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ココロネの心音  作者: 存此
3.5
17/44

3.5―1


 ベッドがきらいだ。

 鉄の冷たい檻の中もいやだけれど、ベッドよりはマシだった。

 言葉もきらいだ。 ぼくにやさしくしてくれることはないから。

 暴力もいたいからきらい。 治るのに時間がかかるし、傷つけたのは向こうなのに、ぼくに文句を言うんだ。


 きれいだと言われるとほっとする。 そうじゃないと生きられないから。

 でもうれしくは思えなかった。

 きれいであるように作られているんだから、きれいなのは当たり前だった。

 きれいだと言われてもぼくをほめているわけではない。

 ただきれいなものをきれいだと言っているだけだ。

 すべてがいやだ。 すべてがきらい。


 死にたかった。

 けれど、周りはそうはさせない。 ぼくが死のうとすると殴られた。

 犯されたあとに逃げようとしたけど、それもうまくいかなかった。

 死ぬことも許されない。


「こいつは生きてるだけで価値がある」


 そう思うのは周りだけだ。

 ぼく自身は生きていることに価値はない。


「愛玩用合成獣は美しくなければ生きられない」

「綺麗でよかったな、お前。 そうじゃなきゃ、とっくに死んでただろうよ」


 それは何度も聞いた言葉。 あまりにも言われるものだから、覚えてしまった。

 ぼくは色んな主の元を転々とした。

 飽きられ見放され捨てられて、今は見世物小屋にいる。

 鉄の檻の中に入れられ、たくさんの人間に見られた。


「きれい」

「うつくしい」


 いくつもの目がぼくを見る。 じっとぼくを見る瞳は気持ち悪かった。

 けれど最終的には慣れてしまって、どうでもよくなった。


 見世物小屋が次の拠点へ行くため荷馬車で移動した時、それは起こる。

 荷馬車は急にどすんっと音を立て倒れ、檻も一緒に倒れた。

 外では何か揉めているような声が聞こえる。

 不安に思ったけれど、檻からは逃げられない。鍵がかけられているからだ。

 荷車にいる他の動物たちも檻の中に入れられているものだから、外に飛び出すことはできなかった。

 

 しばらくすると、しん、と静かになった。

 その静けさは不安を大きくさせる。

 すると荷車の方へと人間が入ってきた。

 見世物小屋の主かと思い顔を向けると、知らない顔だった。

 穏やかではない表情をしている。 いやな予感がした。


 人間は二人いて、荷車の中を物色し始めた。

 檻の中にいる物珍しい動物を見ては、檻の隙間から動物の肉体に刃物で傷つけた。

 その刃物で傷つけられると、どんな凶暴な動物でも瞬く間に意識を失ってしまう。 何か刃物に塗ってあるようだった。

 そんな光景をぼくは震えて見ていた。 どうしたらいいか分からない。 下手したら殺されてしまうのだろうか。 それとも、主が変わるのだろうか。

 すると一人の人間がこちらを見た。

 ぼくの姿を見てにやりと笑うと、もう一人の人間に声をかけた。


「おい、イイのがいるぜ」

「はー……、コイツが噂のあいがんなんとかっていう……」

「愛玩用合成獣な。 なんでも国が金を得るために作った生き物なんだとよ」


 二人の人間は近づいてきて、檻の目の前まで来た。

 じろじろと品定めするように見ている。


「きれいだなあ、人間じゃないみてえ」

「だから合成獣だって。 人間じゃねえよ」


 一人の人間が、主しか持っていないはずの鍵を開ける。 ぼくは出来るだけ檻の隅っこの方に寄った。

 この人間たちが、ぼくにとって良いことをしてくれるようにはとても思えない。

 一人の人間は檻の中に体を入れると、ぼくの腕を掴んだ。


「こいつ、キレイだけど死んだ目してやがる。 つまんねえ」

「そうかァ? 俺は少なくとも遊びたいね。 こういうのはぐちゃぐちゃにしてこそ、楽しいだろ」


 こういう時、何て言葉を叫べばいいか知っている。

 だけど、その言葉を叫んだところで、つらさが増すだけだ。

 だれか、たすけて。

 人間が強い力でぼくを檻から引きずり出す。

 刃物を持っている手が見える。 他の動物たちを眠らせたものだ。

 にげたい、と考える。

 無理だよ、とぼくの心が答えた。


「待て、遊ばせろよ」


 刃物を持った人間をもう一人の人間が制止をかけた。 

 その男はぼくの服を脱がせようとした。

 服の中に入れた手が肌を触れてきもちわるい。

 この展開はどうなるか分かってる。 ぼくが一番きらう行為だ。

 こういう時はどうすればいいか知っている。

 心を殺してしまえば良いのだ。

 そうすればどんなに嫌なことでも、無感情でいられる。

 心よ死んでしまえ。

 どんなことにも何も感じない物のように。

 感触も温かさも感情も、すべて感じないふりをして、心を押さえ込むのだ。


 服の中にまさぐられる手。

 ぼうと僕は天井を見ていた。

 はやく終わればいいと思った。


 ばちんっ!


 するといきなり頬を勢いよく叩かれた。

 突然の痛みに驚くと、人間は嬉しそうに笑う。 その笑みは(みにく)い。


「そうそう。 反応がねえとつまらねえからよお ……わかるな?」


 そう言うと刃物を取り出して、ぼくの顔横の床に突き刺した。

 それでも、ぼくは耐えようとした。

 心を殺したままであろうと思った。

 体の痛みなんて、心がつらくなるよりはましだった。

 死なない限り体は時間が経てば治る。

 人間は行為を続けて、反応がないことに不機嫌になり今度はグーでぼくの頬をなぐる。


「わかってねえなあ……! そんなんだからせっかくの体も傷だらけなんだよ」


 そしてまた殴られる。

 何回も、何回も。



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