5―8
一番に少年の姿を探すと――いた。
中央奥に一人、冷たいであろう床に座り込み、体を麻縄で縛られている。
「少年!」
すかさずココロネは少年を呼んだ。
いきなり扉が外れ飛んだ事態に、状況の把握が出来ていない人間たちは、ココロネの声で我に返る。
オリバーは少年の一番近く、隣りに立っている。 オリバーを他に室内の者たちは数名いる。
「こ、こころね!」
少年がココロネの名前を呼ぶ。
数日ぶりの少年の声に胸が熱くなった。 少年が生きていることに内心安堵した。
それでも、縄に縛られている少年を見れば、違う感情で心が燃え上がる。 少年を雑な扱いをしていることに。 麻縄で縛られるなど、傷いだろうに。
「来たか、ココロネ」
オリバーはそう言って手を上げる。 それと同時にオリバー以外の者たちは皆、武器を構えた。
「いけ!」
その言葉に数々の人間たちがココロネを襲う。
「こころね!」
少年が悲鳴のような声を上げる。
しかしココロネに焦りの表情はない。 相手が殴ろうと振りかぶれば、ひらりと避ける。 弓を打てば、短剣で切り払い、剣が襲って来れば、皮膚に届く前に殴りかかる。 敵の数はココロネよりも確かに多いはずなのに、次々と床に沈んでゆく。
「大したことないな」
その短剣は血で濡れていない。 誰の皮膚も切り裂いていない。
最後の一人を気絶させると、オリバーが剣を抜く。
オリバーの剣は大きく太く、重量のある大剣。 しかしその重さにも負けず軽々と持ち上げるオリバーは、ココロネの前に立つ。
「オレはオレのやれることをやる」
そう言うとオリバーは大きな剣を振り下ろす。 びゅんっと風を切り裂いて床に剣は沈む。 床は深々と割れて、その大剣の威力を語っている。 もし、体に当たったらひとたまりもないだろう。 一撃で致命傷になり得る。
しかしココロネに恐怖はない。
あるのは、少年を助ける、その一心だけ。
オリバーは再び大剣を持ち上げると、ココロネは地を蹴り走り出した。 オリバーの胸元に入り頬を躊躇なぐ殴る。 「うぐう!」とオリバーは唸るが大剣を持つ手は離さない。
そのまま腹に渾身の蹴りを入れるとオリバーの体は吹っ飛び壁へとぶつかった。 振動でぱらり、と上から埃が舞う。 そこから動かないオリバーにココロネは少年の元へと走る。
「少年!」
すぐに麻縄を断ち切る。 しかし肌には麻縄の跡が赤く残っていた。 ココロネは我慢ならず少年を抱きしめる。 胸にぎゅうっと抱きしめて、少年の体温を感じた。
「少年、痛いところはないか。 悲しいことは、辛いことは……」
次々と少年の心配をする言葉を繰り出すココロネ。
「だいじょうぶ、だよ、こころね」
少年はココロネよりも随分と落ち着いているように見えた。 ココロネを安心させるように背に手を回す。
しばらく抱き合った後、少年の方から身を離す。 そして溶け出しそうな太陽の瞳でココロネを見つめた。 その目は真っ直ぐで、透明で、ココロネの心を見通してしまいそうだ。 そんな瞳にココロネはたじろいだ。 少年の瞳に初めて恐怖を感じた。 自身の弱いところを見られてしまいそうで、心を張り詰めた。
「……あのね、こころね」
少年はココロネの名前を呼んだ。
「なんで、ぼくを、たすけに、きたの?」
その言葉にココロネは固まった。 その問いは当然のことであった。
「こころね、は、ぼくを、おいて、いったでしょ?」
少年の言葉にココロネは溶け出しそうな太陽を見ていられなくなる。
「さいごの、やくそくも、まもらなかった」
それは実際に言われてみると、思ってた以上に心に刺さった。
「なん、で? なんで、なの、こころね」
その純粋な質問にココロネは返す言葉が思いつかなかった。 頭を必死に巡らせて、何かを言おうとしても、形になることはない。
……だって、強くありたいんだよ。
誰よりも強く。
そしたら、傷つかないで済むだろう?
そしたら、泣かないで済むだろう?
堅く強固な心があれば、痛むことはない。
そうしたら、生きていける。
強くあるためなら、一人でいないと
大切な存在を作ったら、それは弱くなる。 弱点になる。
「こころね、ぼくはね」
少年はココロネの顎に手を添えて俯いていた顔を上げさせる。
するとココロネと少年の目が合った。
ココロネの金色の瞳は揺れていて、まるで迷子の子どものようだ。
「ぼくは、こころね、と、いっしょに、いたい、よ」
はっきりと少年は言った。
「こころね、は、いや、なの? いやなら、どうして、たすけて、くれたの?」
少年の問いにココロネは答えることが出来ない。
言えない。 言えない。
その想いを言葉にしてはいけない。
そしたら弱くなってしまう。
そしたら、
ココロネの頭は巡る。
巡って巡って混乱の中、それは昔の記憶をも思い出させた。




