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ココロネの心音  作者: 存此
26/44

4―5


 翌日になると、オリバーがココロネを呼んだ。 昨日の依頼の話しだろうと予想出来た。

 少年をバーのマスターに預け、ココロネはオリバーと共に奥の部屋に入る。

 オリバーはイスに座らず、立ったままココロネに言う。


「良い話と悪い話がある」


 真剣な顔をして言うものだから、何かやらかしただろうか、と考える。

 いや、やらかした。 昨日は観光客にあまり良い態度が取れなかった。

 これを依頼の失敗と考えるのかは分からない。 スリを止めるのは成功をしている。 昨日だけで五度。 依頼内容だけを考えると成功しているのだが、良くはなかった。 と、ココロネも感じている。 しかし、だからと言って悪いことをしたつもりはない。

 これで、オリバーに怒られたとしても、ココロネは行動を止めるつもりはない。 ココロネは頑固で、自分の意志を信じている。


「悪い話から言おう。 観光客が冒険者に冷たい態度をとられたとクレームが来たんだ。 ココロネ、覚えはあるか?」

「ある」


 ココロネは頷く。 そして訳を話した。 あの観光客はスリをされかけ、油断するのは危ないことだ、と伝えると怒ってしまったのだ。 ココロネの言い方が観光客を刺激してしまった。


「なるほどな……まあ、それは……」


 顎に手を当て、真剣に考え込む仕草をするオリバー。

 そして、顔を上げると、


「気にする必要ないな!」


 と、がはがは笑う。


「それはココロネに仕事を任せた俺の責任だ。 それに優しいくらいだ! せっかく指摘してやったんだからな」


 がはがは、がはがは!

 ココロネの肩に腕を回し、笑うオリバーは言葉を続ける。


「それで良い話はなあ! ココロネ、お前やるじゃないか! 暴力振るわれてる女を助けたんだって? 店主からお礼を言われたぞ!」


 その言葉にココロネは疑問を浮かべる。


「私は名乗っていない筈だが……」

「そんな武器を引っさげてるやつなんて、この街でココロネくらいしかいないだろ! 隣にはいつも美少年を連れ歩く危ない武器を持った女。 隠れた有名人だぞ!」

「……」


 うるさいくらいに、がはがは! と笑うオリバーに、自覚のなかったココロネ黙ってしまう。

 確かに、冒険者街であれば、危険人物そうな者には目をつける。 冒険者街は武器を携帯している者が多いし、珍しい武器を手にしている者がいれば気になるだろう。

 少年だって一見は人間だが、人間離れした美しさを持つ。 すれ違えば必ず注目してしまうだろう。

 考えれば当然のことなのだが、考えたこともなかった。 それに目立つことが嫌いなココロネにとって有名人という言葉は複雑すぎた。


「よくやったココロネ! 今日も頼むぞ!」


 るんるん、とご機嫌なオリバーに、微妙な気持ちのままなココロネは黙って頷く。

 部屋を出ると、気持ちを切り替えてバーカウンターの方に向かった。 テーブル越しに少年がいて、ココロネの存在に気がつくと嬉しそうに笑う。


「こ、こころ、ね、なに、か、た、たたべるる?」


 イスに座ると少年はそう言った。 まだ一日しか経っていないというのに、立派に仕事をこなしているように見える。 その姿を見てココロネは胸に感覚を感じた。 いわゆる寂しいという感情だが、ココロネは自覚が出来なかった。


「少年が作ってくれるのか?」

「ま、まますたーに、おしえ、て、ももらいながら、ね」

「……そうなのか」


 少年が手作りしてくれると思うと、ココロネの心は弾んだ。 せっかくなら簡単で作りやすいものがいい。 そうすれば、失敗して悲しむことはないだろうから。


「サンドイッチを」


 しばらく考え、導き出した答えで注文をすると、少年の顔は、むむと少し怒ったふうな顔をする。


「い、いいつ、も、それ、ばっか、り」


 そう言われてしまえば否定は出来ない。 昨夜食べたのだってサンドイッチであった。 手軽に食べられて簡単に作られるものと言えば、サンドイッチくらいしか思い浮かばなかったのだ。


「……じゃあ、お任せで」


 始めからそう言えばよかった、と後悔しながらも言葉にする。

 少年は嬉しそうに、こくんと頷きバーのマスターの方へと顔を向けた。 するとバーのマスターも微笑んで頷くと、二人は料理作業のため動き出す。

 その二人の行動は、一日しか経っていないのに手慣れた様子で仲が良さそうだった。

 喋ることのないバーのマスターとも問題なく意思疎通が出来ていそうである。

 ココロネの後ろに隠れていた頃が懐かしい。 ココロネは先に出されたコーヒーを口に含んだ。 無糖でほろ苦いコーヒーの味は昔のことを思い出すのに合っていた。 ついこの前のことがすっかり昔のように感じる。

 バーのマスターは料理の素材を出すと動作で見本を見せ、少年は真似ていく。

 それは最早、師弟関係のようにも見える。

 戦うことしか脳のないココロネにとっては羨ましいことであった。

 少年は真剣な表情で料理を作り進め、バーのマスターは隣りでそれを見守っている。

 ココロネはバーカウンター越しで、その様子を眺めた。

 しばらくすると、辺りには良い匂いが漂ってくる。 香ばしい匂いだ。


「でき、たよよ」


 そう言って少年はバーテーブルに出来上がったばかりの料理を置いた。

 器に入っているのは焼きご飯だった。

 不ぞろいに切られたソーセージとタマネギが入っている。

 少年が作ったというだけで、その食べ物は愛おしく何にも代え難い食べ物に見える。

 早く口にしてみたいけど、食べてしまうのも勿体ない気がした。 ずっと眺めていてもいいが、するとせっかくの温かい料理が冷めてしまう。

 少しの間、眺めて脳に記憶させた後、顔を上げる。


「食べてもいいか?」

「う、ん」


 少年は緊張した面持ちだった。 不安そうに頷いた少年を見るとココロネはスプーンを手に取った。

 ソーセージとタマネギも一緒に乗るようにして、焼きご飯をスプーンで(すく)う。

 そして、ゆっくりと口のなかに入れ味わうように咀嚼する。



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