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竜騎士様の最愛花嫁(8)

 


 祝賀会のあと、私はレオを徹底的に避けるようになった。

 館長のアルフレード様に言って帰る時間を変えさせてもらい、レオには『迷惑だから、これ以上私に関わらないでほしい。お願いだから、婚約破棄してほしい』と手紙を書いた。

 贈ってもらったドレスは洗濯して、アクセサリーと一緒にレオの自宅に送り返す。


 それでも諦めずに私を迎えに来ていたレオを、私はいるとわかっていながら別の出口から帰った。

 なんて性格が悪いのだろうと、自己嫌悪に陥る。


 先日、竜騎士の訓練場の横を通りかかった際にアレッシア様と一緒にいるレオを見かけた。

 レオ達がこちらに気づき何か口を開きかけたとき、アレッシア様がレオの腕に抱きつくのが見えた。


 私は逃げるようにその場を立ち去ったので、その後のことは知らない。


(なんだろう、この気持ち……)


 ベッドに横たわる私はぼんやりと天井を見上げる。

 心にぽっかりと穴が開いたような、虚無感を覚える。

 ボロボロの小さな部屋と王宮図書館を往復する日々。レオが戻ってくる前の、元の生活に戻っただけなのに。


 そのうち、天井が霞んでくる。


(ん? なんか焦げ臭い?)


 私はガバッと起き上がる。

 気のせいじゃなく、霞んでる。

 驚いて部屋のドアを開けると、外から一気に煙が吹き込んできた。


(火事だ!)


 この宿舎は木造なので、火の周りは早いはず。

 私は咄嗟にキャビネットから宝物の小箱を取り出すと、それを鞄に入れて鞄ひとつで部屋を飛び出す。

 煙の中を必死で逃げて、宿舎から外に出たときに後ろを振り返ると真っ赤な炎が上がっているのが見えた。

 火災に気付いた人達が、水を掛けて鎮火させようとしている。


「嘘でしょ?」


 私は呆然と、燃えさかる宿舎を見上げる。

 私が住んでいたのは、下級使用人用の最も質素な宿舎だった。

 家賃がとても安いので助かっていたのに。

 自然と、涙がこぼれ落ちる。


「これから、どうしよう……」


 実家は借金のかたに売ってしまったので、両親は遠い郊外に住んでいる。そこからでは王宮には通えない。

 さらに、鞄ひとつで飛び出してきた私は現金もほとんど持っていない。


 途方に暮れてしゃがみ込んだそのとき、「エレン!」と声がした。


「よかった。火事が起きたと聞いて、エレンに何かがあったんじゃと、肝が冷えた」

「レオ?」


 そこには、焦った様子のレオがいた。

 大急ぎで竜に乗ってきたのか、上空にはレオの相方であるギルが飛んでいる。


「エレン、ちょっと待ってね」


 レオはそう言うと、燃えさかる宿舎に近づく。


「レオ、危ないわ!」


 レオの手元が青白く光り輝く。次の瞬間、その光が宿舎のほうに飛び、宿舎全体を包んだ。


「嘘。消えた……」


 あんなに燃えさかっていた宿舎が、一瞬で鎮火してしまった。周囲の人も何が起こったのかと驚いた様子だ。

 改めて、英雄竜騎士様とまで呼ばれるレオの魔法のすごさを思い知らされる。


「エレン。俺の家に行こう」

「ううん、大丈夫」


 私は首を横に振る。


「本当に?」


 探るように聞かれ、私は目を泳がせた。

 燃えてしまった宿舎は既に黒くすすけた骨組みだけになってしまっていた。ここにはもう、住めない。


「迷惑を掛けられないわ」

「迷惑じゃない。エレンを路頭に迷わせるわけにはいかない」

「でも……」

「エレン。俺はそんなに頼りにならない男かな?」


 そう問いかけるレオの表情が寂しげに陰ったのを見て、私はハッとした。


「いいえ。頼りになるわ。ただ、私の問題なの」


 レオと早く婚約破棄をしないと、迷惑を掛けてしまう。

 そう思って、頼らないようにしたい私の問題なのだ。


「エレン」


 レオは私の両肩を掴んで、こちらをまっすぐに見つめる。


「今は緊急事態だ。俺の家に来い。わかった?」

「……ええ」


 私は俯いて頷く。


「……レオ、ありがとう」

「どういたしまして。エレンが困っているときは、いつでも助けに来るよ」


 レオは私を安心させるように、ポンポンと私の頭を撫でる。

 その手が大きくて、堪えていた涙がこぼれ落ちる。


「俺の大切なエレンを危険な目に遭わせた報いは、しっかりと受けてもらおうか」


 レオがぽつりと呟いた言葉は、私の耳には届かなかった。



 ◇ ◇ ◇



 豪奢な屋敷の一室。

 私はとても困惑していた。


「ほら、エレン。口を開けて」


 小さなクッキーを手に持ってそう促してくるのは、レオだ。


「ねえ、レオ。これは本当にメイドの仕事なの?」

「もちろん。エレンだけの特別な仕事だから、きっちりやってもらわないと」


 そう言われると断れない。

 私が口を開けると、レオはクッキーを私の口に入れる。もぐもぐと咀嚼すると、甘い味が口の中に広がった。


「美味しい?」

「美味しいです」

「そっか。よかった」


 レオは蕩けるような笑みを浮かべる。


「じゃあ、俺も食べさせてもらおうかな」


 レオはあーんと口を開ける。

 明らかに口に入れて欲しそうな態度に戸惑いつつも、「仕事だから」と自分に言い聞かせて私はおずおずとクッキーを手に取ってレオの口に入れる。


「美味しい」


 レオは私の右手を掴むと、クッキーを摘まんでいた親指と人差し指をぺろりと舐める。


「きゃっ!」

「エレンは悲鳴も可愛いね」


 レオは嬉しそうに笑うと。私の腰に回した腕に力を込める。

 もう、心臓がどきどきして破裂しそうだ。


 なぜこんなことになっているのか。

 それは、1カ月程前に起きたあの火事の日に遡る。


 レオの屋敷に連れていかれた私はそれは立派なお姫様のような部屋に案内された。さらに、食事や洗濯はメイドがやってくれるという至れり尽くせり。


 『ここは元々エレンのために用意した部屋で、メイドもエレンの侍女にするつもりだった者だから遠慮しないで』と謎の言葉も賜った。


 居候なのにこんなによくしてもらうのがさすがに心苦しくなって『働きたい』と直談判したところ、レオの専属メイドに任命されたのだ。

 ただこの専属メイド、添い寝してレオの抱き枕になったり、膝枕したり、手を繋いで庭園を歩いたり、とても心臓に悪い。

 そして今も、私はなぜかレオの膝の上に乗せられてお菓子を食べさせあいっこしている。


 こんなことでいいのだろうか。

 よくない気がするわ。


「ねえ、レオ。やっぱりこの仕事、おかしくないかしら?」

「何もおかしくない」


 レオは至極当然とでも言いたげに、首を傾げる。


「それに、エレンを危険から守るには俺の側にいるのが一番安全だから」

「危険?」

「そ。害虫は駆除しておくから安心して」

「王都に危険な毒を持つ虫でも出たの?」


 そんな話は誰からも聞いていないけれど、竜騎士団の師団長であるレオのところには情報が入ってくるのかもしれない。


「エレンは知らなくていいよ。俺に集中して」


 レオはにこっと笑うと両手で私の頬を包み、無理矢理自分のほうを向かせる。

 落ち着いていた体温が、また急激に上がるのを感じた。



 ◇ ◇ ◇


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