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エイミーに帰ると、まずはオリバーに報告をする。
オリバーはうんうんと頷いてココロネの話しを聞いた後、背中をばんっと力強く叩いて「がんばれよ!」とがはがは笑うのだった。
「そうだ、飯食べろよ? ギルドメンバーである限りバーのマスターの飯は無料だぞ!」
エイミーではギルドマスターのオリバーをオリバーと。
バーカウンターにいるマスターをマスターと呼ぶややこしい風習があった。
ココロネはバーカウンターへと向かうと食事をお願いする。
その時、何が食べたいか聞かれるがココロネは「簡単に食べられるものを」と答える。
少々お待ち下さい。 そう言ってバーカウンターのマスターはキッチンで暫く調理をすると、渡されたのはサンドイッチだった。
ふんだんの野菜と肉を使ったその食べ物は、そこらの料理店で出されてもおかしくはないクオリティだ。
ボリュームたっぷりなサンドイッチと香り立つコーヒーをトレーに乗せてココロネは自室へと向かう。
エイミーのギルドメンバーはマスターによって作られた食事をバーカウンターや左手のテーブル席で食べることが多い。
しかし、ココロネはそうしない。
人の存在が邪魔であったし、少しでも早く少年の様子を確認したかった。
二階へと上がり右手一番奥の部屋へと歩く。
扉にはココロネの名前が書かれた木の板がかかっている。
オリバーが作ってくれたものだ。
古びた鍵を穴に通し開ける。 オリバーによって用意されたギルドメンバーのための一室はとてもシンプルだ。
簡単に作業できるようにと机とイス。 そしてベッド。
中央奥には小さな窓があった。
人が住むにはあまりにもシンプルすぎるような気はするが、ココロネは特に気にしなかった。
生きるために最低限必要なものが存在すれば特に文句はないのだ。
部屋に入るとココロネはまずベッドの上で眠る少年を気にした。
少年は小さな寝息をかけながら眠っており、今朝見たときと特に変わりはない。
そのことに安堵するとテーブルにトレーを置き、イスをベッドの方へと向けた。
そしてココロネは二つあるなかの一つのサンドイッチを手に取ると、少年を眺めた。
その少年は美しい。 人間離れした美しさをもつ少年だ。
何故ならば愛玩用合成獣だから。 愛玩されるために作られた生き物が美しくなくては生きてはいけない。
当然のように整った幼い顔立ちに、瞼に生える睫さえも繊細で綺麗。 瞳の色は閉じられてしまっているため分からない。
どこかきらきらと煌めいているようにも見える髪は、ピンク色のような紫色のような淡いグラデーションがかっている。
ピンク色でふっくらとした小さな唇に絹のようなしっとりと柔らかい肌。 ただ、体は栄養不足なせいで華奢が過ぎて骨が見えてしまっている。
まるで作られた人形のような姿をした少年は、誰が見ても美少年と答えるであろう。
その背に、まだ翼があったのなら、一体どれだけ神々しく映ったか。
しかし、人間に愛されるためだけに作られた彼、愛玩用合成獣は力がない。 どんなに全力を使ったところで人間には勝てない。
主である人間から逃げられないために、抵抗できないように。
そんなお仲間をココロネはサンドイッチを食べながら眺めていた。
窓から入る夕日もあって、美しさが増して映るそれだったが、ココロネは無表情だ。
サンドイッチを食べ終えコーヒーを飲むと、ココロネは立ち上がりベッドに近寄った。
そして、服を脱がす。
まず濡らしたタオルで体を拭いてやる。 その後にデールじいさんからもらった塗り薬を傷口に塗って行く。
誰かの体を触れるなんて行為、ココロネは慣れていない。
そのためどうしても時間がかかってしまう。
けれどココロネは無理に少年の体を動かすことなく、まるで壊れ物を扱うかのように慎重に触れるのだ。
最後に化膿止めの薬を飲ませる。
目を閉じたままの少年の口に薬を含ませ、水を流す。
そして喉がこくり、と飲み込んだことを確認すれば一連の作業は終わりだ。
不慣れな作業に疲れを感じたココロネはもう一度イスに座る。 まだ残っていたコーヒーを口に含む。 そしてまた、少年を眺めた。
こんこん、と扉のノック音が鳴り返事を返すとシャワーが空いたことを知らせた。
ココロネは立ち上がりしっかりと鍵を閉めたことを確認してから、シャワー室へと向かうのだった。
ミミちゃん探しは難航していた。
少年はあれから二度ほど治療を受けた。
傷の状態はかなり良くなった。
しかし、少年は目覚めないままだった。
「――目覚めたくないのかもしれないね」
ココロネの質問にデールじいさんは答えた。
「治療は進んできたし、いつ目覚めてもおかしくないよ」
その答えにココロネは何とも言えない気持ちになった。
少年の目覚めたくない気持ちがココロネには、分かる。
ココロネが生きてる理由は、生きているからだ。
他に目標や夢などお綺麗で輝かしいものなどはない。
この世界では合成獣は生きにくい。
だからこそ、少年の目覚めたくない気持ちが理解出来た。
ココロネにはどうすればいいのかわからなかった。
いっそのこと、このまま眠っていた方がしあわせということもあるのかもしれない。
それでも、勝手な思いだが、ココロネは少年に目覚めて欲しいと思った。
「起きたいという気持ちにさせてあげるのがいいかもしれないのう」
デールじいさんはそう言ったが、ココロネは一体どうすればそんな気持ちになるのか分からなかった。
黙っているとデールじいさんは人差し指を立てて、ほら、と言葉を続ける。
「話しかけてあげたらどうじゃ。 今日の出来事、明日の予定、あなたの思ったこと。 彼に目覚めて欲しいこと。 ココロネさん、あなたなら一体どんな話しだったら眠りから目覚めるかの?」
そんな話しをしてから、診察を終えた後もココロネはずっと考えた。
一体何を言えば目覚めるのだろう、と。
自分が少年だったとして、一体どんな言葉をもらえば目覚めるのか。
そんなのさっぱり思いつかない。
少年に出会ってから、ココロネは悩みが増えた。
仕事がうまくいかない問題。
金が底をつきそうな問題。
少年が目覚めない問題。
それでもココロネは諦めることも見放すこともしない。
それにココロネは、閉じたままの瞳の色が気になった。
一体少年の瞳の色はどんな色だろうか。
それに、どんな声だろうか。 どんな人なのだろうか。
世話をしているせいか、少年に対する興味が少しずつ沸いてきたのだ。
ココロネは冒険者街二区へと向かいミミちゃん捜しを行う。
街を歩く。
路地を探す。
隙間を見てみる。
そして、やっぱり見つからない。
いつもの無表情が少し沈んだ顔になる。
探し方はこれで合っているのかも分からない。
このままではいい加減、ミミちゃんは餓えて野垂れ死んでしまうのではないだろうか。
オリバーは出来るだけ生きた状態で、と言っていたが死んだ状態の方が見つけやすそうだな、と思う。 冷たいことを言っている自覚は、ある。
けれど事実だ。
野垂れ死ぬミミちゃんを想像すると、拾った少年のことを思い出す。
あの少年も野垂れ死ぬところだった。
それを拾って命を繋げたのは自分だ。
「……」
もやもやとした気持ちが浮かんでくる。
一体何に納得がいかないのか自分でも分からない。
けれど、オリバーは生きていた方がいいと言った。
その方が報酬も良いかもしれない。
だから――
ココロネは冒険者街二区を歩くのを止めて、エイミーへと一旦帰ることに決めたのだった。