竜騎士様の最愛花嫁(10)
西の外れに魔獣が現れた。
そんな知らせが届いたのは、私がレオの屋敷にお邪魔して2ヶ月ほど経った頃だった。
魔獣とは、人に害を為す魔力を持った生き物の総称だ。今回は火竜が群れを成して町の中心部に押し寄せたという。
「こんなに被害が……」
新聞記事に載っている惨状に、私は息を呑む。
そこには、西部地域では甚大な被害が出ており、該当地域の竜騎士団が対応に当たっているが焼け石に水状態だという状況が子細に記載されていた。
連日に亘る報道では、事態が日に日に深刻化していることが窺えた。
「早く事態が沈静化するといいのですが」
「そうですね。ただ、非常に厳しい状況だと聞いています」
アルフレード様が険しい表情で首を振る。アルフレード様はオルモ伯爵家の嫡男で、お父様は政治の中枢部にいらっしゃる。アルフレード様が厳しい状況と仰るのなら、本当に厳しい状況なのだろう。
その日の夜更け、レオが部屋に訪ねてきた。
「レオ? どうしたの、こんな時間に」
私はレオを見上げ、首を傾げる。
「西の地域に、討伐に行くことになった」
「え?」
私は目を見開く。西といえば、まさに魔獣による甚大な被害が出ている地域だ。
「西部地域の竜騎士団では対応しきれないらしくて。王宮に第1師団の派遣依頼があったんだ」
私は両手で口元を押さえる。
魔獣討伐は命がけの仕事だ。それで殉職した竜騎士達の国葬が、定期的に行われているくらい。
頑張って来てね、とは言えなかった。
魔獣討伐は死と隣り合わせ。
行ってほしくない。でも、第1師団長であるレオは行かなければならない。
「いつ?」
「翌朝」
「そんなに早く?」
翌朝というと、出立前にゆっくり話せる夜は今日が最後ってこと?
「……無事に帰ってきて」
「うん。そのつもり」
レオは曖昧に微笑む。
『そのつもり』
その言い方に、確約はできないという彼の意図を感じ取った。
行かないでと縋り付きたい衝動に駆られる。
「ねえ、エレン。出立前に、おまじないをしてくれないかな?」
「おまじない?」
「もし無事に帰って来られたら、俺と結婚してほしい。エレンが約束してくれたら、必ず帰れる気がするんだ」
レオは真摯な眼差しで、私を見つめる。
私は息を呑む。
レオの表情は、心なしか緊張しているように見えた。
これは断れない。断るべきじゃない。
それに本当は、私はとっくのとうにレオを異性として好きになっていた。
「わかったわ。レオが戻ってきたら、結婚する」
だから、お願いだから無事に帰ってきてほしい。
頷くと、レオはそれは嬉しそうに破顔して、私をぎゅっと抱きしめる。
「絶対に帰ってくるよ。きみの元に」
◇ ◇ ◇
レオはその翌日、予告どおり西の地域に出立した。
王宮には見送りの多くの人達が集まっていた。中には泣いている家族もいる。
もしかしたら、これが今生の別れになるかもしれないのだ。
「行くぞ!」
師団長のレオが大きな声を上げる。
凜々しい竜騎士達を乗せた竜が、一斉に飛び立った。
その日から、私は食い入るように新聞を読む。どこかにレオ達のことが載っていないかと思ったのだ。
殉職した竜騎士の一覧にレオの名前がないことを確認するのが私の日課になった。
不安で堪らなくて、毎日のように神様にレオの無事を祈る。
そんな不安な毎日を送っていたある日のこと。
図書館のカウンターの前に、影が差す。
その人を見て、私は目を見開いた。
「レオ?」
少し窶れただろうか。
薄汚れた騎士服に身を包んだ凜々しい男性は、紛れもなくレオだった。
「なんで……?」
まだ、新聞には討伐が完了したとは書かれていなかった。
なぜ、ここにいるの?
でも、そんなことはどうでもいい。
無事に帰ってきた。
それだけで十分。いろんな思いが込み上げ、涙が浮かび両目からこぼれ落ちた。
レオは右手を空にかざす。
ふわりと光が舞い、花束が現れた。
「エレオノーラ=レガーノ。俺の生涯をきみに捧げる。結婚しよう」
花束が目の前に差し出された。
私は絶句してしまい、ただただレオを見上げる。
レオはカウンターをひょいっと飛び越えると、私を両手で抱きかかえる。
「イエス以外の返事は受け付けない。いいね」
レオはそのまま私を連れて教会に向かい、その場で結婚の宣誓をしたのだった。
◇ ◇ ◇
「もう! まさか、国王陛下への報告より前に私のところへ来ていただなんて!」
「だって、国王陛下への報告より大事だから。俺には、完全にエレンが不足していたんだ」
レオは悪びれもなく、笑顔で答える。
あの日、レオは魔獣討伐するやいなや、休むこともなくロベルト様含めて他の竜騎士が到底追いつけないような猛スピードで王都に戻ってきたらしい。そして、屋敷にも帰らず、国王陛下への報告前に王宮図書館に来て私を連れ去ったと知ったときには、本当に驚いた。
しかも、今回の活躍の褒美は何がいいかと聞かれたレオは「エレンと蜜月を過ごしたいので2カ月お休みをいただきます」と大真面目に言ったらしい。
ステラからそれを聞いたときは、顔から火を噴きそうなくらい恥ずかしかった。
「エレンに会えることを励みに頑張ってたんだ。いいだろ?」
レオは屈託のない笑顔で私を覗き込む。
こういうときだけ年下の甘えたオーラを出すのはずるいと思う。
結局、私は許してしまうのだから。
「仕方がないなあ」
レオは口の端を上げると、私の頬に触れる。
秀麗な顔が近づき、唇が重なった。
レオは周囲が呆れるような愛妻家になった。
私が密かに『竜騎士様の最愛花嫁』と呼ばれ、城下では私達をモデルにした恋物語が歌劇にもなるほど人気を博したと知るのは、まだ先のこと。




