竜騎士様の最愛花嫁(5)
王宮図書館司書の大事な役目のひとつに、王宮の各省庁の文官からの相談を聞き、それについて載った書籍を選び、届けることがある。
その日、私は建設局から美術館の建設にかかわる書籍があれば届けてほしいと依頼を受けた。
王宮図書館から建設局がある東の塔に向かうには、王宮の裏手を回って行くのが近道だ。
さっそく向かおうと歩いている途中、進行方向から若い女性の黄色い声が聞こえてきた。
目を凝らすと、お洒落に着飾った令嬢達が集まって一方を見ている。
(あそこは確か……訓練場?)
どうしたのだろうと思い、彼女たちの背後からひょっこりと顔を出してそちらを見る。
(騎士団が模擬試合をしているから、見学しているのね)
凜々しく精悍な王都の騎士達は、若い女性達にとても人気があるのだ。見覚えのある黒い騎士服は竜騎士だろうか。
カンカンと剣を打ち合う姿に息を呑み、勝負が付くとまた周囲から黄色い歓声が上がった。
立ち去ろうとしたそのとき、一際大きな歓声が上がる。
その声に反応して、私は視線を訓練場に向ける。訓練場の中央に立った男性を見て、ハッとした。
ひとりだけ騎士服の装飾が豪華で、周囲と違う。
(レオだわ)
レオは長身だが、対戦相手はそのレオよりもさらに一回り体が大きかった。
見るからに力が強そうな対戦相手を見て、私は不安になる。
(大丈夫なのかしら?)
あんな人と剣の打ち合いをして、怪我をしないだろうかと心配になる。
というのも、小さい頃は引っ込み思案で体も小さかったレオは、よくガーデンパーティーなどで体の大きな貴族令息に意地悪をされて突き飛ばされては半べそをかいていたから。
それを見つけて庇うのは、いつも私の役目だった。
「始め!」
練習試合開始の声がかかり、両者がにらみ合う。先に動いたのは相手の騎士のほうだった。
「危ないっ!」
思わず叫んだのも束の間、レオはひらりとその剣を躱し、相手の懐に潜り込むとその腹に剣を打ち込む。
相手の騎士がガクンと膝を突いた。
「勝負あり!」
試合終了と共に、今までで一番大きな歓声が上がる。
試合時間は10秒もなかった。
(レオ、すごい。本当に、強いのね)
泣き虫だったレオと今の精悍な姿があまりに違いすぎて、実は別人なのではないかと思うほどだ。
「ヴァレリオ様、本当に素敵よね」
「ええ。一度でいいから、会話を交わせないかしら」
「あら、無理よ。女性には素っ気ないもの。例外は、アレッシア様位じゃないかしら?」
「そっかー。でも、あのクールな感じがまた堪らないのよね」
近くにいた令嬢がキャッキャと盛り上がるのが聞こえた。
(アレッシア様?)
聞き慣れない名前に、私は動きを止める。
その女性とレオは、ここにいる令嬢達がよく知るほど親しいのだろうか。
私はレオと婚約破棄を望んでいて、レオが自分以外の女性と親しくしているのは喜ばしいことだ。
それなのに、胸の内にもやもやした物が広がるのを感じた。
不意に、レオの視線がこちらを向く。見ていたことを知られるのがなんとなく気まずくて、私は咄嗟に目を逸らした。
(早く行かなくちゃ)
私はそのまま振り返らずに、建設局へと向かったのだった。
無事に建設局に本を届けた帰り道、「エレン!」と呼びかける声がした。振り返ると、友人のステラがいた。
「偶然だね。本を届けに?」
「ええ。建設局に」
「お疲れ様!」
ステラは屈託のない笑みを浮かべる。
「ステラは仕事中?」
「ええ。今度の叙勲式と祝賀会の企画、私も関わっているの。今、大詰めだよ」
(叙勲式と祝賀会……)
そういえば、レオは結局誰と参加するのだろうか?
私は参加の返事を出していないのだから、別の誰かと参加するはずだ。
(もしかして──)
「ねえ、ステラ。アレッシア様ってどなただかわかる?」
なんとなく気になり、私はステラにおずおずと尋ねる。
「アレッシア様? 様付けされるような『アレッシア』は、ポリドロ伯爵令嬢じゃないかしら?」
「ポリドロ伯爵令嬢……」
「うん。なんでそんなことを?」
ステラは不思議そうに私を見つめる。
「あ、なんでもないわ」
私は慌ててその場を誤魔化した。
王宮図書館に戻ると、私は貴族年鑑を手に取る。
ポリドロ伯爵家は王都から離れた辺境に位置する伯爵家で、領地内に竜騎士のための竜を育てる、通称『竜の里』と呼ばれる特別な場所がある。そして、王都に来る前にレオが勤めていた竜騎士団の本部がある場所でもある。
「私が知らない7年の間に、仲良くなったのかな」
音信が途絶えていた間に私がレオの知らない7年間を過ごしたのと同様に、レオは私の知らない7年間を過ごしている。
だから私が知らない人とレオが親しくしていたって何らおかしなことはないのに、気持ちが落ち込むのを感じた。
◇ ◇ ◇