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ココロネの心音  作者: 存此
23/44

4―2


 翌日、ココロネはオリバーと顔を合わせるのが多少気まずかった。

 今は特に依頼の話しもないし、昨日の話しも否定されてしまった。 なのでオリバーと話すような用事はない。 だからひっそりと安堵していた。

 いつものように少年を少し後ろに連れ、朝食を得るために部屋を出てバーカウンターへと向かう。


「ココロネ!」


 そこで、オリバーはいつものように大きく元気な声でココロネの名を呼んだ。 ココロネが気にしていることなど、全く想像してもいないようだ。


「なんだ?」


 ココロネは返事を返す。 もしかしたら今度は少年の前で説教をするのかもしれない。


「少年の仕事の件、考えてみたんだ。 バーのマスターに話してみたら、手伝いが欲しいそうでな、どうだ?」


 ココロネはオリバーの言葉に驚いた。 予想外にもオリバーが話しを進めているからだ。 しかも、話しは悪いものじゃなさそうだ。


「……いいのか?」


 オリバーの考えていることがわからず、ココロネはつい(いぶか)しげに尋ねる。


「いや、オレは反対だぞ。 ……でもな、ココロネの決意には反対しない。 わかるか? わかりにくいよな……そうだなあ…… 意見には反対でも、結局俺はココロネのことが好きだ。 だから、ココロネの手伝いがしたい、そう思うんだ」


 そう言って、いつものように、がはがはと大きな声で笑う。

 ココロネはオリバーの言ってる意味がイマイチよくわからなかった。 けれど、オリバーが、納得出来ずとも手助けをしようとしてくれてるのは分かる。

 だから、ココロネは内心驚いた。

 こんな人がいるんだな、と。

 反対のくせに助けようとしてくれる。 意味が分からない。 理解ができない。

 しかし、それがオリバーであるのだ。


「こ、こころね?」


 しばらく黙っていたココロネに少年は心配そうに声をかけてきた。


「なんでもないよ」


 心配させないよう、笑みを浮かべて頭をそっと撫でてやる。


「オリバー」


 少年から顔を上げるとココロネはオリバーの名前を呼んだ。 その表情は相変わらず無表情で何を思っているのか読みにくい。

 オリバーと目が合うとココロネは言う。


「ありがとう」


 いつもより(いささ)か穏やかさを帯びた声だった。


「おうともよ!」


 ココロネの感謝にオリバーは心底嬉しそうに顔をくしゃりとさせて笑い、返事を返した。

 さっそくココロネと少年はオリバーと共にバーのマスターの元へと行くことにする。

 しかし、よく考えてみたらバーのマスターが喋るところは見たことがない。 そんな者に対して一体オリバーはどう話したというのか。

 バーのマスターはいつも皺一つのないスーツを身に纏い、バーカウンターの奥に静かに(たたず)んでいる。

 いつも出してくれるコーヒーや料理はそれなりにおいしい。 ココロネはいつも「簡単に食べられるものを」としかお願いしないが、時々その意を反ってサラダやスープを付け足したりする。 そのことから、この男はココロネの体に気を遣っていることもわかる。


「よう、マスター! 少年、連れてきたぞ」


 オリバーがバーのマスターに言うとバーのマスターはにこりと微笑む。 手に持っていたガラスのグラスを置く。


「少年! さっそくだが、今日からマスターの手伝いに入ってみないか? ダメそうだったら、すぐに言ってくれて良い」


 それはいきなりの申し出だった。 さすがのココロネも予想しておらず驚いたが、ココロネと少年が距離を取るためにはこの上ない話しだ。


「えっ……」


 さすがの少年もたじろいで、ココロネを見上げた。 少年はココロネに選択して欲しいのだ。


「自分で決めるんだよ」


 しかしココロネは期待に沿ってはくれなかった。 どこか冷たく感じる物言いに少年は悲しくも思いながら、考える。

 不安だった。

 ココロネに拾われてから、少年の傍にはずっとココロネがいた。

 けれど、バーのマスターの手伝いに入れば当然ココロネはいなくなるだろう。 信頼できる人が傍にいないことは不安を覚える。

 けれど、せっかくココロネが少年のために捜してくれた仕事だった。 断ることは出来ない。


 それに、分かっている。

 これはココロネとぼくが別れるための用意だ。


 少年は不安ながらも頷いた。 ココロネのためにいい加減、覚悟を決めなければいけなかった。

 その頷きに少年以外の三人は微笑む。 思っていることはそれぞれ違うが、少年の決意に嬉しく思ったのだ。


「さあ、がんばれよ、少年!」


 オリバーは大きな声でがはがはと笑い、少年の背中をばしりっと音がするほど強く叩く。 そのせいで少年の体は揺れ、前に一歩出る。 その力強い期待に応えられるかは分からない。 けれど、がんばってみよう、と少年は思った。

 少年をバーのマスターに預け、ココロネは一人になった。 するとオリバーがココロネの名前を呼んだ。


「ココロネ、ちょっとこっちに来てくれないか?」


 そう言われて案内されたのは、今まで入ったことのない中央奥にある扉先の部屋だった。

 部屋の中はそれなりに荒れていて、床にはオリバーの服がしわくちゃになって何着も転がっていた。 大事な筈の書類も落ちている。

 真ん中に大きく木製のテーブルが置かれているが、その上にはたくさんの書類が散らかっている。 執筆道具も転がっていて、ここでオリバーが仕事をしていることが分かる。


「ここに入るのは初めてだ」


 ココロネは素直に言うとオリバーは高級そうな革張りの一人掛けソファにかけて言った。


「ここは基本、事務仕事と周りに知られたくない話しをする時に使う」

「……と、いうことは?」

「少年に聞かれたくないかと思ってな、ここに移動した訳だが……」


 そう言ってオリバーは机上に散らばってる書類の内、一枚をぺらりと摘まむ。

 そして分かりやすいよう机上の真ん中に置いた。


「殺しの仕事か?」


 書類を置かれても読むことができないココロネは単刀直入にオリバーに聞いた。


「いいや、少年がいるうちは殺しはさせない。 ただ、最近人不足でな……対人の仕事もしてもらおうと思ってる」

「対人?」

「まあ、言ってみれば生活とも似ているな。 生活と対人での違いは戦闘が起こるかもしれないということだ」

「なるほど」


 エイミーに来たばかりの時に希望していた戦闘を主とした仕事と似ていた。

 戦闘用合成獣であるココロネにとって戦闘が行われるかもしれない仕事はもってこいだ。 しかし、少年が知れば心配をするだろう。 オリバーがわざわざ、この部屋に連れてきた意味もわかった。



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