3.5―3
「明日、見せたいものがある。 ただ、朝は早いし無理をさせることになる。 ……着いてきてくれるかな?」
ココロネの誘いをぼくが断るわけがない。
「うん、だ、だいじょうぶ」
「眠れるまでは何か話しをしようか。 少年は何か話したいことはあるかい?」
ココロネの質問にぼくはすぐに返事が思いついた。 それはずっと思ってることだった。
「こ、こころね、のこと」
この人のことを知りたい。
その思いは募っていくばかりだった。
ココロネは、ぼくが何かを尋ねても怒らないことを知っている。
だから、尋ねることが出来る。
「私のこと?」
ココロネは意外そうな顔をした。
「う、ん。 ここ、ろね、のこと、しりたたい、んだだ」
だれかのことを知りたいなんていう想いは初めてだ。
言葉を吐くとき、緊張で心臓がどきどきと鳴った。
怖くて鳴る心臓とはまた違う。 そこには期待が混じっている。
「……そうか。 うん、まあ、いいよ。 おもしろくもなんともないけれど」
少し間をあけて、ココロネは答えた。
もし教えてくれなくても、別によかった。
少しは悲しいけれど、耐えられないことじゃない。
だけど、ココロネの返事は思ったよりぼくを嬉しくさせた。
「やっ、た」
自然と頬が上がるのを感じた。
この人は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。 それを聞けるのかと思うと、心臓がどきどきと高鳴った。 この人は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。
人に対して、そう思うのは初めてのことだった。
こんな夜は、まるでココロネとぼくだけが世界にいるみたいで。
今はぼくだけのココロネだ。
「私はさ、旅人なんだよ。 今はここにいるけれど、いつもは――」
ココロネは語り始める。
その声が好きだ。 その寂しげな声が。
どんな話しでも受け入れたい。 ココロネのことなら。
そう思って、ココロネの話しに聞き入った。
「起きるんだ、少年」
ココロネがぼくを眠りから起こす。
ほんの少ししか眠れなかったから眠気が強い。
袖で瞼を擦り、ぼくを見てるココロネに挨拶をする。
「お、おおはよう、こころ、ね」
「ああ、おはよう。 すまないね、あまり眠れてないというのに」
まだ朝の早い時間だった。 太陽すらも顔を見せず外は暗い。
ココロネの言葉にぼくは首を振った。 眠たいのは確かだけれど、ココロネが一体何を見せようとしているのか楽しみだった。
部屋を出て階段を降りる。
一階のロビーには、誰もいないかと思ったけれど、そうではなかった。
テーブル席のソファでギルドマスターのオリバーが横になって眠っている。 腹が出して大きないびき声がロビー中に広がっていた。
右手にあるバーでは、バーのマスターが既に立っていた。
そしてイスには全身を黒く纏った長身の男の人が存在している。 初めて見る人だったが、その人は人を寄りつかせない重たい雰囲気を持っている。
「お、おおきてるひと、も、いいるんだね」
ココロネに話しかけると「そうみたいだ」と頷く。
「オリバー、腹を出したまま眠っている。 あれでは風邪をひくだろうね」
とココロネは言うが、オリバーを起こそうとも、ブランケットを被せようともしない。 それがココロネらしかった。
バーで簡単に朝食を食べる。 一番隅に座る全身真っ黒の男の存在が気になったが、ココロネは気にしていないようだった。
「み、みみせたいものってて?」
バーのマスターが入れてくれたホットミルクを飲みながらぼくは言う。
「見てからのお楽しみ」
ココロネは短くそう答えた。
ココロネとぼくはエイミーを出ると、ココロネが先導して歩いた。
まだ陽も出ていないような早朝は、大通りを通っても全然人がいなかった。
いつもより道が広く感じて変な感じだ。 いつもは賑わっている露店も閉じていて、少し寂しく感じた。 けれど、同時にそんな時間に街を歩いているという特別感も感じる。
しばらく歩いた後、大通りを抜け脇道を歩く。 脇道に入ると暗さと冷たさが増した。
脇道では建物の壁を背中に預けて眠っている人や、地面に倒れ込んでいる人もいる。
ついつい見てしまいそうになるが、ココロネは慣れているのか一瞥もしないですたすたと進んでいく。
何回か曲がり、細い道を進んでいくと狭い石階段が現れた。
見上げると首が痛くなるほどに長い。 角度も急で登るとしたらとても大変そうだ。
「ここを登った先に目的のものはあるよ」
と、ココロネは言う。
「の、ののぼれる、かな」
けれど、ぼくは自信がなかった。
体力のないぼくでは半分くらいで力尽きてしまうだろう。
一番上まで登り切れる気がしない。
登り切れなかったらココロネはぼくのことを残念に思うだろうし、がっかりしてしまうかもしれない。
「いい運動にもなるから登ろう」
「で、でででも……」
ぼくは体力がない。
愛玩用合成獣だということもあり、普通の人よりも力がない。
「大丈夫。 登れるよ。 登ろうとするなら、ね」
ぼくの心を読んだかのようにココロネは言う。
「愛玩用合成獣だからって理由で君はずっと弱いままでいるのかい?」
ココロネの言葉にぼくは目を丸くした。
いきなりの言葉だった。 でもその言葉は核心を突いていた。
愛玩合成獣と戦闘用合成獣は違う。
戦闘用合成獣は体が丈夫だし体力もある。 身体能力も高い。
そんな違いのある人に言われたというのに、ぼくは不思議と苛つかなかった。
それどころか、納得した。
……言われてみれば、そうだ。
ぼくは体を鍛えようとも強くなろうとも思ったことがない。
――愛玩用合成獣だから、弱いことは仕方ない。
それを理由にしながらずっと生きてきた。
愛玩用合成獣でも、鍛えることも、強くなることも、不可能じゃないというのに。
ココロネのようになるのは難しいかもしれない。
けれど、少しでも近づけるというなら。
「……わ、わわかった。 がんばる」
覚悟を決めて、じっと階段を睨みつけた。
ココロネは頷き、ぼくより先に階段を登っていく。
ぼくも階段を登り、進んでいく。
一段一段、足を持ち上げて進む。
ココロネはぼくのスピードに合わせてゆっくり登ってくれた。 置いていくことはしない。
振り向いて、ちゃんとぼくのことを見てくれていた。




