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ココロネの心音  作者: 存此
3.5
19/44

3.5―3


「明日、見せたいものがある。 ただ、朝は早いし無理をさせることになる。 ……着いてきてくれるかな?」


 ココロネの誘いをぼくが断るわけがない。


「うん、だ、だいじょうぶ」

「眠れるまでは何か話しをしようか。 少年は何か話したいことはあるかい?」


 ココロネの質問にぼくはすぐに返事が思いついた。 それはずっと思ってることだった。


「こ、こころね、のこと」


 この人のことを知りたい。

 その思いは募っていくばかりだった。

 ココロネは、ぼくが何かを尋ねても怒らないことを知っている。

 だから、尋ねることが出来る。


「私のこと?」


 ココロネは意外そうな顔をした。


「う、ん。 ここ、ろね、のこと、しりたたい、んだだ」


 だれかのことを知りたいなんていう想いは初めてだ。

 言葉を吐くとき、緊張で心臓がどきどきと鳴った。

 怖くて鳴る心臓とはまた違う。 そこには期待が混じっている。


「……そうか。 うん、まあ、いいよ。 おもしろくもなんともないけれど」


 少し間をあけて、ココロネは答えた。

 もし教えてくれなくても、別によかった。

 少しは悲しいけれど、耐えられないことじゃない。

 だけど、ココロネの返事は思ったよりぼくを嬉しくさせた。


「やっ、た」


 自然と頬が上がるのを感じた。

 この人は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。 それを聞けるのかと思うと、心臓がどきどきと高鳴った。 この人は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。

 人に対して、そう思うのは初めてのことだった。

 こんな夜は、まるでココロネとぼくだけが世界にいるみたいで。

 今はぼくだけのココロネだ。


「私はさ、旅人なんだよ。 今はここにいるけれど、いつもは――」  

 

 ココロネは語り始める。

 その声が好きだ。 その寂しげな声が。

 どんな話しでも受け入れたい。 ココロネのことなら。

 そう思って、ココロネの話しに聞き入った。




「起きるんだ、少年」


 ココロネがぼくを眠りから起こす。

 ほんの少ししか眠れなかったから眠気が強い。

 袖で瞼を擦り、ぼくを見てるココロネに挨拶をする。


「お、おおはよう、こころ、ね」

「ああ、おはよう。 すまないね、あまり眠れてないというのに」


 まだ朝の早い時間だった。 太陽すらも顔を見せず外は暗い。

 ココロネの言葉にぼくは首を振った。 眠たいのは確かだけれど、ココロネが一体何を見せようとしているのか楽しみだった。


 部屋を出て階段を降りる。

 一階のロビーには、誰もいないかと思ったけれど、そうではなかった。

 テーブル席のソファでギルドマスターのオリバーが横になって眠っている。 腹が出して大きないびき声がロビー中に広がっていた。

 右手にあるバーでは、バーのマスターが既に立っていた。

 そしてイスには全身を黒く纏った長身の男の人が存在している。 初めて見る人だったが、その人は人を寄りつかせない重たい雰囲気を持っている。


「お、おおきてるひと、も、いいるんだね」


 ココロネに話しかけると「そうみたいだ」と頷く。


「オリバー、腹を出したまま眠っている。 あれでは風邪をひくだろうね」


 とココロネは言うが、オリバーを起こそうとも、ブランケットを被せようともしない。 それがココロネらしかった。

 バーで簡単に朝食を食べる。 一番隅に座る全身真っ黒の男の存在が気になったが、ココロネは気にしていないようだった。


「み、みみせたいものってて?」


 バーのマスターが入れてくれたホットミルクを飲みながらぼくは言う。


「見てからのお楽しみ」


 ココロネは短くそう答えた。

 ココロネとぼくはエイミーを出ると、ココロネが先導して歩いた。

 まだ陽も出ていないような早朝は、大通りを通っても全然人がいなかった。

 いつもより道が広く感じて変な感じだ。 いつもは賑わっている露店も閉じていて、少し寂しく感じた。 けれど、同時にそんな時間に街を歩いているという特別感も感じる。


 しばらく歩いた後、大通りを抜け脇道を歩く。 脇道に入ると暗さと冷たさが増した。

 脇道では建物の壁を背中に預けて眠っている人や、地面に倒れ込んでいる人もいる。

 ついつい見てしまいそうになるが、ココロネは慣れているのか一瞥(いちべつ)もしないですたすたと進んでいく。

 何回か曲がり、細い道を進んでいくと狭い石階段が現れた。

 見上げると首が痛くなるほどに長い。 角度も急で登るとしたらとても大変そうだ。


「ここを登った先に目的のものはあるよ」


 と、ココロネは言う。


「の、ののぼれる、かな」


 けれど、ぼくは自信がなかった。

 体力のないぼくでは半分くらいで力尽きてしまうだろう。

 一番上まで登り切れる気がしない。

 登り切れなかったらココロネはぼくのことを残念に思うだろうし、がっかりしてしまうかもしれない。


「いい運動にもなるから登ろう」

「で、でででも……」


 ぼくは体力がない。

 愛玩用合成獣だということもあり、普通の人よりも力がない。


「大丈夫。 登れるよ。 登ろうとするなら、ね」

 ぼくの心を読んだかのようにココロネは言う。


「愛玩用合成獣だからって理由で君はずっと弱いままでいるのかい?」


 ココロネの言葉にぼくは目を丸くした。

 いきなりの言葉だった。 でもその言葉は核心を突いていた。

 愛玩合成獣と戦闘用合成獣は違う。

 戦闘用合成獣は体が丈夫だし体力もある。 身体能力も高い。

 そんな違いのある人に言われたというのに、ぼくは不思議と苛つかなかった。

 それどころか、納得した。

 ……言われてみれば、そうだ。

 ぼくは体を鍛えようとも強くなろうとも思ったことがない。


 ――愛玩用合成獣だから、弱いことは仕方ない。


 それを理由にしながらずっと生きてきた。

 愛玩用合成獣でも、鍛えることも、強くなることも、不可能じゃないというのに。

 ココロネのようになるのは難しいかもしれない。

 けれど、少しでも近づけるというなら。


「……わ、わわかった。 がんばる」


 覚悟を決めて、じっと階段を睨みつけた。

 ココロネは頷き、ぼくより先に階段を登っていく。

 ぼくも階段を登り、進んでいく。

 一段一段、足を持ち上げて進む。

 ココロネはぼくのスピードに合わせてゆっくり登ってくれた。 置いていくことはしない。

 振り向いて、ちゃんとぼくのことを見てくれていた。



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