表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ココロネの心音  作者: 存此
24/44

4―3


「それで仕事の内容なんだが……冒険者街第一区に来る観光客に対するスリを止めて欲しい」

「スリ?」

「ああ。 しかもこれは、街のお偉いさんからの依頼でな。 街の入り口である一区の治安の改善をしてほしいんだそうだ」

「ふうん……それでも、なんで私に? 仕事は他にもあっただろうに」


 そんな責任のある仕事をオリバーが頼むのをココロネは疑問を抱いた。 普段は生活担当で、もうすぐエイミーを辞めてしまうココロネに頼む意味などあるのだろうか。


「お上からの依頼は大抵みんな嫌がるんだよ……責任が重いし、失敗したらエイミーの評判も落ちるしな。 でも、ココロネなら、今まで依頼は無事やり遂げているし、そんなこと気にしなさそうだ! だろ?」


 最後の一言は失礼な気がするが、その通りでもあった。

 確かに、お上からの依頼だとしても、どうでもよかった。 依頼は依頼として遂行するだけだ。 それに失敗したとして、もうすぐエイミーを辞め街を出るココロネにとって痛手はない。


「わかった」


 ココロネは短く了承した。

 オリバーは嬉しそうにがはがはと笑う。 イスから立ち上がると、いつものようにココロネの背中を痛いくらいに強く叩いた。


「がんばれよ!」


 いつも、こうやってオリバーは応援をしてくれる。 少しだけむず痒い。

 ココロネはオリバーの部屋を出ると、近づきはしないままバーカウンターの方を眺めた。

 そこではバーのマスターと少年が何やら作業をしている。 どうやらグラスの拭き方を教わっているようだ。 少年は真剣な顔つきをしてバーのマスターの動きを見て真似ている。 特に問題はなさそうだ。

 そのことに安堵した後、ココロネはバーカウンターの前を通ってエイミーの玄関へと向かう。

 少年はココロネが通ったことに気づき顔を上げる。 エイミーを出ようとしているココロネに、少年はやや緊張しながらも声を上げた。


「い、いって、らっしゃい!」


 ココロネは声に気づき、振り返って少年の方を見る。

 そして、ふっと微笑んで、言う。


「ああ、行ってきます」


 そうしてココロネはエイミーを出て行く。 いつも一緒にいた二人は、ばらばらになってしまった。


 ココロネはエイミーを出ると、そのまま大通りを歩いて行く。

 明るい時間というものもあって、それなりの量の人間たちが歩いている。

 一番賑やかな露店街へと来ると、ココロネは道脇に寄って立ち止まる。

 スリを捕まえるなど、今まで経験したことがなかったが、不可能ではないだろう。


 戦闘合成獣であるココロネは、人間よりも発達したよく見える瞳と鋭い反射神経がある。

 そうであるなら、あとはカモにされそうな人間を捜すだけだ。

 冒険者街第一区はこの街、プロスリカの玄関に存在している区というだけあって一般人も多く歩く場所だ。 それに加え、冒険者街の中では一番治安の良いとされる一区を観光客が観光地として出歩く者もいる。

 しかし、ここは冒険者街である。

 戦闘を仕事にする者が多く存在し、時には殺しをメインに働く者もいる。 武器を携帯しているのは当然のことであるし、ケンカとなれば殴り合い、時には刃物も出すだろう。

 治安がいいことに訪れる一般人や観光客は武器を持っていない者がほとんとだ。 それで生きていけるのは良いことであるが、冒険者街を歩くには危険と言える。


 今回の依頼は観光客を目的にしたスリを止めることだ。

 服装や雰囲気、顔つき、動作などを見れば判別がつくだろう。

 大通りを歩く人間たちを眺めながら、スリを狙われそうな者がいないか捜す。

 すると、すぐに見つかった。

 両手に大きな地図を広げて、きょろきょろと辺りを眺めながら歩く者がいた。

 肩にかけたリュックに触れられても、辺りを見ることに気が行ってしまって気づきはしないだろう。

 あまりにも分かりやすく、無防備な観光客に呆れてしまいそうだったが、こちらも仕事である。

 人波に揉まれながら、辺りを見回している観光客を遠くから眺めていると。


 ほら、さっそく現れた。

 人波の中に地図を開いた観光客の後ろにぴたりとくっついている。

 慣れた動作でリュックは開けられると、一瞬の動作で何かを手にし、去ろうとする。

 そこでココロネは、勢いよく走り出し、物を手にした人間の手を捕まえた。


「おい」


 ココロネは冷たく声をかけるとスリを行った犯人は分かりやすく舌打ちを鳴らした。


「それ、返してもらおうか」


 リュックを背負った観光客は背後の事態に気づき、振り向いた。 そして、犯人が持っている物……財布を見て大きな声を上げる。


「……あ……! それ、ぼくの財布じゃあないか! お前、盗ったんだな!」


 騒ぎ出す観光客に犯人は嫌になったのか、もう一度強く舌打ちを鳴らすと「わあったよ」と言ってココロネに財布を渡す。 すると犯人はすぐに去ってしまい、人波に飲まれあっという間に消えてしまう。

 それでも、わあわあと騒いでる観光客にココロネは財布を返す。

 観光客は財布の中身に変化はないかチェックをした後、ほっと安堵のため息をついた。


「あんたも良くない。 ここは冒険者街ということは忘れてはいけない。 そんな行動ばかりしていたら、すぐに財布なんて失ってしまう」


 ココロネは観光客のことを思い言うと、観光客は恥ずかしさで怒ってしまう。


「感謝しようと思ったのに……結局冒険者なんて、野蛮で失礼なやつなんだ! こんな所、すぐに出て行ってやる!」


 そう言って、手に持っていた大きな地図をぐしゃぐしゃにすると、地面に叩きつけて踏んづける。

 ぷんぷんと怒ったまま、その観光客は冒険者街を出る方向へと歩いて行ってしまう。

 ココロネは踏んづけられて可哀想な状態になった地図を拾い上げる。

 そこには丁寧に冒険者街一区の地図と店の絵が描かれている。 店で食べられる料理や名産品、ここでしか出来ない体験など魅力的に描かれた地図。 しかも、その地図には書き込みがされていて、丸がつけられていたり文字が書かれている。 あの観光客が書き込んだものだろう。

 けれど、観光をしないで怒って帰ってしまった観光客。 ココロネは複雑な思いだったが、悪いことをしたとも思っていない。

 ぐしゃぐしゃになってしまった地図をきれいに折りたたむとココロネはポケットに入れた。

 そして仕事を続けるため、ココロネは場所を少し移動した。 騒動があったここでは、すぐに誰かがスリをするとは考えにくいからだ。

  そしてまたスリを捕まえるために人波を眺めるのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=693770796&size=88
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ