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ココロネの心音  作者: 存此
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1―2

 

 そうして一つの診療所に辿り着いた。

 白くて煙突のある小さな診療所。

 聞いた通り家の前には、花の咲いた花壇がある。横には木材を白く塗って出来た看板があり「はなさき診療所」と書かれている。

 看板がなければ一軒家にしか見えない。

 思わず本当に診てもらえるのかと不安になるが、悩んでいる時間はない。


 ちりんちりん。


 綺麗な音が鳴った。 玄関扉には鈴がついているようだ。

 中に入ってみると、誰も見当たらず、ましてや普通の家の内装だ。 右手には暖炉とソファ。 左手にはキッチンとなっている。 家主の趣味なのか壁には花が描かれた絵が飾られていた。

 どう見ても一般家庭の内装だ。 やはり間違えているのではないか。

 どうしたらいいのか分からず、立ち尽くす。

 しかし、奥からぺたりぺたりという音が聞こえてきたことに気づく。


「おーおー、お客さんかの?」


 のんきに現れたその者は、のんびりとゆったりとした口調で言った。

 その者は中央を除きサイドに真っ白な白髪が生えている。

 目元には笑い皺が存在し、優しさを象徴するようなグリーンの瞳。

 口元には大きく広がるヒゲがあり、絵本に出てくるおじいさんをそのまま出したかのような人間だった。


「少年を診て欲しいんだ」


 女は()(さま)答えた。


「そうか、こちらへおいで。 診察室は奥にあるんじゃよ」

 いきなりの女の言葉にも驚いた様子はなく、優しい声で言うおじいさんは、スリッパの音をたてながら奥の部屋へと進もうとする。

 おじいさんは慣れた様子で白衣に袖を通しながら女へと声をかける。


「……その前に、伝えななければいけないことがある」


 女は言いにくそうに、言った。 

 

「おお? おお、そうじゃったそうじゃった。 ワシはデール。 みんなからはデールじいさんと呼ばれておるよ」

「そうではなく」

「んん?」

「……この少年は愛玩用合成獣なんだ」

「――ほほう」


 するとデールじいさんは振り返り、眼を細め女が背負っている少年を見た。 すると慌てた様子ではっと顔を上げる。

 女はデールじいさんの反応を見て、期待を捨てた。

 また、次を探さないといけない。

 だけど見つかるかもわからない。

 

「いけない、いけない。 顔色がとても悪い。 すぐにベッドに横にしてあげよう」


 しかし、それは女にとってようやく得た言葉だった。


「……診て、くれるのか?」


 女はつい驚きで声が出てしまった。 この者が放った言葉を信じられなかった。 聞き間違いかもしれない。


「あなたはそのためにここに来たんじゃろう?」


 女の反応に対し不思議そうに言うデールじいさん。

 「さあ、こっちじゃ」と言い、ぺたりぺたりとスリッパを鳴らしながら奥の部屋へと進む。


 そこには最低限のものが置かれたシンプルな診察室があった。 唯一、机上には花の咲いた花瓶が置かれ部屋を彩っている。

 女は言われたとおりベッドに少年を下ろす。 デールじいさんは手慣れた様子で白衣を身につけ、ハサミを使い少年の着ていたぼろきれのような服を真っ直ぐに切る。 (あら)わになった体を確認した後、一番ひどい腹の傷へと手をやった。


「まずはここじゃの」


 そう言うとデールじいさんの手はぽわりぽわりと柔らかい白で光り出す。

 すると、 腹の傷がじわりじわりと治っていくではないか。


 これは人の傷を唯一癒やすことが出来る奇跡の魔法、白魔法というもの。

 魔法を扱う者が活躍する世界だが、白魔法を扱える者は少ない。 そんな中で白魔法を扱える医者と出会えたのは幸運と言えるだろう。

 女は傷口に当てられた温かな白い光を目を細めて見つめた。 白魔法の力のすごさを知っていた。

 そんな者が敵の中に交ざっていてば、やっかいなことも。


「傷が深いから一気には治せないの。 魔法を扱ってるとはいえ、回復するには彼本人の体力も必要でな。 完全に傷が塞がるまでは続けての治療が必要じゃ。 ここには入院施設がないから、通ってもらうことになってしまうが可能かのう」


 そうは言っても少年の傷は血が止まり、ふさがり始めている。 白魔法というものが一体どれだけすごいものかを表している。


「できる」


 デールじいさんの言葉に女は迷うことなく返事をした。 その声音に女の覚悟が見られた。

 デールじいさんは安心したように微笑み右手で少年の頭を撫でた。

 そしてデールじいさんは全身の体を丁寧に見ていき、少年の背中を見る。 そこにはあるのは無惨にも翼が切り取られたかのような根元だ。 デールじいさんはそれを見ると顎に手を当てた。


「ふむ、まるで鳥が翼を切られたかのような……あなたは知ってるかの?」

「いや、私は死にかけていた少年を拾っただけで、細かいことは知らないんだ」


 そこでようやく女はデールじいさんに、これまでの経緯を話す。 デールじいさんは、うんうんと頷きながら答える。


「いやあ、診るとは言ったものの、実際の合成獣を見るのはこれが初めてでね。 もし、あなたの知ってることや意見があったら是非とも聞いていきたいんじゃよ」

「善処する」

「それと……あなたの名前は?」


 そんな質問に女は目を見開いた。 まだ名前すら名乗っていないことを、忘れていたのだ。 名前を名乗ることはコミュニケーションをとる上で最初に行うことというのを知っている。 どうやら、少年のことで必死になりすぎて頭から飛んでいたようだった。


 少年が無事死の淵から解放された今、女は先ほどより気持ちは落ち着いて余裕がある。

 このデールじいさんという者に感謝をしなければならない。 合成獣でありながらも、診てくれるのだから。 だから自分に出来るだけの感謝と信用を示そうと思う。


 女は頭に被っていたキャスケット帽に手をやった。

 ゆっくりとした動作でそれは外される。


 ――すると、普通の人間であったら存在しないものが、ぴょこりと現れた。

 灰色で、三角の形をした獣耳が二つ、頭の上に存在しているではないか。

 それだけでは終わらない。 腰にカーテンのように結んだマントを外し、足と足の間にあるボリュームのあるふさふさとした灰色の尻尾を露わにした。


 デールじいさんの透き通った緑色の瞳を真っ直ぐに見つめ、女は静かに言う。


「私は、ココロネ」


 帽子を持ったまま胸に手をやって、ゆっくりと礼をした。

 それは、旅のなかで見た、人間がやっていたいたものを真似しただけのものだ。

 しかし、ココロネの(まと)う静かで冷たい空気のせいだろうか。 真剣で気持ちがこもっているせいだろうか。

 ただ真似しただけのはずの行為は、無駄に飾り気がなく、美しく、格好良く見えた。


「デールおじいさん。 君に、感謝する」


 デールじいさんはココロネのその行為に見とれ、少しの間ぼんやりとした。 すぐに正気を戻すと嬉しそうに、にこやかに笑ったのだった。



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