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ココロネの心音  作者: 存此
36/44

5―5


「それでデールおじいさん! オリバーがなんだって?」


 風の音にも負けぬ大きな声でココロネは問いかける。


「っオリバーはなあ! ずっと探し続けてる妻子の情報との交換で少年を渡すみたいなんじゃ……!」


 デールじいさんも負けじと大きな声で張って言う。 それは以前にもオリバーから聞いた行方不明になった妻子の話だった。


「……そうか」


 ココロネは静かに答えた。

 ココロネはそれ以上、何も言わなかった。 自分も同じ立場にあったら、(ちゅう)(ちょ)なくそうしただろう。 それに少年を見放したココロネが今更どうこう言うのはおかしい。 その後の出来事は文句のつけようがない。


 でも、でも。 オリバーは少年を守ってくれるのではないかと思っていた。

 それはココロネの勝手な願望であり、オリバーがどうするのかは、オリバーの自由だ。

 私が助けに行くのは、おかしい。 矛盾している。

 突如、約束も果たさず消えた愚かな私。 少年を捨てたようなものである。

 そんなやつが一体どんな顔して少年を助けにいくのか。

 そんなやつが少年を助けるなんて、許されるものか。

 それなのに、体は止まらない。

 考えるより、体が動くのだ。

 そして私の言い訳も無視して、強い意志が湧き出る。


 ――行かないと。


 行かなければならない。

 少年に悲しい目を合わせたくない。

 助けに行って、一体どうするというのか。

 もし、助けられたとして、その後は?

 また別れを告げるのか?

 また、捨てるのか?


 わからない。

 わからないよ。

 一体なにが正解なのかわからない。

 だけど、行かなければ、いけないんだ。

 行って、助け出さないと。

 それだけの想いで頭の中がいっぱいになって、他の考えなど見えないんだ。


 途中、馬に休憩をさせる。 全力で向かうには、馬を度々休憩させる必要があった。 馬に倒れられてしまえば、自分の足で行くしかない。 デールじいさんを置いていくことになってしまう。 それに、さすがのココロネの足でも馬の足には勝てない。

 休憩の時間になると、デールじいさんは気を遣ってココロネに話しかけた。 ココロネは少しでもプロスリカへと近づきたい思いでいっぱいだった。

 ついこの前までは、あんなにも必死にプロスリカから離れようとしていたのに。


「大丈夫かの、ココロネさん」


 心配そうにデールじいさんは言う。

 けれど、ココロネはデールじいさんの顔も見ないまま答える。


「大丈夫ではないのは少年だ」


 ココロネはじっとたき火の炎を見ていた。 その表情と声音にはいつもの余裕さが(うかが)えない。 ココロネは少年のことで頭がいっぱいだ。 いっぱいすぎて、自分のことはさっぱり考えていない。


「わしはココロネさんに聞いたんじゃよ」


 デールじいさんは肩にいるフクロウをそっと撫でる。 フクロウは気持ちよさそうに目を閉じていた。

 たき火から鳴るぱちぱち音も相まって、空気はなごやかに流れつつある。 その中でココロネだけが思い詰めた表情をしている。


「……大丈夫だ」


 そう答えはするが嘘だった。

 大丈夫とは一体どういう意味なのか。

 何をもって大丈夫というのか。

 大丈夫ではない、と言って何か助かるのか?

 解決するのか?

 けれど、大丈夫と答えれば会話は終わるはずだ。


「焦っても経過する時間は一緒じゃ。 落ち着くことも大切だろうよ」


 その言葉にココロネは黙ってしまう。 デールじいさんの言葉は正しくて、なんて答えればいいのか分からなかった。 しかし、正しいからと言って、気を休ませることを簡単には出来ない。


「ココロネさん、あなたはなんで約束も果たさず出て行ってしまったんだい」


 その言葉はココロネにとって答えにくいものだった。

 デールじいさんはなぜ、そんなことを聞いてくるんだろうか。

 ココロネは黙りこくって、何も答えようとしない。

 ただ、たき火を見つめている。



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