表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ココロネの心音  作者: 存此
14/44

3―5


「オレの大好物だよ、カレー! カレーかあ…… 嬉しいなあ!」


 しかし依頼人の男の次の反応は違った。

 気持ちか高揚したのか、大きな声で言うと嬉しそうに、にこにこと笑みを浮かべている。

 その反応を見てほっとしたココロネ。

 さっそくキッチンに立つと後ろに立っていた少年に声をかける。


「少年、野菜を水で洗ってくれるかい? 私はそれを切っていくから」


 袋から野菜たちを取りだして、その中の一つ、にんじんを手に持って水で軽く洗ってみせる。

 少年はその様子を真剣な眼差しで見ていた。 ココロネは残りの野菜を少年へと託す。

 少年はそろそろと(つたな)い手で野菜を手に持つと、ココロネが見せてくれた通り水で流す。

 途中、野菜を持つ力が弱かったのか、野菜がシンクの中に落ちて転がってしまう。


 やってしまった、と少年は動きを止めた。

 怒られる心配もしたが、それだけではなかった。 ココロネの期待を裏切ってしまうことを恐れた。 失敗してココロネに嫌われてしまうことがこわかった。

 恐怖で涙が浮かんでくる。

 ココロネに捨てられることを想像した。 ココロネを見るのが怖い。

 こんなことも出来ないぼくは、なんてだめなのだろうか。


「ご、ごごごごめんなさい! ごめんななさ、い!」


 咄嗟に出た言葉は謝罪だった。

 その言葉は過去に何度も使った言葉だ。

 そのせいで過去の記憶が頭の中を巡った。


 大きな声で怒鳴られる。

 力で自由を奪われる。

 何回も何回も殴られる。


 少年の頭は混乱してしまった。

  パニックになっていた。

 いきなりの悲鳴のような謝罪にココロネは驚いた。


「ごごめんなささいごめめめんなさいごめんなささい」


少年は更に半分泣きながら謝罪を連呼した。

 ココロネを見ないで目を瞑り頭を何かから守るように手を被せている。


「落ち着こう、少年」


 ココロネは少年がなぜ謝っているのかわからなかった。

 洗っていたはずの野菜を見るとシンクにじゃがいもが寂しそうに一つ転がっていた。

 水は流れたままだ。


「何をそんなに謝っているんだい? 」


 出来るだけこれ以上怖がらせないよう、声音を穏やかに意識して問いかけた。


「……そ、そその、そのっ……や、ややさいを、おおおとして、しままって……」


 消え入りそうな小さい声で少年は言う。

 理由を話すのが怖いみたいだった。

 それでもココロネの耳にはしっかりと届く。


「そうなんだね」


 少年の話しにココロネは頷くと、シンクに落ちていた一つのじゃがいもを拾った。

 洗われている途中だったため、所々泥がついていて濡れている。


「……少年」


 次に来る言葉が怖くて少年は震えた。

 恐ろしいしこわい。

 一体なにが待ち構えているのか。

 それでも時は待ってくれない。 次の言葉が、来てしまう。


「まず、私はじゃがいもを落としたくらいで怒らないよ」


 それは怒鳴り声でもなく暴力でもなかった。

 少年は目を開く。 信じられない。

 なんでおこらない?

 なんでたたかない?

 なんですてない?

 ぼくはいま、しっぱいをしたのに。


「それに見てみろよ少年」


 ココロネがそう言うから少年は素直に顔を上げた。

 怒鳴り声も暴力も振ってこないのなら、自分を守る必要はない。

 じゃがいもを持って少年に見せるようにして、ココロネは言う。


「このじゃがいも、傷一つ付いてないだろう? まあ、もし傷がついたとして……食べられない訳じゃない。 もし、食べられなくなったとしても、君を怖がらせないよ」

「な、なななんで?」

「うん?」

「な、ななんで、お、おこらな、い? ししっぱい、した、のに」


 ふしぎだった。 

 このひとは、一体なんなのだろう。

 だから、少年は問うてみた。

 彼女は、自分が質問をしても答えてくれる。


「少年、こんなことは失敗のうちに入らない。 だから怒らない。 失敗というのは……そうだな……カレーが作れなかったら、私はオリバーに怒られてしまうかもしれないね」


 それは依頼遂行の失敗を表す。

 ココロネは困ったかのように眉を下げて言うから少年は作り方も知らないくせして咄嗟に言う。

 ココロネが困るようなことはいやだった。


「つ、つつくろ、う! かれー!」


 カレーの作り方なんて知らない。 料理なんて知らない。

 野菜を触ったのだって初めてだ。

 だけど、ココロネが困ったような顔をするから。

 ココロネには困って欲しくない。

 そう思って発言したけれど、少年ははっとした。

 自分は一体何を言っているのか。


 ひとなんて、きらいだ。

 きらいなのに、きらいなのに。

 ココロネをちらりと見ると、なんてことないように言う。


「うん。 作ろうか、カレー」


 ぼく、へんだ。

 そして、この人もへんだ。 今まで出会ってきた、どんな人たちとも違う。

 一体なんなんだろう、この人は。

 そしてぼくは一体どうしちゃったんだろう。

 少年は胸を押さえた。 ぎゅうと手を握り締め、その感情の正体を掴みたかった。


「……どうした少年。 どこか痛いのか?」


 心配する声に少年は左右に首を振った。


「う、うううん。 へい、き」


 少年は顔を上げ、ココロネに笑いかけた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=693770796&size=88
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ