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翌日、ココロネと少年は冒険者街一区にある二階建てのアパートの前に立っていた。
年季の感じる作りになっていて、今にも壊れそうな気配を感じる。
ココロネの手には事前に買い物で得た紙袋がある。
そして戦いの前かのようにアパートの二階を睨みつけていた。
その表情を見て少年は怖がった。
今から一体何が待ち受けているというのか。
ココロネと一緒に依頼内容は聞いていた。
しかし少年には分かっていない何かがあるのかもしれない。
少年は少し緊張していた。
ココロネの仕事に同行するのが初めてだからだ。
ココロネには手伝って欲しいと言われていたが、自身が力になれるかはわからない。
知らないことの方が多いこの世界で、少年はココロネの手伝いを出来る自信がない。
しかし、その心配を口出せるほど、ココロネとは仲を深めてはいない。
心の中で不安を抱えていた。
覚悟が決まったのかココロネは進みだし、少年も後ろから着いていく。
階段を上り手前から二番目の部屋。
扉にはシンプルに二〇二と手書きで書かれている。
こんこん、とココロネは扉をノックする。
すると扉の奥から、がさりがさり、と音がする。 人はいるようだ。
けれど、その扉は開かれず、ココロネは間を開けて再びノックをした。
がさがさっ! と奥からどんどんと近づいてくる音がする。
そして音が止まったかと思うと、がばり、と勢いよく扉が開かれた。
「はあはあ……やあ、どうも。 待たせちまって済まない」
現れたのは男。
無精ヒゲを生やし整えられていない寝癖。
寝間着のような服装は襟元が緩んでしまっている。
男の足下はゴミや物で溢れていて、足を置く場所がない。
男の隙間から見える奥の部屋も同様に荒れている。
足の踏み所もなく、今にも崩れ落ちそうな山もある。
そんな部屋を見たら一般の人間はつい気持ちが引いてしまいそうだけれど、ココロネは動揺した様子はない。
ココロネの背中から少しだけ顔を出している少年も、部屋に驚くよりも知らない人間の登場におどおどとしていた。
「なんでも屋ギルドエイミーから来たココロネだ。 後ろにいるのが手伝いの少年で……あなたが依頼人でいいか?」
ココロネは自己紹介をすると男は笑う。 素朴で悪意のない笑顔だった。
「あ、ああ! 間違いない。 依頼したのはオレだよ。 飯を作りに来てくれたんだろ?」
「……ああ、そうだ。 部屋の中に入っても?」
「どうぞどうぞ、汚くて悪いな。 転ばないように気をつけて」
そう言って男は慣れた仕草で部屋の中へと入っていく。
その後ろをココロネは躊躇なく進んでいく。
進むに当たって邪魔なものは踏んでいく。
そうしたのは前を歩く依頼人の男が当然のように踏んでいたからだ。
なのでココロネも踏んで良いものだと判断した。
しかし少年は踏むのを躊躇った。
進む人たちが踏んでいても、自分が踏むのは勇気が必要だった。
落ちている物を所有しているのは依頼人の男であって他人である自分は踏む資格がないと思った。
だから出来るだけ物を踏まないよう、つま先を使いながら歩いて後を付いていく。
進むたび、がさり、ぐしゃり、がさがさ、音が鳴る。
「キッチンはここだ」
そう言われて目に入ったキッチンは他と同様荒れている。
いや、それ以上かもしれない。
シンクの中にあるものは一体どれだけ前のものか分からない使用済みの食器たちが置かれている。
「…………」
さすがにこの光景を見てココロネは黙った。 惨状に引いた訳ではない。 これでは料理をするという依頼を進めることが出来ないからだ。
「いやあ……慌てて掃除してたんだが途中で寝ちまってな……」
そう言われると確かに、一部の山が少ないようにも思える。
が、料理をするキッチンにしては不衛生すぎるというか、場所がない。
このままでは料理をするのは不可能であろう。
「私は掃除しに来たのではないんだが」
これでは依頼内容と違う、とココロネは言った。
珍しく瞳をじとりとさせて依頼人の男を咎めているようだ。
「いや……そうなんだが……でも、でも! 料理をして欲しいのは本当なんだ!」
依頼人の男はココロネの言葉に慌てた様子で言う。
切実に言う依頼人の男だったが、ココロネにとってこの依頼がどんなに大切なことでも、どうでもよかった。 問題なのは依頼をどうするか、だ。
「……では、この状態で作れと?」
このままで調理をするのはまず不可能だ。
まず火事になってしまうだろう。
料理に扱う包丁や皿だって不衛生すぎる。
だんだんと厳しい目つきで依頼人の男を見るココロネに彼は冷や汗を浮かべ始めた。
「これでは契約と違う。 別日にしてもらうか、追加料金を支払ってもらって、まず掃除をするか……どちらがいい?」
「……払います! 掃除を! してください!」
男は必死にそう言って頭を深く下げる。 ココロネはため息を吐いた。
「値段はギルドマスターが決めるので伝えることは出来ないけれど……いいだろうか」
「良い、良いです! いくらでも支払いますから、お願いします!」
ぶんっぶんっと頭が取れそうなくらいの勢いで頭を頷かせる依頼人の男。
というわけで仕事は決まった。
ココロネは背負っていた荷物と料理の材料が入った紙袋を置く。
すると突然、依頼人の男が大きな声を上げた。
「あ、あああんた! じ、銃! 銃持ってるじゃないか! ひいいいっ」
ココロネが背負っていた銃を見て依頼人の男は指を差し情けないくらいに悲鳴を上げ腰を抜かした。
「何か問題でも?」
ココロネの背負っている武器は、特別な武器なのだ。
ここまで幸運なことにあまり騒ぎにはならなかっただけで。
冒険者街には訳ありな者がほとんどで他人にそこまで深入りをしない。
そのおかげで銃という武器の珍しさに、問題事が特に起きることはなかった。
たまにこそこそと何か言っている者がいるくらいだ。
しかし、この男は銃という武器を怖がった。
本来はそういう者の方が多く、男の怖がり様は間違っていなかった。
「あ、あんたソレ使ってんのか? それってあの国の武器だろ……あの燃えた国の 」
「それは依頼と関係あるのだろうか?」
ココロネは依頼人の男の言葉を遮る。
どこか冷めた目で依頼人の男を見るココロネ。
そういう反応を見るのは、旅路の中であまりにも慣れていた。
「別にあなたを殺すために持っているんじゃない。 それだけ知っていれば問題ないだろう」
それだけを言うと、ココロネの視線は依頼人の男から逸れ少年へと移った。
少年は突然の大きな声にびっくりした様子だ。
不安そうな表情でこちらを見ている。




