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「よう、ココロネと少年! 帰ったか」
エイミーに帰るとオリバーがココロネに声をかけた。
オリバーが近づいてくると、少年はすぐにココロネの後ろへと隠れる。
今朝に少年の紹介は済んでいた。
少年はココロネの手伝いとして一緒に行動することになる。
意識のある少年が、あの小さな部屋で一人でいさせるのは危ないし、暇でもあろうと思ったからだ。
元からエイミーで働くに当たって、少年の存在は知らせてあった。
オリバーは目覚めた少年のことをひどく喜んだ。 がはは、と大きな口で笑い、無理やり頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
今回もそれは同様で、ココロネの後ろにいる少年の姿を見ると当然のようにオリバーは頭を荒く撫でる。
大きく硬い手で撫でられるそれは、少年にとって怖い行為であった。
手を上げられると、叩かれるのかもしれないと、つい目を瞑ってしまう。
けれど次にくる衝撃は、痛みではなく、頭を撫でられるという不思議な感触なのだ。
少年はこの行為の意味がわからなかった。
堅く閉じられた瞳がおそるおそる開かれていく。
なぜだろう。 他人に触れられているというのに、嫌な気はしないのだ。
オリバーが声をかけた理由は次の依頼についての話しだった。
今回は初めて少年も同行する。
左手にある席に移動すると書類と共にオリバーは依頼について説明していく。
ココロネは依頼内容を聞くと少し嫌そうな顔をする。
それを見たオリバーは、がはは、と大きな声で笑う。
オリバーが依頼内容について話すと、毎回ココロネは嫌そうな顔をしたし、それに対しオリバーが笑うのもいつものことであった。
二階の自室へと帰ると、沈黙が訪れた。
元々、無口なココロネのせいもあって二人の会話は多くない。
それでも先ほどまでは外にいたため、にぎやかであった。
訪れた沈黙に少年は怖がった。
沈黙にはいい思い出がない。 大体が主に怒られるときや暴力を振るわれる前だった。
だから少年は緊張で体を固まらせて、そっとココロネを見た。
けれど、ココロネは無表情で何を思っているか分からない。
対し、ココロネは悩んでいた。 どうすればいいのか分からなかった。
ここは何かを話した方が適切だろうとは思うのだ。
しかし、何を話しかければいいのだろう。
少年のことは少年が自分で言い出すまで聞く気はなかった。
わざわざ少年の情報を知ろうとは思わない。
それは興味がないとも言える。
少年に対し気を遣っているし、守る対象とはしている。
気にはしているが、過去や情報に興味はないのだ。
「……外は怖くなかったかい?」
頭の中で精一杯話題を探し、思いついたのがこれだった。
少年はよく怖がっているので、外に出ることがストレスではないか心配をした。
「……こ、こここわい」
少年は俯いて、そう言った。
「で、ででもねっ、でも、おおいし、かった。 あ、まくてて、さくっ、ってしてて、おおいし、かった」
ココロネが何て返事をしようか悩んでいる間に少年は更に言葉を続けた。
その話しは何気なく買ったドーナツの話しだった。
ココロネが思った以上に、少年はあのドーナツを好きだったみたいだ。
「……な、んていううの? あ、の、たべもの、ななんんて、なま、え?」
なんということだろう。
ココロネよりよっぽど少年の方が喋っているではないか。
あのドーナツでそんなにも喜んでくれるとは思わなかった。
そして自分から質問をしてくれるとは。
質問をするのは何かココロネに対し信じていることがあるということだ。
それが、ココロネは嬉しかった。
「あれは、ドーナツって言うんだ。 気に入ったなら、また買おう」
少年の発言からして、少年の知識は少ないと考えた。 あまり良い食事をしてこなかったのかもしれない。
体に残る数々の傷跡や、手を上げると瞑る目。
暴力を受けていたことは想像できる。
「……ココロネは、さ。 あるじさま、なんだ、よね?」
「主?」
「う、うん。 ぼくを、かってるんんでしょ? だから、ちりょう、ししたんでしょ。 ぼ、ぼくになにか、くれた、ひと、はじめて。 つ、つばさも、なくて、きれいじゃ、ないのに……」
そこで、少年が自分のことを勘違いしていることに、ココロネは初めて気づいた。
そうか、彼は愛玩用合成獣だから、主がいるのが常なのだ。
主がいなくては生きてはいけない。
だから、少年は勘違いしているのだ。
「違う」
直ぐ様ココロネは否定した。
「私は君の主じゃない。 ただ、死にかけていたから拾っただけなんだ」
「ひろ、った?」
「そう。 だから、君と私に上下関係はない。 対等だ。 それに、君は翼がなかろうときれいだよ」
「……そ、そそそうな、んだ……」
主がいないということに、少年は嬉しそうにも悲しそうにも見えない。
どうしたらいいか、わからない様子だった。




