3.5―2
うるさいよ。
おまえが何を知ってるというんだ。
どれだけ必死に生きようとしても、おまえらが、おまえらが、
きらい。 きらいだ。
おまえも。
誰も助けてくれない、このぼくも。
感情が高ぶって涙が浮かんでくる。
「おい、あまり傷をつけるな。 商品なんだぞ」
「こんなの商品にもなんねえよ。 売ってもどうせすぐ返される。 そんなら、翼だけでも切って売った方がお得じゃねえか?」
「そんなことない、物好きも……おい!」
男が頭横に差したままだった刃物を抜くと、背中に刃先が移動した。
その瞬間、背筋に悪寒が走る。
――愛玩用合成獣は美しくなければ生きられない。
その言葉が頭をよぎった刹那。
ぼくは抵抗した。
人間よりも力が弱いと知っているくせに、頭をめがけて思いっきり殴った。
次に腕に噛みついてやった。 食べ物を噛むよりも強く、全力で。
死にたいと思ってるはずなのに、これじゃあ、
「この野郎!」
その声と同時に腹に感触があった。
嫌な予感をして、自分の腹を見てみると、刃物が深々と突き刺さっていた。
傷口からはじわじわと血が溢れ始めている。
強烈な痛みと熱さ。
今まで散々暴力を受けてきたけど、刃物で刺されたのは初めてだった。
そして察知する。
――これは、死だ。
ぼくは、死ぬんだ。
この傷じゃあ、助からない。
そう思うと、ほっとした。
ああ、ぼく、やっと終われるんだ。
やっと、この人生を終わらせることが出来る。
それは、うれしいというよりも安堵だった。
だけど、何故だろう。
なぜ、
「お前なにやってんだ!」
泣けてしまうんだろう。
だれか、
だれかたすけて。
そんな人いないってわかってるのに。
助けを求めずにはいられないんだ。
ばかなぼく。
腹が、熱かった。
体を誰かに揺すられている。
こんなにやさしく体を揺する人は、ぼくにとって一人しかいない。
意識が浮上する。
ああ、過去の夢を見ていたんだ。
瞼を開くと涙がぽろぽろと零れた。 泣いているようだった。
ココロネと出会ってから、ぼくは随分と弱くなったように思える。
暴言を吐かれることも、傷つけられることもない。
それは、やさしい環境すぎて、ぼくには怖い。
いつか夢から覚めてしまいそうな現実で。
以前のぼくならば、過去を思い出し泣く暇すらもなかったというのに。
「うなされていたよ」
静かな声でココロネは言う。
ココロネの表情は動きが少なく、端から見れば冷たい人に思えるだろう。
けれど、それだけじゃない。
ココロネの雰囲気や声音、表情はどこか寂しさを感じさせる。
それなのに、やさしい。
まるで月の出る深い夜のような人だ。
その冷たさは、人によっては心地よい。 月は一人ぼんやりと光り夜を照らしている。
ぼくは夜が好きだ。
真夜中のほうが好き。
真夜中になると皆が寝静まり、一人だけになれるから。
まるで世界にひとりだけになった気になれる。
夜空を見上げると月や星が浮かんでいて煌めいているから。
一人で眺めていられる時だけは寂しさを忘れる。
誰にも傷つけられない、そんな一人の夜が好きだった。
このまま夜に溶けて自分がいなくなってしまえばいいのに。
けれど、最近のぼくはどうか。
夜はぐっすりと寝ているじゃないか。
夢にうなされるとココロネが起こしてくれて、水をくれる。
想いをココロネに吐き出すと、すっきりして不安がなくなる。
そしてまた眠りへと入る。
だけど、今夜は少し違う。




