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ココロネの心音  作者: 存此
43/44

6―4


「さて、おれが燃えるに当たって、最後に君に言いたいことがある」


 灰色の空に真っ赤な炎。そんな光景の中、リーダーは呑気に指一本立てて語り出す。


「ずっと伝えたかったんだ。 君たちは生きているんだから、そんな機械的な名前は似合わないと」


 今から死ぬやつが自分を生かそうとしている。なんておかしい話しだ。こいつは、自分を置いて、死ぬのだ。言葉まで残して、呪いを自分にかけるのだ。


「君の名前をW65から変わりココロネと命名する。意味を(こころ)(おと)


「君はさ、ココロネ。心の音を聞くのが下手くそだ。いや、聞こえないふりをしている。そうした方が強くあれると思っているから」


 次々と吐かれる呪いの言葉にロクゴー、いやココロネは涙を流した。

 なぜ涙が流れるのかは分からない。その感情を言葉にできない。言葉という形にすることが出来ないのが悔しい、とココロネは今初めて思った。


「なんで強くあろうとしたんだ、君は。 本当は分かっているだろう。 痛いほどに理解しているだろう。 心の音を聴いてやってくれよ」


 この男は、ココロネが心を閉ざしている間、こんなにもココロネのことを知っていたのだ。知ろうとしていたのだ。


 それなのにココロネは、リーダーのことをさっぱり知らない。

 やせっぽちのお人好し。

 ただ、それだけしか、知らない。


 ココロネは泣いた。

 ここまで言うのなら、ココロネはずっと言葉という形にしてこなかった意志を口にしようと思った。 その勇気は、今与えられた。 最後くらい、リーダーへ素直になってもいいかもしれない、と思った。

 でも言葉にしようとするほどに、涙がぽろぽろと流れる。

 涙の止め方なんて知らない。

 そのせいで言葉にしにくい。

 そうだ、怖いのだ。

 言葉にするのが。

 自分の意志を認めるのが。


「あーあ、やっと言えたよ。 名前、部隊全員分考えてあるんだ。 あの世に行ったら、みんなに言えるかな?」


 上げていた指を下ろすリーダー。 問いに答えられなかったココロネにリーダーは責めなかった。


「生きろよ、ココロネ。 この言葉は呪いになるかもしれないけれど。 それでも、君には生きて欲しい。 その真っ直ぐで不器用な意志は、君の素晴らしい想いだ」


「置いて、いくのか。 私を」


「うん、ごめんな。 その為なら死んでも良いくらいの意志が、あるんだ」


「さあ、行け、ココロネ。 行くんだ」


「泣いてもいい。 転んでもいい。 死にたくなってもいい。 でも、ただ、生きるんだ」



 ココロネは涙を拭ってリーダーに背を向けた。 そして前を向いて睨みつける。 拳を強く握り、感情を押し込める。

 

 一歩、足を前に出す。

 そしてまた一歩、また一歩。

 歩みはどんどん早くなり、果てには走り出す。

 

  ああ、本当に自分は弱い。

 一緒に死にたい、と言えたら、どんなに良かっただろう。 どんなに楽だっただろう。

 それなのに、それなのに、自分といったら、私の意志と言ったら  

 




 ココロネはこの戦場を抜け出さなければならなかった。

 進まなければいけなかった。 涙は止まらない。


 それほどまでに、私は  


 こうやってW65はココロネという名前に変わり歩み出す。

 強くありたいと思い続け、旅をして、一人でありつづけた。



 ココロネは涙をぽろりと零した。

 ああ、あんなにもリーダーに心の音を聴けと言われていたのに。

 無視し続けて、見えないふりして、ただ強くありたいからと、一人で居続けて、

 それでも、少年は問うてくれた。

 あの時、リーダーには答えられなかったけれど、

 今なら、今であれば、答えられる気がする。

 少年が勇気を出してくれたなら、私も、形に出来るきがする。


「……こわいんだ…… こわくて、たまらないんだ……」



「悲しいのも、痛いのも、つらいのも」



「感じてしまったら、よわくなって、生きていけなくなりそうで」



「だから、つよくありたくて」



「たいせつなひとがいると、よわくなってしまうから、」



「ひとりで、いたかったんだ」



「そ、それほどまでに、私は、 ……生きたいんだ」



 くしゃりと顔を歪ませて泣くココロネ。

 それほどまでに生きようとする、自分が嫌いだった。 醜かった。

 リーダーはあんなにも覚悟を決めて死んだというのに。


「だいじょうぶだよ、こころね」


 少年は安心させるようにココロネを再び抱きしめた。


「あのね、こころね。 かなしいのも、いたいのも、つらいのも、いやだけどね、たいへんだけどね、よわくならないんだよ。 それはね、きっとね、ちからになるよ」


 暴力の体の痛みを知っている。

 暴言の心の痛みを知っている。


 痛みを知っていると、その分、気持ちがわかる。 やさしくなれる。

 それは、どちらのことだろう。 いや、自覚はなくとも、きっと、両方だ。


「たいせつなひとがいるとね、ゆうきが、わくんだよ。 いまの、ぼくみたいに、ね」


 あの頃の仲間たちもそうだったのだろうか。

 私が大切で守りたかったからこそ、庇って、死んだのだろうか。

 少年は今、私のために勇気を出してくれている。

 ココロネは泣いた。 自分を思って勇気を出してくれた存在が(とうと)くて。

 もうここまで来てしまったら、何でも言える気がした。

 自分の想いを、少年に受け止めて欲しかった。


「私もね、一緒にいたいんだ。 いたかったんだよ、少年」


 それは少年の告白の答えであった。

 少年は、その言葉が嬉しくて、ほっとして、自分まで泣いてしまいそうだった。 視界がぼやけてしまう。


「名前もね、しっかりと考えたんだ。 でも、怖かったんだ。 私の考えた名前が、ずっと君の傍にいるのかと思うと……」


 少年はココロネを愛おしく感じた。 今までずっと格好良い姿しか見せなかったココロネが、ようやく弱い部分を見せてくれたのだ。 それは、勇気を出した少年への信頼の証だった。


「……こんな怖がりでも、少年、君はまだ、私の傍にいてくれるのかい?」


 不安そうに言うココロネに少年は笑った。 どう考えても、その質問の答えは決まっている。


「あたりまえ、だよ、こころね。 ぼくは、きみが、すきなんだ」


 その口調はどこかココロネに似ていた。 好きな人の口調は移ってしまうものなのだ。

 ココロネは鼻をぐしゅりと啜って、強く少年を抱きしめた。 自分を受け入れてくれる、その存在を、少しでも力強く確かめたかった。


「……少年、君の名前は、」


 ココロネはようやく口にする。 約束を果たす為に。 少年のために、大切に考えたものを。


「君の名前は、ミコト」

「ミコト?」

「そう、尊くて大切な命。 君を示す言葉だ」

「ふふ……ぼくは、ミコト。 なんて、すてきな、なまえ、なんだろう」


 少年は嬉しそうに笑う。 そんな少年の反応を見てココロネも安心したように微笑んだ。




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