3.5―1
ベッドがきらいだ。
鉄の冷たい檻の中もいやだけれど、ベッドよりはマシだった。
言葉もきらいだ。 ぼくにやさしくしてくれることはないから。
暴力もいたいからきらい。 治るのに時間がかかるし、傷つけたのは向こうなのに、ぼくに文句を言うんだ。
きれいだと言われるとほっとする。 そうじゃないと生きられないから。
でもうれしくは思えなかった。
きれいであるように作られているんだから、きれいなのは当たり前だった。
きれいだと言われてもぼくをほめているわけではない。
ただきれいなものをきれいだと言っているだけだ。
すべてがいやだ。 すべてがきらい。
死にたかった。
けれど、周りはそうはさせない。 ぼくが死のうとすると殴られた。
犯されたあとに逃げようとしたけど、それもうまくいかなかった。
死ぬことも許されない。
「こいつは生きてるだけで価値がある」
そう思うのは周りだけだ。
ぼく自身は生きていることに価値はない。
「愛玩用合成獣は美しくなければ生きられない」
「綺麗でよかったな、お前。 そうじゃなきゃ、とっくに死んでただろうよ」
それは何度も聞いた言葉。 あまりにも言われるものだから、覚えてしまった。
ぼくは色んな主の元を転々とした。
飽きられ見放され捨てられて、今は見世物小屋にいる。
鉄の檻の中に入れられ、たくさんの人間に見られた。
「きれい」
「うつくしい」
いくつもの目がぼくを見る。 じっとぼくを見る瞳は気持ち悪かった。
けれど最終的には慣れてしまって、どうでもよくなった。
見世物小屋が次の拠点へ行くため荷馬車で移動した時、それは起こる。
荷馬車は急にどすんっと音を立て倒れ、檻も一緒に倒れた。
外では何か揉めているような声が聞こえる。
不安に思ったけれど、檻からは逃げられない。鍵がかけられているからだ。
荷車にいる他の動物たちも檻の中に入れられているものだから、外に飛び出すことはできなかった。
しばらくすると、しん、と静かになった。
その静けさは不安を大きくさせる。
すると荷車の方へと人間が入ってきた。
見世物小屋の主かと思い顔を向けると、知らない顔だった。
穏やかではない表情をしている。 いやな予感がした。
人間は二人いて、荷車の中を物色し始めた。
檻の中にいる物珍しい動物を見ては、檻の隙間から動物の肉体に刃物で傷つけた。
その刃物で傷つけられると、どんな凶暴な動物でも瞬く間に意識を失ってしまう。 何か刃物に塗ってあるようだった。
そんな光景をぼくは震えて見ていた。 どうしたらいいか分からない。 下手したら殺されてしまうのだろうか。 それとも、主が変わるのだろうか。
すると一人の人間がこちらを見た。
ぼくの姿を見てにやりと笑うと、もう一人の人間に声をかけた。
「おい、イイのがいるぜ」
「はー……、コイツが噂のあいがんなんとかっていう……」
「愛玩用合成獣な。 なんでも国が金を得るために作った生き物なんだとよ」
二人の人間は近づいてきて、檻の目の前まで来た。
じろじろと品定めするように見ている。
「きれいだなあ、人間じゃないみてえ」
「だから合成獣だって。 人間じゃねえよ」
一人の人間が、主しか持っていないはずの鍵を開ける。 ぼくは出来るだけ檻の隅っこの方に寄った。
この人間たちが、ぼくにとって良いことをしてくれるようにはとても思えない。
一人の人間は檻の中に体を入れると、ぼくの腕を掴んだ。
「こいつ、キレイだけど死んだ目してやがる。 つまんねえ」
「そうかァ? 俺は少なくとも遊びたいね。 こういうのはぐちゃぐちゃにしてこそ、楽しいだろ」
こういう時、何て言葉を叫べばいいか知っている。
だけど、その言葉を叫んだところで、つらさが増すだけだ。
だれか、たすけて。
人間が強い力でぼくを檻から引きずり出す。
刃物を持っている手が見える。 他の動物たちを眠らせたものだ。
にげたい、と考える。
無理だよ、とぼくの心が答えた。
「待て、遊ばせろよ」
刃物を持った人間をもう一人の人間が制止をかけた。
その男はぼくの服を脱がせようとした。
服の中に入れた手が肌を触れてきもちわるい。
この展開はどうなるか分かってる。 ぼくが一番きらう行為だ。
こういう時はどうすればいいか知っている。
心を殺してしまえば良いのだ。
そうすればどんなに嫌なことでも、無感情でいられる。
心よ死んでしまえ。
どんなことにも何も感じない物のように。
感触も温かさも感情も、すべて感じないふりをして、心を押さえ込むのだ。
服の中にまさぐられる手。
ぼうと僕は天井を見ていた。
はやく終わればいいと思った。
ばちんっ!
するといきなり頬を勢いよく叩かれた。
突然の痛みに驚くと、人間は嬉しそうに笑う。 その笑みは醜い。
「そうそう。 反応がねえとつまらねえからよお ……わかるな?」
そう言うと刃物を取り出して、ぼくの顔横の床に突き刺した。
それでも、ぼくは耐えようとした。
心を殺したままであろうと思った。
体の痛みなんて、心がつらくなるよりはましだった。
死なない限り体は時間が経てば治る。
人間は行為を続けて、反応がないことに不機嫌になり今度はグーでぼくの頬をなぐる。
「わかってねえなあ……! そんなんだからせっかくの体も傷だらけなんだよ」
そしてまた殴られる。
何回も、何回も。




