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竜騎士様の最愛花嫁(2)

数日後、私はレオに出した手紙のことなどすっかり忘れていた。


その日、王宮のとある部署から依頼された資料の本を届けに行った私は、ふと騒がしさに気づく。王宮の一角に何やら人が集まっていた。


(何かあったのかしら?)


興味を引かれてそちらを覗くと、何人かの凜々しい男性が歩いているのが見えた。

全員、黒い騎士服を着ている。


(あれは、騎士様? 凱旋かしら?)


野次馬気分で眺めていると、その中の一人がふとこちらを向く。


「きゃあ」と周囲にいた令嬢達から黄色い声が上がった。


(うわあ。かっこいい人)


年頃はまだ20代前半だろうか。長身の引き締まった体躯に整った顔立ち、額にかかった漆黒の前髪の合間から覗く瞳も黒だ。


その騎士は、何を思ったのかくるりと方向を変えてこちらに向かって歩いてきた。近くで見ると、頭半分違うくらいの長身だ。


その騎士は、なぜか私の目の前で立ち止まる。

彼が片手をふわりと空中で回すと、そこに大きな花束が現れた。


(これ、物質生成の魔法? すごい……!)


物質生成の魔法は、数ある魔法の中でも最も難易度が高い魔法だ。こんなに自然に、一瞬で花束を出す人など初めて見た。


ただただ驚く私の前で、その騎士は跪く。


「エレオノーラ=レガーノ」

「え?」

「今すぐ結婚してほしい」


蕩けるような微笑みを浮かべた騎士を見つめて私は唖然とする。


「ちょっと待って! あなた、誰!?」


私、こんなイケメン知りません!


 ◇ ◇ ◇


その10分後。

王宮の一室にて、私は顔面蒼白でイケメン騎士と向き合っていた。


(まさかこの人がレオだなんて! 可愛かったあの子はどこに?)


どうすればいいのかと俯いていると、見覚えのある手紙が差し出された。


「エレン。この手紙はどういう意味かな?」


それは、先日レオからもらった手紙の返事で私が出したものだ。叙勲式と祝賀会は、私は気にせずに好きな人と行ってほしいとしたためた。


「これは、その……。色々考えたのだけど……、婚約破棄してください!」


私は意を決して告げる。

色々考えて、これが一番彼のためになる。


レオは一瞬、驚いたように目を見開く。そして、にこりと微笑むとぐしゃりとその手紙を握りつぶした。


「婚約破棄はしない」

「え?」


まさか断られると思っていなかった私は、驚いた。

しかも、なんだか怒ってる?


レオは立ち上がると、座っている私の背もたれにドンッと手を置き、私を囲い込む。

至近距離に秀麗な顔があり、ドキンと胸が跳ねた。


「ねえ、エレン。ようやくきみが手に入るのに、今さら手放すなんて思ってるの? 俺がどんなにきみを愛しているか、これからしっかりわからせないとね」


レオは私を見つめ、妖艶な微笑みを浮かべたのだった。



 ◇ ◇ ◇



呆然自失のまま職場に戻った私は、未だに何が起こったのか理解できずにいた。


(愛しているって言った? 7年も連絡が途絶えてたのに、どういうこと?)


意味不明とはまさにこのこと。

仕事をしようとするのだけど、さっきのレオとの会話が頭の中をぐるぐる回って、なかなか手に付かない。


(もしかして!)


私はハッとする。


(前線で戦いすぎたせいで混乱して、正常な判断ができなくなっている? もしくは、レガーノ子爵家の没落を知らない?)


そのどちらかとしか思えない。だって、私と婚約を継続することはレオにとってメリットがないどころか、デメリットだらけなのだから。


「エレンさん。先ほどから様子がおかしいですが、大丈夫ですか?」


不意に声をかけられて顔を上げると、館長であるアルフレード様が心配そうにこちらを見ていた。アルフレード様はオルモ伯爵家の出身で、実家が没落して困っていた私に司書にならないかと誘ってくれた方だ。


「あ、大丈夫です」


私は笑ってその場を誤魔化した。




ようやく、閉館を知らせる鐘が鳴る。

ほっと一息ついたそのとき、カウンターに座る私の前に影が差した。


「申し訳ありません。本日はもう終了で──」


顔を上げた私は、そこにいる人を見て固まった。

そこには、にこりと微笑むレオの姿があったのだ。

私は唖然としてレオを見上げる。


「迎えに来たよ。一緒に帰ろう」

「帰るってどこに?」

「もちろん、俺の家だよ。婚約者なんだから、一緒に暮らそう」

「ええっ!? 無理よ。さっき、婚約破棄してほしいって伝えたわ」

「俺はさっき、破棄しないって伝えた」


いやいやいや!

色々と突っ込みどころが多すぎる。


「ねえ、あれって英雄竜騎士様じゃない?」

「え? 本当に? 本を借りているのかしら?」


まだ館内に残っていたお客様がレオの存在に気づき、遠巻きにこちらを眺めながらひそひそと話す声が聞こえてくる。


(あー、もう! 目立ちすぎ!)


レオは自分が『英雄竜騎士様』と呼ばれるほど国民的人気の存在で、かつとても人の目を引く容姿をしている自覚がないのだろうか。


「ヴァレリオ様。ちょっとこっちに来てください」


私は立ち上がると、レオの腕を掴んで大急ぎで図書館の奥に連れて行く。


「どうしてこんなところに来ているのですか!」

「どうしてって、エレンを迎えに来た。一緒に帰ろうと思って」

「だから、それは無理だって言いました」


私はきっぱりと、もう一度言う。


「どうして?」

「え?」

「どうして無理なのかな?」


レオは黒い笑みを浮かべると、書架の前に立つ私の顔の横にドンと腕をつく。


「魔法爵の叙爵と王都騎士団の師団長じゃ、まだ不足だったかな?」

「……は?」

「それか、好きな男でもできた? 今すぐ決闘を申し込んで、そいつを塵にしてやろうか?」

「ちょっと待って。何を言って──」


レオの目が全然笑ってなくて、私は焦った。


レオが、誰かに決闘を申し込む?


(相手が一瞬で殺されちゃうわ!)


なにせ、レオは凶悪な魔獣をほぼひとりで駆逐した英雄竜騎士なのだから!

暴力反対。ダメ、絶対!


「ヴァレリオ様、少し落ち着きましょう」

「レオ」

「はい?」

「婚約者なんだから、ヴァレリオじゃなくてレオだろ」


レオは不服そうに口を尖らせる。


(……今、それ大事?)


もう何か何だか訳がわからない。


「レオ」


とりあえずレオの要望どおり、呼び方を変えてみる。


「なんだい。エレン」


すると、レオはそれはそれは嬉しそうに微笑み私の頬を撫でる。

美麗な顔で微笑まれると心臓に悪い。ドキドキしちゃうじゃない!

私はコホンと咳払いをする。


「先ほどお部屋でお話ししたとおり、私の実家はもう魔法石鉱山を手放してしまいましたし、借金まみれで爵位を売る売らないのぎりぎりです。それに、私はもう24歳。行き遅れです」

「魔法石鉱山なんてなくてもいいよ。借金は、俺が返してあげる。それに、エレンは行き遅れじゃないし、100歳になっても綺麗なままだから安心して」

「そういう問題ではなくてですね──」

「エレン。俺が魔法石鉱山や借金ぐらいで婚約を破棄すると思う?」


だめだ。言葉が通じない。

きっとレオは、婚約しているのだから私と結婚しなければならないという責任感に燃えているのだ。

さすがは英雄竜騎士様、責任感が強くていらっしゃる。


【質問:大事な人が、明らかに釣り合いの取れないハズレの婚約者を見捨てられずにいたら、どうすればいいのでしょうか?】


今、世界中でこの質問に対する答えを最も必要としているのは、私ではないだろうか。

しかも、その〝明らかに釣り合いのとれないハズレの婚約者〟が私なのだから、たちが悪い。


レオは英雄竜騎士様で、この若さで王都竜騎士団の第一師団長。さらには、もうすぐ魔法伯も賜る。

こんな行き遅れ没落令嬢を娶らなくても、もっと良家のご令嬢から引く手あまたなのだ。


(これは、レオのためにも私が責任をもって道を正してあげなければ!)


この日、私は強く決意したのだった。



   ◇ ◇ ◇

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