竜騎士様の最愛花嫁(7)
祝賀会では、レオが英雄竜騎士様であることを改めて認識させられた。
私が普段話しかけられないような高位貴族の方々から次々に声をかけられ、祝福される。
それに堂々とした態度で対応するレオに頼もしさを感じる一方、ふたりの間の縮まらない見えない距離を感じた。
しばらくして、オーケストラの曲調が変わる。
(あっ、これ……)
子供の頃に踊った、ワルツだ。
基本の曲なので、一番最初に習うのだ。
「エレン。踊ろう」
「え? でも、私はずっと舞踏会に出ていなかったから──」
「俺だって出てない。ずっと前線にいたんだから」
レオはそう言うと、力強く私を会場の中央に引っ張り出す。
腰に手を回され向かい合うと、レオはすぐにリードし始める。何年も踊っていないのに、体は憶えていたのか自然と足が動き出した。
(楽しい!)
ダンスを踊るのなんて、何年ぶりだろう。
笑みを零した私がふと顔を上げると、こちらを優しく見つめるレオと目が合った。
その途端、心臓が煩くなる。
(私、最近変だわ)
レオと一緒にいると、自分の気持ちが掴めなくなる。
レオのためにも早く婚約を破棄してあげなければならないのに、こうして特別扱いしてくれることに居心地のよさを感じてしまう。
曲が終わる。
すると、私達、正確にはレオの周囲にはすぐ人が集まってきた。
「ヴァレリオ様!」
若い女性の声がして、私はそちらを見る。
(わあ。綺麗な人)
煌めく金髪は金糸のようで、こちらを見る瞳は透き通るような青。
十代後半位にみえる色白のその少女は、驚くような美人だった。瞳と同じ青色のドレスが少女らしさと大人っぽさの両方を演出していて、とても似合っている。
「アレッシア」
その女性を見て親しげに名前を呼ぶレオのその言葉を聞き、胸がドキンとした。
(アレッシアって──)
たしか、レオが唯一親しくしている女性だ。
「おめでとうございます、ヴァレリオ様」
「ありがとう」
レオとアレッシア様は楽しげに会話を始める。
その親しげな様子に、なんとなく疎外感を覚えた。
「次はわたくしとダンスしてくださらない?」
アレッシア様がレオを誘う。すると、レオは首を横に振った。
「悪いけど、俺はエレンとしか踊るつもりはないんだ」
はっきりと言い切ったレオの態度に、私は驚いた。それはアレッシア様も同じだったようで、彼女の目が大きく見開く。
しかし、すぐにハッとしたように微笑むと、扇で口元を隠した。
「まあ、ヴァレリオ様は優しいのね。舞踏会に不慣れなエレオノーラさんのことを心配して、離れないように気遣ってあげるなんて」
そこまで言うと、アレッシア様はコホンと小さく咳払いする。
「今日は仕方がないわね。また今度」
そう言うと、くるりと体の向きを変えて立ち去っていった。
私はその後ろ姿を見送ってから、おずおずとレオを見上げる。
「レオ、いいの?」
「いいのって、何が?」
レオは不思議そうに目を瞬かせる。
「だって、アレッシア様のお父様って竜の里があるポロリド伯爵でしょう? それに、社交界の花として有名な方よ?」
「いいよ、別に」
レオは全く問題ないと言いたげに、首を傾げる。
「それよりエレン。ダンスをして、喉は渇いてないか?」
「少しだけ」
言われてみれば、少し汗をかいたので冷たい飲み物でも飲みたい気分だった。
「じゃあ、俺が取ってくるよ。エレンはここに座って待っていて」
レオは会場の端に置かれたベンチを指さす。
「うん。ありがとう」
正直、慣れないダンスで足がくたくただった私は今すぐに座りたい気分だった。レオの申し出をありがたく受け、そこで待つことにする。
すると、私の目の前に影が差した。
「ごきげんよう、エレオノーラ様」
見上げると、そこには先ほどレオが話していたアレッシア様がいた。
アレッシア様は扇で口元を隠しながら、こちらを見つめる目を眇める。
「どんな方かと思っていたけど、大したことないのね。拍子抜けだわ」
「え?」
突然のことで、私は呆気にとられる。
「単刀直入に言わせていただくわ。ヴァレリオ様に付き纏うのは止めてくださる?」
アレッシア様から発せられた言葉に、私は目を見開いた。
「私は付き纏ってなんて──」
「でも、毎日彼に帰りを送らせているらしいじゃない? ヴァレリオ様はお忙しいお方なの。もっと空気を読んでくださらないかしら」
「それは、レオから……!」
私は咄嗟に言い返す。
だって、毎日迎えに来るのはレオが私を迎えに来たいと言って、勝手に来るからだ。
「断る方法なんて、いくつもあるでしょう? 勘違いしないでほしいわ。ヴァレリオ様はお優しいから昔の縁を今も尊重していらっしゃるけれど、本来ならあなたなんてお目にかかることすらできないお方なのよ」
自分でも思っていたことを他人からはっきりと言われ、頭をガツンと殴られたような気分だった。
確かに、レオが裏口で待っているなら表から帰ればいいだけ。
しばらくすれば、レオだって諦めるはず。
「身の程をわきまえることね。彼の足を引っ張らないで」
アレッシア様はそう言うと、くるりと向きを変えて立ち去る。
「エレン。持ってきたよ」
程なくして、レオがグラスをふたつ持って戻ってきた。
「エレン、疲れた? 大丈夫?」
元気がない私に気付いたのか、レオが心配そうに私の顔をのぞき込む。
「うん。ちょっと疲れちゃったみたい。ごめんなさい、早めに帰るね」
「じゃあ、送るよ」
「ダメ! レオはここでは主役なのだから」
なおもレオが口を開こうとしたそのとき、「ヴァレリオ殿」とレオに声がかかる。公爵だ。
レオが公爵への対応に気を取られている隙に、私は逃げるようにその場をあとにしたのだった。
◇ ◇ ◇