていた。


 陽が落ちてエイミーへと帰る。

 ココロネは疲れた体のことも気にしないで、いつものように少年の体を拭いてやる。

 傷薬を塗る。 薬を飲ませる。

 傷はもうほぼ治り、治療もあと一回で終わるそうだ。

 あんな深い傷がこんな短時間で治るのはデールじいさんの白魔法のおかげであった。

 

 しかし、ココロネと出会う以前からあった傷跡は生々しく残ってしまっている。

 デールじいさん(いわ)く古い傷跡を消すのは難しいらしい。

 だからこそ、傷を負った時の処置が大切なのだと。

 ココロネ自身の体にも傷跡はそこら中にあった。

 自分の傷跡は気にならない。

 それなのに、どうしてだろう。

 少年の傷跡を消せたなら、と思うのだ。

 それは少年の美しさ故だろうか。

 他の人間たち同様に、ココロネも愛玩用合成獣という美しさの虜になってしまっているのか。


 ココロネは今まで誰も助けたことがない訳ではない。

 多くを助けてきた訳ではなかったが、目の前に自分しか助けられない者がいなかったら、手助けをしてきた。

 そして、別れを繰り返してきた。

 だから、この少年も同様だ。

 自分しか助ける者がいなかったから、助けただけ。

 意識が戻り、手を貸す必要がなくなれば別れるだけだ。

 拾った者の体に傷跡があるとして、どうしてそれを自分が気にしないといけないのか。

 ココロネには分からない。

 でもその傷跡を見ると、すこしだけ悲しくなるのだ。

 もし、人間に生まれていたら、こんな傷はなかっただろうか、と。


 簡単な食事を終えるとココロネはエイミーを出て再び冒険者街二区へと向かった。

 夜のほうが猫は眠り動かないから探しやすいかもしれないと考えた。

 外敵から身を守るため分かりずらい所に隠れているかもしれないから、細かく隙間を見ていく。

 途中ミミちゃんではない野良猫を見かけることもあった。


 ココロネのくすんだ白っぽい金色の瞳は夜の世界もしっかりと見ることが出来る。

 耳だって微かな音を逃しはしない。


 そんな風にココロネに与えられた能力と時間を出来るだけミミちゃん探しに使っていると、依頼人の近所の者がココロネに話しかけた。

 依頼のために聞き込みをしてからというもの、なぜか近所の住人は気さくに話しかけてくるようになった。

 その言葉は大抵仕事に対するねぎらう言葉であったけれど今日は違った。

 住人はココロネを見つけると急いだ様子で小走りしながらこちらに向かってくる。


 そして言う。

 ミミちゃんを見た、と。


 住人は親切にもその場所へと案内してくれた。

 ココロネは依頼人から預かっていたミミちゃんお気に入りのおやつをその場所に置く。

 そしてそこから見張りの時間が始まった。

 

 しかし惜しくもミミちゃんは来ず、陽は落ちてしまう。

 少年の体の世話をしないといけない。

 仕方なく急いで帰り、手早く用を終わらせると、再び戻る。


 すると、 ミミちゃんお気に入りのおやつはなくなっているではないか。


 もしかしたらミミちゃん以外の生き物が食べてしまった可能性もある。

 けれどミミちゃんが食べた可能性だって否定はしきれない。


 ココロネは再び同じ場所にミミちゃんお気に入りのおやつを置いて、気配を隠し影で見張る。

 夜は更け、月と星が自分たちが主役であると言うようにきらきらと輝く。

 冒険者街と言っても大抵の人々は眠りの世界へと移り、辺りは静けさに満ちていた。


 かさり、と音がする。 何者かが現れたのだ。


 それは酔っ払った人間かもしれないし、夜中に仕事をする人間かもしれない。

 可能性の話しであれば動物よりも人間の方が高い。

 ココロネは気配を消しながら、ゆっくりと姿を確認する。


 四足歩行の動物である。


 懐から依頼人が撮った写真と四足歩行の動物を照らし合わせる。

 間違いのないように、何度も見返した。


 そして、ようやく。

 ミミちゃんを見つけたのであった。


 そこからのココロネの判断は速かった。

ミミちゃんがお気に入りのおやつを口にして夢中になり始めた瞬間。 

 ココロネは目にも止まらない速度で物陰から身を出す。


 ミミちゃんは気配に顔を上げようとするが、次の瞬間にはココロネの手の中にミミちゃんは、いた。

 ミミちゃんはココロネの両手に抱え上げられて、みゃーと鳴いた。

 暴れようとする。

 逃げだそうとする。

 ココロネはミミちゃんを胸元に抱き依頼人の持ち主であるマフラーをミミちゃんに巻き付ける。

 その匂いを嗅がせると、ミミちゃんは小さく、みい、と鳴いたのだった。

 

 それからミミちゃんは大人しくなった。

 ココロネは時間も気にしないで依頼人の家へと走る。

 ミミちゃんはしばらくの野良生活で泥だらけの体でやせ細っていた。

 弱っているようにも見える。

 早く依頼人の元へと返した方が適切だろうと思ったのだ。

 あの依頼人はミミちゃんについて話している時、とても大切そうに、心配そうにしていた。

 写真だってわざわざ角度別で撮ってあるのだ。

 早く会わせるべきだと思った。

 

 依頼人の玄関の扉を叩く。

 眠りから起こすように強く何度も叩いた。

 一体こんな夜更けになんだろうと、おそるおそるといった形でゆっくりと扉が開き始める。

 ココロネは早口で言う。


「私だ、ココロネだ。 ミミちゃんが見つかったんだ」

「本当ですか!?」


 勢いよく扉は開けられた。

 パジャマ姿の依頼人が切実に期待に満ちた表情をしていた。

 ココロネの胸にいるミミちゃんを依頼人は見る。

 眉を思いっきり下げて、ミミちゃんの名前を呼ぶ。

 その声は震えている。

 ココロネはミミちゃんを差し出した。

 依頼人はミミちゃんを受けると、ぎゅうとゆっくり優しく、けれど力強く抱きしめる。

 依頼人の表情とその動作は、いかにミミちゃんを大切に想っているのか感じ取れた。


「……っありがとうございます……ありがとうございます!」


 依頼人は涙を流し、何回もココロネにお辞儀をしながら感謝の言葉を連呼する。


「もう、ダメかと思ってたんです。 ……せめて、せめて、死んでてもいいから、姿を見たいって。 会いたいって……これを……そんな……」

「いや、仕事でしたことだから……そんなに感謝を言われることでもない」

「違います。 もし違う方が担当だったら、ミミちゃんは見つからなかったかもしれない。 毎日熱心にあなたが探すから、近所の人たちも気に掛けるようになったんです。 本当にあなたのおかげです。 ありがとうございます」


 瞳には涙を浮かべながらも、依頼人は真剣な表情で真っ直ぐとココロネを見つめて言った。

 あまりにも必死に礼を言うものだから、ココロネの内心は複雑になった。

 ココロネはミミちゃんのために依頼人のために必死に探したわけではない。

 それどころか、死んでいた方が探しやすいと思っていたのだ。


「それは……よかった」


 ココロネは小さく微笑んだ。 切なさを含んだ笑みだった。


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