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ココロネの心音  作者: 存此
37/44

5―6


「わしには言わなくてもいい。 でも、あの少年には伝えてあげなさい。 いいかい、言いたくないような想いを、苦しみや悲しみを、伝えるということは、とても大切なことなんだ。 それを言うことで相手は、あなたを知ることが出来る。 あの少年は、あなたの気持ちを否定するような人じゃないだろう?」


 デールじいさんはゆっくりと優しい声で語りかける。

 ココロネは黙ったままで何も返答はしなかった。 フクロウがほっーほっーと鳴く。

 そのまま二人は眠り、朝が来るとまたプロスリカへと目指し馬に乗って駆けだした。


 プロスリカの門が目前になるとココロネは「場所は?」とデールじいさんに聞いた。

 「冒険者街第六区」とデールじいさんは答える。 ココロネは舌打ちを鳴らした。 治安の悪さで行きたくないのではない。 冒険者街は第一区から第七区まで時計回りに円を描く形で存在している。 ということは、第一区と第七区は隣り合わせということになるが、第一区はプロスリカの玄関である。 数が増えるごとに治安の悪さが増す冒険者街の最終区、第七区を玄関窓の第一区に繋げたくはない。 そこで第一区と第七区の間には、高い高い壁が存在しているのだ。 第一区から第六区へと向かうとなると時間がかかる。 数日を要すだろう。 その頃にはもう間に合わないかもしれない。

 プロスリカの門を通過し、冒険者街第一区へと到着する。 第七区へと(へだ)てる高い壁を見上げ、ココロネは睨みつけた。

 登るのはさすがに難しいだろう。 壁には大きなへこみやくぼみはない。


「何か良い方法はあるだろうか」


 ココロネと同じように壁を見上げていたデールじいさんに聞いて見る。 デールじいさんは、うーん、と考え込んだ後、口を開く。


「フックブックに紐を(くわ)えさせて壁に引っかけることも可能じゃが……ううむ」


 フックブックとはフクロウの名前だった。 デールじいさんが名前を呼んだことでフックブックがほーと鳴く。

 縄をかけたとして、この凹凸のない壁を登り切れるか。

 ううむ、と二人でしばらく考え込む。


「いっそのこと壁を壊せたら……」


 あんまりにも暴力的な解決だが、それが早い気がした。 しかしさすがのココロネにも、この壁を壊すことは難しい。 デールじいさんは魔法使いにしても白い魔法使いだ。 攻撃よりも治癒を得意とする。


「お……ぼ、ぼくが、います」


 すると、一人、おどおどとした様子で静かに名乗り出る者がいた。

 その登場にココロネは視線を移す。

 その者は全身黒い風貌(ふうぼう)の男だった。 先が曲がった大きな特徴のある帽子を被り、瞳も髪も真っ黒な男である。 その特徴的な帽子と格好は黒い魔法使いであることを表していた。


「……お前は……」


 ココロネはその者に見覚えがあった。 記憶に残りやすい特徴的な格好をしていることと、何度か見かけたことがあるからだった。 しかし、ココロネにはその男が知り合いの記憶はない。 ココロネにとっては赤の他人だった。


「なぜ?」


 突然の名乗り出しに疑問に思ったココロネは素直に質問をした。


「ええと……あの……」


 黒い男はココロネと目を合わせず緊張した様子で目をきょろきょろとさせている。 手も絡め合わせてもじもじとしていて、怪しい。


「まあまあ、理由なんていいじゃろ。 ふぉっふぉっ」


 デールじいさんはそう言って笑うと黒い男の肩を叩いた。 デールじいさんは白い魔法使いであり、それなりの実力者だ。 黒い男には力及ばないものの、魔力を感じて、ずっと何かがココロネの傍にいることは分かっていた。


「……仕方ないか」


 デールじいさんがそう言うなら、とココロネは頷いた。 少しでも早く第六区に向かいたいからでもあった。


「それでは……」


 少年の前ではあんなに堂々としていたのに、ココロネの前では緊張で震える黒い男。 しかし、魔法界において黒魔法とは壊すことにおいて一番力が強い。 この者が頼りになるのは確かであった。


「――――」


 黒い男が何かを言って壁に対して手を振った。 しかしココロネには聞き取ることが出来ない。

 魔法を使うに当たって魔力を帯びた呪文を発したのだ。 魔法使いであるデールじいさんは聞き取ることが出来るが、魔力の持っていないココロネには何か音を発したというくらいしかわからなかった。


 すると黒い光が走り、次の瞬間には、があん! と大きな音をたてた。

 砂煙が消えると、壁にはぽっかりと人が一人通れるくらいの穴が空いている。


「おお、見事じゃのう」


 穴を見てデールじいさんは感嘆の声を上げる。


「このくらい当然です」


 その声に満足げに黒い男は微笑んだ。


「あなた、名前は?」


 ついでのかのようにデールじいさんは問う。 黒い男は、ちらり、とココロネを見てまた緊張した面持ちで言う。


「……エフ、です」


 ココロネは名前を聞くとエフの両手をそっと握り言う。


「ありがとう、エフ。 本当に助かった」


 そして握る手に力を入れる。

 するとエフは顔面を真っ赤にして「あわわわ……」と言葉にならない音を発する。

 エフの挙動不審な姿にココロネは不思議に思う。 あれだけ孤独な雰囲気を放っていた男が一気に子どものような表情をしている。 ココロネはそっと手を離し、穴のほうへ顔を向ける。


「では、行ってくる」


 その言葉は一人で向かうことを意味していた。


「行ってらっしゃい。 気をつけるんじゃぞ」


 その先で、ココロネは一体どうするか、まだ覚悟はついていない。 助けたいという一心だけで進む。

 その後のことは、少年に会ってから考えようと思った。 プロスリカに向かう途中で必死に頭の中で考えたけれど、何も答えは出なかった。 それならば、もう、何も考えず向かうしかないのだ。

 振り向くと、いつの間にかエフの姿が消えている。 デールじいさんが見守る中、ココロネは壁の穴を通っていった。




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