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ココロネの心音  作者: 存此
35/44

5―4


 ココロネはすぐに肩にかかる銃を構えた。


 まるで、自分のようだ。

 一匹の灰色狼。 生きるために必死に今日も何かを探している。

 命を賭けて必死に生きようとしている、その姿は懐かしい。

 しかし、こちらも油断すればあっさりとやられてしまう。

 あちらは死ぬ気でやってくるのだ。


 野良狼が大きく口を開き、尖った牙を見せて襲いかかってくる。

 ココロネは巧みに牙を避け野良狼の体に銃弾を放つ。

 どおんっと低く大きな音が辺りに響き渡る。 弾は野良狼の腹に命中すると、きゃいんっと悲痛な声を上げて地面へと倒れた。

 野良狼の手足が反動でぴくりぴくりと微かに動いている。 血が垂れ流れ、地面を濡らしていく様をココロネは冷たい目で見ながら銃を背中にしまう。

 そっと野良狼の体に触れるとまだ体温は温かかったが、瞳にはもう光が宿っていない。

 しばらく野良狼の体に触れたままでいたココロネは、体が冷たくなってくると体を(さば)き肉の状態にした。 これで少しの間は食糧の心配をする必要はない。

 ココロネは血で濡れた地面を後にすると、また先へと進むため歩き出す。


 夜が明け朝になると、ココロネは木にもたれ、しばらくの休息をした。 明るい時間の方が歩くには適しているが、昨夜は進むことに集中しすぎて眠らないまま朝を迎えてしまった。

 少しの間だけ眠り、昨夜獲った狼の肉をスープにして食べる。 自分の料理をうまいとは思ったことはなかったが、やはり味気ない。 この先も、ずっとこの状態が続くのだろうか。

 鞄を背負い歩き出す。 目的地はない。

 それから日数が何日か経過した。

 ココロネは相変わらず一人で歩き続けていた。


 後ろから馬が走ってくる足音がする。 荷馬車も通ることのある、この道路では馬に乗った者が走ってくることぐらい、なんてことない。

 しかし、何かを呼ぶ声がする。 大きな声で何かを言っている。

 段々と近づいてくる声に、ココロネは立ち止まり耳を傾けてみた。


「おーーい、ココロネさんーー!」


 なんとその声はココロネの名前を呼んでいる。 しかも聞き覚えのある、デールじいさんの声だ。


 ココロネは驚いて、振り向くと、一人の人間が馬に乗って駆けてくる者がいる。 しかし、まだ姿は小さく、ココロネだからこそ気づくことが出来た。 今なら逃げようと思えば森の中に隠れたりすることが出来るだろう。

 しかし、ココロネは逃げるという選択をしなかった。 あの、年老いた医者が馬に乗って駆けてくるとは一体誰が想像できよう。 驚きと動揺で体が動かなかった。


「ココーロネーさーん!」


 みるみるうちに馬に乗ったデールじいさんは近づいてきて、そこでようやくココロネははっと気を取り戻す。

 どうしたものか、と珍しくココロネは混乱した。 デールじいさんとの再会は少年の検診ぶりだ。 ココロネがいなくなったことがデールじいさんに伝わったとしても、なぜデールじいさんが馬に乗って探しにくるのだろうか?


「はあっ、はあっ、ようやく、追いついた」


 すると高い上空で、ほっほっーと鳴く鳥がいた。 その鳥はだんだんと下に舞い降りてくるとデールじいさんの肩に乗る。 真っ白なフクロウだった。 そのフクロウを見て、ココロネはとある予感が走った。


「このフクロウは……デールおじいさんの……?」


 挨拶もなしにココロネは尋ねた。


「はあはあっ……ああ、そうじゃよ」

「……そういうことか」


 デールじいさんの返答にココロネが苦笑いを浮かべる。 魔法使いが鳥を使って、誰かを探すという手法は過去の戦いで経験していた。 しかし、ココロネはそこまで意識をする余裕がなかった。


「このフクロウで私を探したんだね?」


 するとデールじいさんは馬から下りようとする。 慣れていないのかうまく降りることができず、ひいひい言うものだからココロネが助けに入った。 そのあまりにも必死な様子にココロネも少し笑ってしまう。


「あ、ああ。 そうじゃ。 さすがは、ココロネさん。 わかってしまったかね。 はああああ、疲れた……話しの前に、ちょっと、ほんのちょっと、休憩させてもらってはいいかな?」


 ぜえぜえと荒い息を吐きながら滝のようにかいている汗をハンカチで拭うデールじいさん。 ココロネは頷き木陰の方へと移動する。

 木の下でデールじいさんは腰をつき、ココロネから水をもらった。 デールじいさんの呼吸が整うまでココロネは馬とフクロウの世話をした。 労りの水を与え、フクロウにはオオカミの肉をやった。


 「はああ……待たせたのう、話しをするかの」


 しばらくするとデールじいさんが言った。 まだ疲労している様子だったが、焦っている様子にも見えた。


「一体何だろうか。 私は戻るつもりはないが」


 前もってココロネは言っておく。 その意志は固い。


「それがのう、それがの……ああ、腰がっ!」


 デールじいさんは急に立ち上がろうとするが、腰が痛んだのか手で支える。 ココロネは手を貸すと、デールじいさんは使ってない方の片手でココロネの手を握った。 ココロネはデールじいさんの顔を見ると、デールじいさんは悲しそうな目をして(なげ)くように言う。


「……オリバーが、オリバーが、少年を売ろうとしているのじゃ!」


 するとデールじいさんは信じられないようにひどく悲しんで呻きながら両手で顔を覆い隠す。


「……少年を?」


 その言葉にココロネの(まと)う雰囲気が変わった。

 表情は無表情のままだが、どこか気迫を感じさせるココロネにオリバーは一瞬言葉を詰まらせる。


「……っ……ああ、だがなあ、オリバーにも理由があるんじゃ――」

「移動しながら説明してくれ」


 するとココロネは身軽な動作で馬に乗る。 デールじいさんを後ろに乗せ、しっかりとココロネの腰に腕を回させると馬の首を優しく叩く。


「頼むぞ」


 そう言って手綱を引くと、馬は地面を蹴って走り出す。 その瞬間に、デールじいさんの肩にいたフクロウも上空へと旅立ち、上から見守るように飛ぶ。


「ひっ、ひい……!」


 その目にも止まらぬ敏速な速度に、デールじいさんは恐怖を感じて悲鳴を上げる。 しかし、ココロネは速度を緩ますことはなく、ぐんぐんと地を駆けていく。



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