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やがて太陽も沈み、辺りは暗くなる。
街には灯りがついて、昼間とは違う雰囲気を街は醸し出していた。
酔っ払いや水商売の客引き。 何かあやしいものを道端で売っている者。 少年がバーのマスターに面倒を見てもらってる今、ココロネは街が静まる時間帯まで仕事をすることを決めていた。 オリバーは特に時間を指定しなかったが、少しでも少年と離れている時間が長い方が良いとココロネは考えた。 その方が少年のためになる、と。
少年のことを考えてしまうと、自分が女々しくなってしまいそうで、何も考えず、仕事に集中したかった。
あらかさまに突っ立っているだけでは、スリも警戒をするだろうから、ココロネは露店で食べ物を買った後、道の脇にあるベンチに座った。
焼かれた肉が挟まれたサンドイッチを頬張りながら、気配を探っていると女性の大きめな声が聞こえた。 けれど、女性の声はすぐに酔っ払いや人間たちの雑踏の音に簡単に飲み込まれてしまう。
もしかしたらスリの可能性もある、と思いココロネは様子を見に行ってみる。
すると水商売をしている思われる女に男が暴力を振るっているところだった。
仕事仲間らしきもう一人の女が止めようとしているが、男は興奮しきっていて止まる様子はない。
水商売の女は顔も殴られたみたいで頬が張れ、鼻血も出ている。 街を歩く者は事態にちらりとは見るものの、手助けしようとするような人間はいない。
ココロネはため息をついて、歩き進めると水商売の女と暴力を振るう男の間に体を入れた。
男はココロネより身長が高く、ココロネは見上げる形になった。 つり上がった瞳をいつも以上に尖らせて、金色の瞳は男を睨む。
突如のココロネの登場に男は驚いたが、それで退ける勢いではなかった。 男の怒りの感情は止まらず、また拳を振り上げる。
その拳は、がつん、とココロネの頬に当たった。 ココロネにとって避けることは容易いはずだった。 男の全力であったが、ココロネはびくともしない。 目も瞑ることなく、じっと男を見ていた。
微動だにしない表情と瞳から感じる圧が怖くて、男の拳は頬に当たったまま動けなかった。 少し遅れて鼻から血が垂れる。
「暴力はよくないな」
瞬きすることなく、男を見つめたまま、ココロネはそう言った。
「な、なんだよ、お前。 お前には関係ないだろ」
男は言葉を吐き出すことで、少し気が紛れ、拳を退くことが出来た。
ココロネは袖で鼻血を拭うと言う。
「関係はある。 悲鳴が聞こえたし、そこの女が怪我しているのも知っている。 一方的な暴力は良くない。 それにお前、冒険者街の者じゃあないだろう」
「ッハ、なんでオレが冒険者街の出じゃないと? そんなのわからないだろう」
「冒険者街の者たちは、ここの女に一方的に殴ったりしない。 バカにするな」
すると建物の中から責任者らしき者と筋肉ががっしりとついた男二人が出てくる。 傍には先ほどの仕事仲間らしき女がいる。 その女が呼んできたのだろう。
暴力を振るった男は筋肉質な男たちの登場に一気に気を弱くさせた。
「去れ、男。 お前にここは早い」
ココロネがそう言うと、あれだけ強気だった男は颯爽と走ってその場を去って行く。
「いやあ、ありがとね。 私の大切なお嬢ちゃんたちを守ってくれて」
そう言ったのは筋肉質の男二人に挟まれた、責任者らしき者だった。
「いや、別に……」
事も終わったので、ココロネは去ろうと一歩足を進ませようとする。 しかし腕に誰かがしがみついてきた。 助けた女だった。
「あんた、すごいねえ! お礼するよ。 中に入ってかない?」
豊満な胸を腕に押し付けて、先ほどまでは殴られていたはずの女は、魅惑的な微笑みを浮かべココロネの耳元で言った。
「それより傷の手当てをするべきだ」
女のあまりもの気丈さに感心しつつ、ココロネは冷静に答える。
「だって、こんな格好良い人めったに出会えないもん! ほら、サービスするから」
それは女なりのお礼であった。 体を売ることで働く女にとって一番の礼の仕方だ。
「……私は女だが」
「知ってるよう! でも、そんなの関係ないのさ。 ダメかい?」
釣れないココロネの態度に女は顔をしょんぼりとさせる。 今まで経験のない事態に、ココロネは一体どうすればこの場を離れられるか考えた。
「……じゃあ……」
「いいのかい!」
「ありがとう、と言ってくれ。 それだけで十分だ」
すると、女はぽかんと口を開いた。 そして次には笑い出す。
「あははは! あんた、本当にかっこいいねえ。 好きになっちゃいそうだ!」
女は更に体をくっつけて、ココロネの頬に口づけをする。 柔らかい唇の感触にココロネは驚くと、女はすぐに離れた。
「ふふふ。 あんた、ありがとうね! また暇があったら寄ってくんな!」
可愛らしく逞しい笑顔で女は言う。
「ああ」
ココロネは女の感謝の言葉に微笑んだ。 そしてエイミーへと帰っていった。
エイミーの扉を開け、中に入る。 もう眠ってしまっただろう、とも思いつつも一応バーカウンターを見ると、イスに座り机に顔を俯せてる少年がいた。
もしかして、調子が悪いのかもしれない。
そう思い、急いで少年の元に寄る。
すると、すうすう、と寝息が聞こえる。
ただ眠っているだけの様子にココロネは安堵した。
なぜここで眠っているのかは分からない。 しかし、このまま眠ったままにする訳にもいかない。 ココロネは仕方なく体を揺らすと、少年は眠たそうにしながら顔を上げる。
ココロネがいることに気づくと、少年は驚き、そして言う。
「……あっ! こ、こころね、おお、おかえ、り!」
少年はふにゃりと嬉しそうに笑う。
「ああ、ただいま」
その笑顔につられ、ココロネも目を細めて笑うのだった。




