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ココロネの心音  作者: 存此
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4―6


しっとりとした米に塩みのソーセージ。 炒められて甘みのあるタマネギがよく合っていて、塩コショウがいい刺激になっている。

 もし、まずかったとしても、おいしいと言うつもりだった。 ここで自分が正直にまずいと言ってしまえば、少年は料理をすることを怖がってしまうかもしれなかったから。

 けれど、


「……おいしい」


 焼きご飯くらいならココロネも食べたことがある。 料理店で食べるそれは、大体油が濃く味がしっかりとついたものだった。 けれど、少年の作ったそれは、まるで少年を表すかのように優しい味をしていた。 炒めた米のしっとり具合さえも、それらしい。

 ココロネの言葉に少年は緊張した面持ちから一変、笑顔へと変えた。 心から嬉しいようで、ぴょんぴょん、と小さく跳ねて、料理を教えてくれたバーのマスターに顔を向けた。

 しかし、そんな少年の様子も見ることを出来ないまま、ココロネは口の中にある焼きご飯をゆっくりと噛みしめては、大事そうに飲み込んで、次の一口へとスプーンですくう。

 顔が上げられなかった。


 ほんとうに、ほんとうに、おいしかった。


 その味は心に染みるようで、ココロネは切なくなった。

 以前は自分から死のうとしていたような子が、私に料理を作って喜んでいる。 笑っている。 生きてくれて、よかった。

 私が勝手に生かしただけだったけれど、

 私が納得できなくて、無理に生かしたものだったけれど。

 それでも、それでも。

 考えてみれば、この街での出会いは恵まれていた。 困っているところを助けてくれる者がいた。 自分の正体を知っても尚、拒まない者がいた。 だから、命を救えた。

 ココロネは目を細め、寂しそうに笑みを浮かべた。 こんな表情、とてもじゃないが少年には見せられない。


「ココロネ、少年の飯は食えたかあ?」


 すると後ろから大きな声で声をかけてくる者がいた。 この声はオリバーしかいない。

 ココロネは瞬時に気持ちを切り替えて、表情をいつもの無表情にしてみせ、顔を上げる。


「少年がなあ、初めて作る飯を食べてもらうのはココロネがいいって言ったんだ。 だからココロネに飯を作るまではずっと雑用をしてたんだぞ!」


 そう言って、がはがはとオリバーが笑う。 少年が恥ずかしそうに照れて見せた。


「……あ、あ、あのね、あの、ね、こころね」


 がはががと笑い続けるオリバーとそれを見てにこにこしているバーのマスター。 その間に少年は思いきったようにココロネへと話しかけた。


「うん?」


 ココロネは優しく返事を返した。 その微笑みに少年は驚き、胸を高鳴らさせ、言おうとしたことを忘れてしまいそうだった。 それでも、なんとかこらえて、言う。


「お、おね、おねがい、が、ある、の」


 少年は落ち着かないように、もじもじとして言った。


「なんだい」


 ココロネは少年に、何を言われても受け入れたいと思った。 食事を作ってくれたお礼に甘やかしたいのだ。


「あ、の……あ、のね……」


 少年は言いにくそうに言う。 少年は自分から話しかけるのが慣れてないのはいつものことだが、今回はいつも以上に言いにくそうにしていた。 それだけ重要なことなのだろうか。

 中々言い出すこともできない少年だったが、せっつくこともなくココロネは言葉を待つ。


「……な、な、なま、え、なまえっ! ほ、しいの。 さよなら、する、まえ、に、さい、ご、に」


 そうしたら少年は一人で生きていく勇気が湧くような気がした。 ココロネがいないことはとても寂しくて、想像するだけで苦しくて胸がいっぱいになるけれど、それでも、ココロネにもらった名前があれば、ずっとココロネが傍にいてくれる気がした。


「名前?」


 少年の予想のしてなかったお願いにココロネは驚いた。


「そ、う……、だめ?」


 上目遣いをして瞳を揺らし、必死にココロネに願う。


「……」


 少年の顔を見ると、つい頷きたくなるし、頷いてあげたい。 だがお願いの内容があまりにも重要で、ココロネはすぐにうんとは返せなかった。

 名前というものは自分から捨てない限り、一生ついてまわる大切なものだ。 自分を表す単語となる。 そんな大切なことをココロネがするには重すぎる気がした。

 黙っているココロネに、溶け出しそうな太陽はだんだんとにじんでいっている。 そのうちこぼれだしそう。

 いつの間にかオリバーの笑いは止まっていて、こちらの会話に集中しているのが分かる。 オリバーの視線を感じる。 その視線が言おうとしていることは分かる。

 絶対に断るな、だ。

 ココロネは深いため息を吐きたくなった。 それでも我慢した。 ここで吐いたら、少年が私の負担になってしまったと責任を感じてしまうからだ。


「……わかったよ」


 それでも、仕方ないな、とため息を吐くようにココロネは言った。 この空気で断ることはさすがのココロネにも難しい。 それに最後のお願いとなってしまえば、どうしたって断ることは出来ないだろう。 これがココロネが少年に出来る最後のことなのだ。


「や、やった!」


 少年は声を上げて喜んだ。 また、ぴょんぴょんと跳ねている。


「やったな!」


 するとオリバーが大きな声で喜び、バーカウンターのテーブル越しに少年とハイタッチをした。 もちろん、バーのマスターもにこにこと嬉しそうにしている。

 さて、困ったものである。

 文字を知らないココロネが一体どうやって名前をつけるというのか。 喜ぶ三人をよそにココロネは頭を悩ませた。



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