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ココロネの心音  作者: 存此
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0―1


 旅人が夕闇の中を歩いていた。

 その旅人はひとりだった。


 旅人の女は、切れ長でつり上がった瞳をしている。 瞳は金色の姿で、ぴかりぴかりと輝く眩しい太陽や(きら)びやかな金箔のようなものではなく、どこかくすんでいて、夜の空に現れる白っぽいお月さまの色に似ていた。


 頭にはカーキ色のキャスケット帽を被っていて、帽子の下にある髪は優しいベージュの入った灰色で、短い。


 体には裾の長い茶色のマント。 前を閉じているため中の服装は分からない。 足は何を踏んでも平気そうなブーツを履いていた。


 そして、肩には銃という名の武器がかかっている。


 静かで冷たい、けれど厳しいだけではない。 そんな冬の日の早朝のような雰囲気を纏った女。


 そんな女は、夜だというのに、気にすることもないまま真っ直ぐ前を見て歩いていた。

 何しろ、この道には盗賊が出る。

 女はそのことを知っていて、だからこそ暗い道を歩き続けていた。


 この道を進むと一つの大きな街がある。 その街に向かう商品を持った荷運び屋を盗賊が狙うのだ。

 女は荷物なんてほぼ持っておらず、襲われたとして売れるものは銃くらい。 しかし女という性別上、違う意味で襲われる可能性だってある。


 もし襲われたとしても返り討ちにすればいいだけなのだけど、大人数で囲まれたりすれば手間である。

 人を傷つけることを(いと)わない思考の持ち主だったけれど、面倒事は嫌いだった。

 だから、さっさとこの道を通り抜けたかったのだ。


 真っ直ぐと前を見つめて、何者に襲われても瞬時に対応できるよう気配を探りながら歩いていた。

 そこで、突然、女はぴたりと足を止めた。


 臭いがした。

 血の臭いだ。


 肩に掛けていた銃を手に取り、耳を澄ませる。

 しかし、耳には何もそれらしき音が入ってこない。

 銃を手に持ちながら警戒をしてゆっくりと足を進ませる。

 血の臭いが濃くなってくる。


 それでも進んでいくと、ついに人間が地面に落ちていた。 大量に血を流している。

 死んでいるのは一目で分かった。

 眼をかっぴらいたまま、時が止まったままの顔をしていた。

 死体から顔を上げると、荷馬車(にばしゃ)が倒れこんでいることに気づく。

 大きめの荷馬車だが簡素な作りだ。

 馬はおらず、また人間の死体が落ちていた。 側には武器が落ちていて戦ったものと思われる。 この人間も大きな傷を負い血を垂れ流している。


 死体たちを置いて、女は先へと進もうとした。

 馬車の中など見ようとは思わない。

 見たとしても特に意味はない。

 どうせ死んでいるか盗られているか。

 どっちにしろ興味はなかった。

 深追いすることで面倒事になるのも避けたい。

 だから、一歩、足を前に進めようとしたのだ。


 しかし、ことり、と小さな、ほんの小さな音がした。


 とても小さくて、普通の人間であったら聞こえないだろう音は、女の耳に届いた。

 女は立ち止まる。

 やめておけ、やめておけ、と自分に言い聞かせる。

 面倒事は嫌だろう。 他人と関わりたくないだろう。

 強くありたいのだろう。


 あの倒れた荷馬車の中に入ってしまえば、何か始まってしまう気がした。 後戻りは出来ないような気がした。


 女は一人でありたいのだ。

 強くありたいのだ。

 強くあるために一人でいたいのだ。


 しかし、これまで誰とも関わらなかったかと言うと、違う。

 誰も助けなかったのか、というと、それも違う。

 女はいつも、非情になりたいのになりきれないでいた。


 ――強くあるためには一人でいなければならない。


 そんな信念があるというのに。

 目の前で困ってる者がいて、それを誰も助けないのなら、女は手を差し出してしまう。 矛盾していることは自覚していた。

 だが助けたとしても、必ず別れを告げていた。

 そうやって一人に戻り、旅をしていた。

 何回も自分の中で自問自答を繰り返す。


 そして答えが決まったのか、女は顔を上げた。


 一歩、後ろに足をやり体を(ひるがえ)す。

 もう迷いはないかのように、馬車の元へとすたすたと歩いて行く。


 倒れた荷馬車の中に入ると、途端にむわりと血の臭いが更に濃くなった。

 中には檻がいくつもあり、そのほとんどが開けられている。 中にいたものは連れ去られたのだろうか。


 音を出した正体を探るため、中を歩き回り探る。 すると靴が血を踏んだ。 よく見ると血の池は広がり続けていて、何者かがいることを証明している。 床には血だけではなく白い羽根がいくつも落ちている。 鳥でもいたのだろうか。


 そこで、とある生き物を見つけた。


 暗い荷車の中だというのに、その者の辺りだけ明るんで見えた。

 腹を切られ、血を流しているが、それだけではない。

 美しい生き物が落ちていた。


 よく見ると背中には何かが切り落とされたかのように根元が残っている。 翼でもあったのかと想像が出来る。

 翼らしきものがあったのだろうと考えることが出来るのは、女に知識があったからだ。

 この生き物はおそらく愛玩用合成獣(あいがんようごうせいじゅう)というもの。

 愛玩用合成獣とはその名の通り人間に愛でられるために作られた生き物だ。

 動物とかけあわせ人間離れした物珍しさと美しい容姿で金持ちに売るための。

 愛玩用合成獣を見るのは、女は初めてだった。

 自分のお仲間ということもあって、ついついじっくりと見てしまう。


 そこで、気づく。 胸が上下に動いていると。


 ――生きている。

 そのことに気づいてからの女の行動は早かった。 身に纏っていたマントを破って止血をする。(すそ)が破れ短くなったマントから灰色の獣の尻尾のようなものが見えた。 女は少年の呼吸を確認して声をかけた。


「生きているか」


 その声は大きくなかった。 女の纏っている空気と相違することない、静かで、どこか寂しさを感じる声だった。

 返事はない。 けれど苦しそうに呼吸をしていた。

 女は床を見る。 広がった赤は広く、多量に失血している。


「生きたいか」


 女は尋ねた。 返事は期待していなかった。


 それでも、止血の際に濡れた女の赤い手を、やがて少年は(すが)るように、手を震えさせながら、ゆっくりと触れた。

 それが、女にとって、答えであった。

 死を感じさせる冷たい手。

 そんな手を女は握る。

 女の手も少年ほどではないがひんやりとしている。

 けれど、強く握る。


 ほとんど死にかけている、その体。

 生と死、どちらが近いかと言われれば確実に死だ。

 体の有様を見た者は大体のものが諦めるだろう。

 安らかに眠れるよう祈るだろう。

 それでも、それでも、


「――私は君を生かせる」


 女は決意した。

 少年と女の意志だけが、すべてだった。


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