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ココロネの心音  作者: 存此
38/44

5―7


 穴の先は冒険者街第七区。 そこは荒れ果てゴミが散乱し、至る所に人が落ちている。 小さく低い建物が建ち並び、衝撃を与えればすぐに壊れてしまいそうだ。 そんな所に住む人間たちの着ている服はどれもぼろぼろで薄汚い。 瞳は目つきが悪い者が多く、生活や治安の厳しさを物語っている。


 突然壁が破壊され、穴が空いたことに驚き集まった人たちは壁の向こうには行かず、そっと様子見をしていた。

 そこからココロネが現れ、集まっていた人たちは簡単に散ってしまう。 そして離れたところでココロネのことをじっと見つめ、よそ者を()(さだ)めているようだった。


 しかしココロネはそんなことを気にせず、地面を蹴って勢いよく駆けだした。 少年の元にいくためだ。


 はっはっはっ、と口から吐く呼吸音。

 みるみるうちに景色は流れ、風を切る音が耳に届く。

 ココロネの全力疾走だった。

 その速さは狼のごとし。

 呼吸の苦しみなど忘れ、ただ一心に走る。

 道端にいる者が何事か、と目をやる。

 それでも一瞬でココロネは通り過ぎるので、問題事になりもしない。


 走って、走って、走って。

 あっという間に第六区へと辿(たど)()くと、ココロネはようやく立ち止まり辺りを見渡す。

 いきなり立ち止まったことで、辺りの人間たちは不審者を見るような目でココロネを見ている。 ココロネは一番近くにいた人間へと早速話しかけた。


「夜明けのような少年を知らないか?」

「……はあ?」


 ココロネの問いの仕方はあまりにも詩的だ。 しかし他にどうやって少年を表現すればいいか分からなかった。


「その……きれいな……」


 ココロネは(ひね)り出すように言うが、相手は顔をしかめて、意味がわからない、と言う顔をしている。 けれど相手は少し考えると、迷惑そうに言葉を続けた。


「あー……アンタ、もしかしてアイツらの仲間か? なんかよそ者たちが、コソコソ来て何かやってるようだが……知り合いなら早く連れて出て行ってくれよ。 迷惑だ」

「そうだよ、迷惑だ。 ここを都合良く使ってんじゃねえ、早く出て行け」

「俺たちの縄張りから消えな!」


 一人の相手の言葉をきっかけに、周りにいた者たちがぞろぞろと集まりだし、ココロネにわめき声を上げる。 これ以上集まってくると面倒事になってきそうで、ココロネは「わかった」と頷き場所を聞く。

 すると「あっちだ」「あっち」と皆、指を指し示す。 ココロネは小さく頭を下げ礼を言うと教わった方向へと再び走り出した。念のため早めに、背にある銃を手にすると、とある人物を見つけ、すぐに影に隠れる。


 そこは一つの小さな倉庫で、入り口前に二人、見張り番をしている者がいる。 その内の片方がエイミーのバーのマスターだった。

 もしやの人物に目を疑ったが、バーのマスターはいつもの笑みを浮かべながら腰に剣を(たずさ)えている。


 ……ギルドメンバーも巻き込んでいるのか。

 ココロネは少し考えた後、銃を背に戻す。 そして腰後ろに横で携えている短剣を手に取った。

 倉庫を見つめ、あの中に少年がいることを考える。 恐怖で怯えていることだろう。 相手がひどければ暴力も受けているかもしれない。 本当に銃を使わなくて、いいのだろうか。


 ココロネはエイミーのギルドメンバーを殺すことが出来る。 湧いてくるものはあるものの、我慢出来る範囲内だ。 知っている者を殺す悲しみなど、当に慣れていた。

 短剣でも殺すことは可能だ。 しかし銃のほうが殺傷能力は優れている。

 こんな所で殺すことに戸惑っている自身に驚く。 その理由は少年だった。

 少年は、あの者を殺して悲しみはしないだろうか。

 後で泣きはしないだろうか。

 そう思うと、殺す気はなくなってくる。 報復がなければ殺す必要性もない。


 ココロネは目を閉じて、心を落ち着かせた。 戦闘に焦りは禁物だ。 冷静で迅速な行動と思考こそが勝ちを決める。

 少年の姿が脳裏に自然と想い浮かぶ。

 大丈夫。 助ける。 絶対に。


 すっと目を開く。 その目には覚悟が浮かんでいる。 いつも纏っている寂しげな空気が消え、殺気立っている。 右手で短剣を握り締め、影から様子を(うかが)う。 片方の男が疲労で欠伸をする。 その隙の瞬間に飛び出した。


 突如、敵影(てきえい)の気配に見張りの二人は武器を構えようとするが、遅い。 武器が手に届く前にココロネは一人の背に立ち首の後ろを峰打ちする。

 もう片方――バーのマスターの持つ武器は少し変わっていて、両刃ではなく刀身が弧状になっている。 極東の剣、刀だ。

 バーのマスターは刀を構える瞬間にココロネは短剣を振り上げる。 バーのマスターはすかさず刀で受け、剣が交わった。


 短剣を持つココロネにとって剣の交じり合いは些か部が悪く、蹴りを繰り出した。 戦闘用合成獣であるココロネの筋力によって放たれる強靱(きょうじん)たる蹴りは、骨を意図もたやすく折る。 蹴りを受けた左手は、ぶらんと垂れ下がり刀を持つ右手のみが残った。

 それでもバーのマスターは諦めない。 好戦的な瞳が光り、躊躇なくココロネに刀を振り落とす。


 がきんっ!


 短剣が刀の攻撃を受け止める。 バーのマスターはそのまま力を押し込め、受けている短剣は振れる。 ココロネは力づくで横に払い、刀を弾いた。 その刹那、刀を持つ手が宙に浮き、隙が出来た。 その瞬間をココロネは見逃しはしない。 一気に距離を詰め、また同じように首後ろを短剣で峰打ちをする。


 気を失い、ずるりと地面に転がったバーのマスター。 ココロネは気を失っているバーのマスターを横目で見た後、倉庫の扉を蹴って開ける。 扉は衝撃でへこみ外れると、中の様子が窺えた。


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