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ココロネの心音  作者: 存此
2/44

1―1


 女はマントを破ったことで尻尾が見えていることに気づく。 マントを脱いで腰にカーテンのように縛ることで、どうにか隠してみせた。

 そうして女は死にかけの少年に応急手当を(ほどこ)し背中に背負う。

 女は夜通し歩く。

 人より体力に自信がある女でも、さすがに疲れを感じるはず。 それでも表情一つ変えてみせないで、歩く。


 歩いて、歩いて。


 背中にある命を絶対に落とさないよう、腕に力を入れてしっかりと地面を踏んだ。



 そうして辿り着いた都市プロスリカ。

 国で一、二を争う大都市である。

 この都市の特徴は何にしても冒険者街があることだ。 円の形で一番外側に作られたそれは防守の意味をしている。 数多くの冒険者が住むこの都市は、女にとっては好都合であった。


 女は都市の中に入っても、初めて訪れた街の景色に圧倒されることもなく辺りをきょろりと見回した。

 そうして分かるのは、今いる場所はもう冒険者街であるということ。

 それはそうだ。 一番外側に冒険者街は連なっているから、この都市プロスリカに一歩入れば、そこはもう冒険者街なのだ。


 一般人と冒険者の違いは見れば直ぐわかる。

 まず服装が違う。 冒険者は鎧なり肌を露出していたり、冒険者なりの意志を持った身なりをしている。

 そして一番重要なのは武器を携帯していることだ。

 冒険者と言えば、戦闘である。 もちろん、冒険者でも戦わない生き方を選ぶ事は出来る。

 それでも血気盛んな冒険者たちはすぐに勝敗で物事を決めようとするし、仕事だって血生臭いものの方が多い。


 そんな冒険者街、早朝のくせして人はそれなりに歩いている。

 早朝だからこそだろうか、道には露店が開き人々が客を招いている。

 普通であったら、店を一つや二つ観光気分で見ていきたいところだが、女は違った。


 だって、女には時間がない。


 この背中にある命の冷たさがどんどん死へと近づいていっている。 体に感じる少年の体重は彼の命を重たさを感じさせた。 この命を失いたくはない。

 女は今まで自身の傷を専門の者に見せたことがなかった。 自分の立場のせいもあるし性格のせいでもある。

 けれど、どう見ても、少年の傷は女には手を負えない。 救うのであれば、人の助けが必要だった。


 女は道を早歩きで進み、連なっている店たちを見ていく。

 しかし、女には学がない。 なので字が読めない。

 看板を見つけたとして、何て書いてあるかは読むことが出来ない。

 自分で目的の場所を見つけるのは直ぐに諦め、女は目の前を通る人間に声をかける。


「すまない、傷を診てもらえる場所を知らないか」


 その声には焦りが見えた。 その機微(きび)は女をよく知る者でしか気づくことは出来ない。

 女の声を聞いたのは男だった。 軽装備な鎧を纏い背には大きめな剣を背負っている。


「ん? そうだなあ、診療所なら……」


 そこで男の言葉は止まってしまった。 その目は女の顔を見ていない。 肩にかかっている銃を見ていた。

 数秒だけ、沈黙が落ちる。

 しかし、その数秒も待てないかのように女は言う。


「急いでいるんだ」


 その声に、男は再び女の顔を見た。 男の表情は少し(こわ)ばっている。


「あ、ああ……診療所な。 あそこは、どうかな。 この通りの三軒先にある右手にある茶色い建物だ」

「わかった。 感謝する」


 目的のことが聞けたら、すぐに女は男の元を去る。

 そして早歩き、いや、もうほぼ駆けている状態で先を走った。 三軒先という近さもあってすぐにたどり着けた。 女は躊躇(ちゅうちょ)なく、扉を開け中へと入った。

 中に入ると、横に机があった。 白く清潔な装いをした女性が座っている。 女はすぐに女性に声をかける。


「すまない、傷を見て欲しいんだが」


 女性は女を見上げ、背負われている少年を見た。 女性はすぐに状況を察知した。


「緊急として先生にすぐ診てもらいましょう」


 女性は真剣な顔つきとなり、早急に奥の部屋へと進もうとする。

 それなのに、女は止めた。


「待ってくれ。 まだ言ってないことがある」

「なんでしょう?」


 女性は機敏(きびん)に振り向く。 時間がないというのに、女は言いよどむ。 言えば、よくない結果を受けるかもしれない。 けれど、伝えなくてはならない。


「……その少年は、愛玩用合成獣なんだ」


 その生き物は、その名の通り愛玩するために造られた生物。 人間ではない。

 その言葉に受付の女性の眼は見開いた。 しかし拒絶の色はない。


「――先生に確認してきます」


 そう言って医者の元へと駆けていった。

 女性は戻ってくると、申し訳なさそうな表情で言う。


「すいません、ここは人間しか受け付けていないと、先生は仰るので……」


 断られてしまったが、丁寧な態度で接してくれた女性に対し女は怒りもショックもなかった。

 それどころか、合成獣(ごうせいじゅう)という名前を出して、ここまで丁寧に接してくれる人間は珍しい。


「わかった。 他に診療所はあるか?」

「彼を診て貰えるかはわかりませんが、あそこに――」


 それに、この女は慣れていた。

 合成獣という生き物が人間として扱われないこと。

 人間にとって(さげす)む対象になっていること。

 それに、合成獣の体は人間とは違うところがある。 診てもらえない理由だって、色々あるのだろう。

 それでも、女は諦めない。 受付の女性に他の診療所を紹介してもらうと、すぐさま向かった。


 それを四度繰り返す。

 女は諦めなかった。

 自分が行動することで救える命なら。

 君を生かすと決めたのだから、決意したのだから。

 少年の体が生きようとしている限り、諦めない。


 けれど七回目に訪れた診療所は次に行くべき場所を教えてはくれなかった。

 合成獣を診てくれる場所はないだろう。 諦めた方が良い、と。

 女は歯を食いしばる。 そんなに簡単に諦められるのなら、こんなにも必死にはなっていない。

 やりようのない感情にいっぱいになりながら、行き先を探してとにかく突き進む。

 探して歩く内に、ある者とぶつかってしまった。

 その者はすらりとした長身で全身黒ずくめの男。 黒いマントに身を包み、一人重く近寄りがたい雰囲気を(かも)し出していた。


「すまない」


 咄嗟(とっさ)に女は謝る。 顔を上げると気づくのは、 頭に被っている帽子。 先が尖っていて途中折れている特徴的なものを被っている。 帽子の隙間からは艶のある黒髪と黒曜石(こくようせき)のような美しい瞳。 顔の下半分は黒い布を巻いていて表情が全く分からない。 無言の圧が存在し、普通の者ならばすぐに遠ざかるだろう。


 けれど、女は恐れなかった。 もしも、この黒い男に攻撃をされたとしてもすぐに反撃できる自信があった。 傷を負うことは怖くはない。 敵意も感じてとれない。 ただ、近寄りがたいほどに重く孤独な空気を(まと)っているだけで。 なので女にとって、この黒い男はただの人間にすぎなかった。

 だから、ついでだとダメ元に聞いて見ることにした。


「尋ねたいことがある。傷を診てもらえる場所を知らないだろうか」


 沈黙。

 女は返事を待つが、黒い男の口は一向に開かない。

 仕方ないので他を当たろうと、体を背けようとした瞬間、黒い男は答えた。


「…………しばらく行った先に四角くて煙突のある白い建物がある。 花の咲いた花壇が目印だ」


  見た目の通り、孤独を表すような、静かで眠ってしまいそうな声だった。


「ありがとう」


 女は感謝の言葉を告げると、即座に目的の場所へと走り出す。

 男は会話を終えた後も、しばらく立ったまま女の背中を見ていた。 少年のために走るは知るはずもない。



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