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【作者の気儘な短編物書き部屋】

好きな人から「両想いでなければ嫌だ」と婚約話を断られたので

作者: 心音瑠璃

「貴方と私が婚約してはどうかと、両親から言われたのよね」


 見渡す限り雲一つない青空の下。

 円形のガーデンテーブルの上に広げられた、ティーカップから上る湯気を横目にそう告げると、目の前に座っていた幼馴染である彼は、空色の瞳を私に向け、驚いたように固まる。

 それを見て思う

 確実に順番を間違えた、と。

 その後悔は時既に遅く、彼は形の良い薄い唇で重々しく口を開いた。


「……俺は、両想いでなければ嫌だ」


 私の瞳を見つめて言った彼は、昔から変わらない澄んだその瞳で、まっすぐに私だけを映す。


(そういうところ、昔から変わらないのね)


 自分の信念を常にしっかりと持っている彼は、私の幼馴染であり、そして……、私の好きな人。

 そんな彼から今、告白するより前にフラれてしまった。


(“両想い”でなければ、婚約者にはしないだなんて)


 なんて、彼らしいのだろう。

 けれど、それでも。


「分からないじゃない」

「え?」


 私の言葉に、彼は再度目を見開く。

 そんな彼の瞳をじっと見つめ返し、続けて口にした。


「婚約者が好きな人でなくとも、上手く行く場合があるでしょう?」

「??」


 私の言葉の意味に気が付かず、首を傾げるその姿も可愛いなんて思ってしまいながら、そのことはおくびにも出さず口を開く。


「これだけ一緒にいるんだもの、まずは私と、“お試し婚約者”になってみない?」

「“お試し婚約者”……?」


 完全に戸惑っている様子の彼に対し、心の中で謝罪する。


(ごめんなさい。 けれど、まだこの気持ちを諦めきれないの)


 貴方に対するこの想いは、諦めるには大きすぎるから。





 私は、オリアーナ・ノースモア。

 ノースモア侯爵家の長女で、社交よりも読書が好きな、これと言って取り柄のないごく普通にいる令嬢がこの私。

 唯一周囲から褒められるのは、お父様譲りの白銀の髪と、お母様譲りの桃色の瞳くらい。

 後は両親には申し訳ないほどに、地味で口下手という見事なまでの引っ込み思案で、もうすぐ結婚適齢期となる17歳となるというのに、未だ婚約者がいないという、取り柄より欠点の方が目立ってしまう。


 そんな私には、唯一の幼馴染がいる。

 それが、告白する前に玉砕した彼である。

 彼の名は、ギルバート・ウィズダム。

 ウィズダム辺境伯家嫡男であり、現在は騎士学校に通っている。

 紺色の髪に、印象的な空色の瞳を持つ彼は、社交界では女性に人気のある、私とは正反対……というより、私と全く別の世界にいる、まるで物語に出てくるヒーローのような人。

 冷静沈着、騎士学校でも風の噂で優秀だと聞く彼は、言うまでもなくどこをとっても完璧なのだ。

 そんな彼を好きになった私は、もはやおこがましいレベルの不毛な恋……だったはずなのに。





(何をしているの、私は……!)


 彼と別れ、自室へと戻ると、誰もいない部屋へと入った瞬間に頭を抱えてしまった。


(“お試し婚約者”って何!? そんなの、物語の世界でだってないわよ!)


 自分から提案したこの言葉は、気が付けば咄嗟に口から飛び出した言葉だった。

 それも、ただフラれて終わりになってしまうのが嫌だった私の、完全な我儘である。

 そもそも、“お試し婚約者”って何!?


(婚約自体を断られたのに、お試しはないでしょう!?)


 けれど。


「……まさか、承諾してくれるとは思わなかったわ」


 そう呟けば、嬉しさやら恥ずかしさやらが込み上げてきて、手で顔を覆ってしまう。

 そう、何とそんな私のとんでも提案に対し、ギルバートは承諾してくれたのだ。

 『お試しなら』と。

 一応引っ張るのも良くないからと、互いに決めた期限は二週間。

 一週間では短く、一ヶ月では長いのではないかという話し合いの末、二週間という結論に至った。


(その間に私に出来ることは、ただ一つ)


 彼に……、ギルバートに、少しでも私と婚約者になりたいと思ってもらうこと。

 そしてあわよくば……。


「好きになってもらえたら、なんて……」


 そう口にした瞬間、頬に熱が集中するのが分かって。

 私は、それはおこがましすぎる、浮かれすぎていると自分を叱咤し、熱を帯びた頬を軽く叩き、気合を入れたのだった。





 とはいえ、二週間という期間は短かった、と気付いても後の祭り。

 丁度その二週間後に、彼は騎士団の年に一度の恒例行事である大事な試合を控えていたため、会える時間はほぼ無いに等しかった。

 それでも、何とか忙しい時間の合間を縫って約束を取り付けてくれた結果、お試し期間一週間が経つその日の夜、私を観劇へと誘ってくれた。


「ギルバート、今日は誘ってくれてありがとう。 忙しかったでしょう?」


 そう尋ねたのに対し、彼は「いや」と首を横に振り口にする。


「こちらこそ、なかなか時間を作れなくてごめん。

 ……お詫びに、今日は君の好きな物語の観劇を観に行こうと思って、券を用意したんだ」


 そう言って手渡された観劇の題名を見て、あ、と声を上げる。

 そして、ハッと彼を見上げ口を開いた。


「これって、『花姫と王子』……!?」

「あぁ。 気に入ったか?」

「とっても!」


 好きな人からのとびきりのプレゼントに、自然と笑みを溢せば、「そうか」と彼もまた微笑みを返してくれる。

 その久しぶりに見る笑みに思わず見惚れてしまう私に、彼は手を差し伸べて言った。


「行こうか」

「えぇ」


 その手に自分の手を重ねれば、キュッと手に力が込められる。

 それにもまたドキッとしてしまう私を、更に驚かせることになったのは。


「ボックス席……?」


 彼に導かれた先は、ボックス席……、それも、婚約者や夫婦が並んでみる二人席だった。

 それを見て驚いていると、彼は席に座るよう促した。


「ここの方が、君がゆっくり見られると思って」

「!」


 その言葉に咄嗟に言葉を返せず固まる私に対し、彼はコホンと咳払いし、「それに」と続けた。


「今は“婚約者”期間なのだから問題はない、だろう?」

「! ……そ、そう、ね」


 そうよね、と自分に言い聞かせ、そっと席に着けば、彼も隣に座る。

 そんな二人きりの空間が夢のようだと思ってしまう私の耳に、劇の開始の合図である鐘が鳴り響いた。




「楽しかったか?」

「えぇ!」


 帰りの馬車の中で、私はそう力強く頷いて言った。


「本の世界が忠実に再現されていて素敵だったわ。 

 特に最後の告白シーンを見られてよかった。 

 やっぱり物語はハッピーエンドよね」


 ほう、と息を吐き、そう口にしてから……、ハッとした。


(や、やってしまったわ!)


 好きな人と好きな作品を見ることが出来て、その興奮の熱が冷めないままに語ってしまった、と青褪め、彼を見れば、黙り込んでしまっていた。


(あぁ、やっぱり! 彼を一人置いてけぼりにしてしまったわ!)


「ご、ごめんなさい、あまりにも劇が素敵だったから、つい」


 そんな私の言葉に、彼もまたハッとしたような顔をして笑みを浮かべると言った。


「いや、君が気に入ってくれたようで何よりだ。

 ……君は、最後のシーンが好きなのか」

「えぇ! 大好き!」

「!」


(何せこの物語は、私と彼の関係と同じ“幼馴染”の恋愛を描いているんだもの、私達もこんな風になれたら良いなと思ってしまうのは、不可抗力よね)


 そう笑みを浮かべて口にすると、彼はまた黙り込んでしまう。 というより、固まっていた。


(あれ? 何か変なことを言ったかしら?)


 冷や汗が流れるのを感じ、私は恐る恐る名前を呼ぶ。


「……ギルバート?」

「っ、なんでもない。 そう、何でもないから気にしないでくれ」

「……?」


(彼が気にしないでと言っているのだから、気にしない方が良いのかしら?)


 もしかしたら少し疲れてしまったのかも、と思い、私は向かいの席に座っているのを良いことに、そんな彼とずっと同じ空間にいられる幸せを噛み締めるのだった。




 そして次の日。


「ここが騎士学校……」


 そう呟くと、鞄を持つ手をギュッと握り、意を決してその立派な門を潜り抜けた。

 こうして騎士学校に来たのは、もちろん彼……、ギルバートに会うためである。

 その理由は。


(昨日の観劇は、きっと私だけが楽しんでしまっていたに違いないから)


 私の好きな物語の劇を、わざわざボックス席まで用意してくれた彼に改めてお礼を伝えたくて、こうして来てしまったのだ。


(侍女に聞いた話によると、騎士学校には良く他の女性も差し入れや応援にと駆けつけるから、直接会いに行ってはどうかと言われたけれど……)


 やっぱり事前に、きちんとギルバートに断りを入れればよかったと後悔した。

 それは丁度お昼時で休憩時間だったらしく、沢山の騎士候補生らしき男性方が私を見てくるのだ。 


(今更周りに尋ねようにも尋ねられないし……)


 そんな好奇の目に晒され小さくなっていると。


「あれ、もしかして、貴女はノースモア嬢?」

「あっ……」


 私は声をかけてきた人物に小さく声を上げた。

 その男性は確かに、夜会でギルバートが話を交わしていた方で。

 ようやく見知った人物が現れたことにホッとして、「ご無沙汰しております」と淑女の礼をすると、その方は驚いたように私に尋ねた。


「どうしてこちらへ?」

「ギルバート様に少しでもお会いしたかったのですが、どちらにいらっしゃるか分からなくて」

「あぁ、私が案内しますよ。 彼なら応接室にいますから」

「本当ですか? ありがとうございます」


 そう笑みを浮かべ礼を述べると、彼は頭を横に振り、「では、こちらへ」と案内してくれる。

 この目の前にいる男性は確か……。


「……ロイス・バルト様、ですよね?」

「覚えて下さっていたのですね」


 どうやら合っていたらしく、彼は人当たりの良い笑みを浮かべて言った。

 私は頷き、口を開いた。


「ギルバート様と夜会の時にお話しされていたのを見て、仲がよろしいなと思っていたので」

「! はは、ギルバートはそれを聞いたら全力で否定しそうですがね。 

 ……いや、ギルバートの花姫である貴女からのお言葉なら、強くは否定出来なさそうですが」


(花姫?)


 花姫といえば、昨日観劇を見に行ったあの花姫のことだろうか。

 あの物語ってそんなに有名なお話なのだっけ、と思わず首を傾げたところで、バルト様が立ち止まる。

 そして、「このお部屋です」と口にし、ノックをしてガチャッと扉を開けた先には。


「……オリアーナ!?」

「ギルバート」


 そう驚いたように目を丸くした彼は、いつもとは違うシャツに黒ズボンと、ラフな格好をしていた。

 そんな姿も絵になるなと見惚れてしまいながら、私は口を開きかけ……、固まった。

 座っている彼の向かいには、一人の女性が座っており、その手にはサンドイッチの入った籠が握られていて。

 思わず鞄を握る手に力を込め、頭を下げて言った。


「……お、お取り込み中のところを失礼致しました。 出直してまいります」

「ま、待て、オリアーナ、何か誤解していないか!?」


 そう慌てて言って立ち上がったことで、彼の横に男性がいたことに気が付く。


(あ、もうお一人いらっしゃったのね……)


 それに内心ホッとしてしまっている自分がいて。

 そして、その男性はギルバートに声をかけた。


「少し話してきたら? 休憩時間を少し延長してもらえるよう、掛け合っておくからさ」

「! あぁ、そうする」


 その男性の言葉にギルバートは頷くと、私の前まで歩み寄ってきて言った。


「あー、その……、時間、あるか?」

「え、えぇ、私は全然あるけれど……、ギルバートは大丈夫?」

「問題ない。 行こう」

「!」


 そう言うやいなや、彼は私の手を取る。

 自然と繋がれたその手は大きく温かくて、一瞬で頬に熱が集中するのが分かる。

 そんな私達に、見ていた彼のご友人らしき方々が口笛を吹くと、ギルバートは怒ったように「茶化すな!!」と一言口にした後、ハッと私を見やり、顔を赤くさせる。

 その様子を見て、少し……、ほんの少し期待してしまうのは仕方がないことだと思う。

 そんな私の手を優しく引くと、彼は慣れた足取りで廊下を歩き出した。


 そうして連れてきてもらった場所は、先程とはまた別の応接室らしき場所だった。

 彼に座るよう促され、席に着くと、彼もまたその正面に座った。

 そして、前髪をかきあげ口を開いた。


「どうしてここに?」


 その口調に僅かな苛立ちを感じ、申し訳なくなった私は、しどろもどろになりながら答えた。


「あの、その……、昨日は貴方が、私のために時間を作ってくれたことが嬉しくて、私も何かお礼が出来たらと思ったのだけど……」

「!」


 そう言って鞄から取り出したのは、今日頑張って作ったクッキーだった。

 料理はおろか、厨房に入ったことすらなかった私が、クッキーを焼くなんて想像もつかなかったけれど、彼は甘い物を好んでいた気がしたから作ってみたのだ。

 だけど。


「……もう少し手の込んだものを持ってくれば良かったわね」

「……!」


 先程の女性が持っていたサンドイッチのように、お昼時に男性が食べられるものを持ってくればよかったと後悔したのだ。


(こうしてみると、後悔ばかりね、私)


 恋とはそういうものなのだろうか。

 それとも、私が不器用なだけかしら。

 そんなことを考えてしまいながら、鞄にしまおうとしたその時、ギルバートが慌てたように口を開いた。


「そ、それを持って帰るのか!?」

「え?」


 思わずキョトンとしてしまう私に対し、彼は「あ、いや」と彼もまた視線を彷徨わせて続けた。


「その、俺はまだお腹が空いているというか、クッキーが食べたい気分、というか……」

「……そうなの?」


 恐る恐る尋ねれば、彼は目を丸くすると、全力で首を縦に振った。


「あぁ、俺はクッキーが一番好きだ!」

「!」


 そう言い切った彼が、記憶にある昔の彼と重なって。

 思わずクスリと笑みを溢してしまうと、彼は恥ずかしそうに視線を逸らした。

 そんな彼の姿に、しまいかけていたクッキーをそっと彼に差し出しながら言った。


「初めて作ったものだから、上手く出来ているかは分からないけれど……、料理長と一緒に作ったから、味については多分大丈夫だと思うわ」

「! だから火傷しているのか?」

「え?」


 彼の視線の先を見やると、確かに親指の付け根のあたりが赤くなってしまっていて。

 慌てて手を引こうとすれば、その手を彼が咄嗟に掴んだことによって阻まれてしまう。

 その行動に驚き彼を見ると、ギルバートは口を開いた。


「……ありがとう、オリアーナ」

「!」


 そう言って笑みを浮かべた彼は、心から嬉しそうで。

 その表情に何も言えなくなってしまって、我ながら可愛げのないことに、黙って俯いてしまったのだった。



「突然来てしまってごめんなさい」


 そう口にすると、彼は少し間を置いた後答えた。


「いや、まさか学校まで来てくれるとは思っていなかったから、嬉しかった。

 けど、出来れば事前に伝えておいてくれるとありがたい。

 そうでないと……」

「?」


 そう言って不自然に口籠った彼に対し首を傾げると、彼はボソッと呟くように言った。


「迎えに行くのが遅くなってしまうからな」

「それも申し訳ないから、本当に用がない限り来ないようにするわ」

「いや! 来てくれるのは嬉しいから大丈夫だ!!」

「!?」


 突然声が大きくなった彼に驚いてしまっていると、彼はハッとしたように慌てて口元を押さえる。

 その様子が何だか可愛くて、格好良くて、面白くて。

 私は笑って口を開いた。


「分かったわ。 今度から、きちんと事前に断りを入れるようにするわね」

「! あ、あぁ、そうしてくれると、嬉しい」


 そう言った彼は、なおも口元を押さえ、その耳が赤くなっていたのは……、多分気のせいではないはず。

 そんな彼の隣を歩いているうちに、ハッと気が付いてしまった。


(“お試し婚約者”期間が終わったら、私が彼に会いに来ることも、騎士学校に来ることも不自然よね)


 それに、私達は本来婚約者を決めなければいけない歳なのだから、期間が終わればきちんと婚約者を探さなければならない。


(だとしたら、私と彼のこういう関係は……)


 そこまで考えて暗い気持ちになっていると、彼が私に声をかけてくる。


「迎えの馬車はどこにいるんだ?」


 気が付けば、門の前にいて、彼が送り届けようとしてくれているのが分かり、向き直ると言った。


「ここでもう大丈夫。 すぐ近くで待ってもらっているから」


 そう言って戻るよう促すと、彼は踵を返そうとして……、立ち止まると、もう一度私の方を見て言った。


「あのさ!」

「っ、はい!」


 彼の大きな声に、思わず驚いて大きな声で返事をしてしまうと、彼はハッとしたようにコホンと咳払いをし、声を抑えてから言った。


「……一週間後の試合、観に来てくれないか?」

「え?」

「っ、君が来てくれたら、勝てる気がするんだ!」

「……!」


 “君が来てくれたら”。

 その言葉に、心臓が高鳴って。

 彼もまた、どこか赤い顔で言葉を続けた。


「だから……、観に、来てくれないか?」


 その言葉に、迷いなく頷いた。


「えぇ、誰よりも応援するわ」

「っ、本当か!?」


 そう言った彼に対し再度頷けば、彼は嬉しそうに破顔したのだった。




 そうして迎えた、試合当日。


 私は一人、試合会場へと赴いた。

 本当は侍女も一緒に来る予定だったけれど、そっと彼を見守りたいということで、我儘を言って一人で観に来たのだ。

 とはいえ、一人では危ないからと、護衛も近くで待機している。


 試合のルールは、花に見立てた造花を胸ポケットに入れ、それを先に落とした方が勝利。

 彼が参加しているのは剣術だから、使用して良いのは剣のみで、体術を使うと失格となってしまうらしい。


(剣は刃が潰れている、訓練用の剣だと聞いているけれど……)


 それでも、心臓はハラハラドキドキしていた。

 試合なのだから、もっと重装備なのだろうと思っていたけれど、剣術は怪我をしたりさせたりしないよう訓練されているそうで、身体には関節周りにだけ防具を装着しているのみ。

 そんな状態で、ギルバートが怪我をしないか心配の方が優っていた。


(勝利にこだわらなくて良いから、怪我だけはしないで)


 そう試合前に祈るように思っていた私の心配は、全て杞憂に終わる。

 それは、彼が試合を始めた瞬間、人が変わったように立ち回り、軽々と相手を打ち負かしていくからだった。


(え、もう一騎打ち!?)


 なんと、試合開始三分後くらいにはあっという間に三十人ほどいた人物が、ギルバートともう一人を残して退場していたのだ。

 そのもう一人というのが先日案内してくれたロイス・バルト様で、そんな彼もまた、ギルバートと互角なほど強いらしく、これにはギルバートも悪戦苦闘しているのが伝わってきて。


「ギルバート様〜〜〜!!」

「ロイス様、頑張ってーーー!!」


 そんな二人の試合に、客席から老若男女問わず歓声が上がる。

 私も全力で応援したいけれど、ギルバートの表情から応援するよりも祈るような気持ちが優って、ギュッと両手を握りしめ、固唾を呑んで見守っていると。


(……あっ)


 ギルバートが剣を振り払われてしまい、その手から剣が滑り落ちる。

 それを狙ったように、バルト様がギルバートの胸元の花に剣を向けて……。


「っ、ギルッ!!!」


 そう咄嗟に彼の愛称が口から飛び出していた。

 その声はこの距離と歓声では聞こえるはずがないのに、まるで声が届いたかのように、彼はその剣を(すんで)の所で(かわ)すと、落ちていた剣を拾って下からバルト様の胸元の花を狙い……、その花が床に落ちた。

 その瞬間、ワッと場内が完成に包まれる。

 そして、司会者が声を高らかに響かせた。


「優勝は、ギルバート・ウィズダム!!!」


 その声に、歓声が一段と大きくなる。

 ギルバートは、バルト様と握手を交わし、場内に視線を向けた……と思えば、その視線が不意に私と重なる。


「!!」


 バチッと合った視線に鼓動が跳ねるが、いや、この距離で私が見えるはずがない、気のせいだと心を鎮めようとした、だけど。


(!? こ、こっちに向かってくる!?)


 いや、そんなはずは、とかパニックに陥るが、彼は迷うことなく私の目の前までやってきた。

 そして、彼は胸元に差していた真っ白な百合の造花を取り出し、手に持つと、私に向かって言った。


「……この花を、君に捧げよう」

「……!?」


 それは、先日見た劇……、『花姫と王子』の最後のシーンと重なって。


(っ、まさか……!)


 いや、これは都合の良い夢だ、そうに違いないと言い聞かせるが、目の前の彼はそれを許すことなく、距離をさらに一歩つめ、私の耳元に触れると、その百合を私の髪につける。

 そうして髪につけられた百合を見て、彼は満足げに笑うと言った。


「……やっぱり、君に似合う。 凄く綺麗だ」

「っ、あ……」


 その表情は、確かな熱が込められていて。

 どうすべきか分からず、パニックと嬉しさが同時に込み上げてくる。

 そして、私の瞳からポロポロと涙が零れ落ちるのを見て、彼は笑って言った。


「君が“ギル”と呼んでくれて、凄く嬉しかった。

 そのおかげで俺は勝つことが出来たんだ。

 ありがとう、オリアーナ。

 そして……、俺はそんな君が、大好きだ」

「……!!!」


 それは、私が一番欲しかった言葉。

 さらに、彼は言葉を続ける。


「君の理想に近付けようと頑張ったけど、物語のようには上手くいかないな。

 先日も見て思ったけど、王子はもっと格好良かったし……、けど俺は、君を誰にも渡したくない。

 君には、俺だけの“花姫”でいて欲しいんだ」

「っ、ギルバート……」


 そんな私に対し、彼は笑うと、私の前で跪き口を開いた。


「『私だけの花姫。 どうか私と、婚約』……いや、結婚してくれますか?」

「…………!?!?」


 婚約ではなく、結婚。 そう彼は言い直した。

 その言葉に、余計に泣いてしまって言葉を返せなくて。

 咄嗟に思い付いた私は、気が付けば彼を抱きしめていた。


「っ!? お、オリアーナ!? 俺、汗臭いから!!」

「っ、私も、好き、ギルが……っ、大好き」

「……!! オリアーナ……」


 そう言って彼が、恐る恐ると言ったふうに私を抱きしめた瞬間。

 ヒュー!! と口笛が吹かれ、拍手喝采が起こる。

 今になって気が付いたが、まだここは場内であり沢山の人がいる場所。

 そんな中で抱きしめてしまった私は、慌てて彼から距離を取ろうとするが、それを許さないとばかりに感極まっているのであろう彼は、ギュッと更に私を強く抱きしめた。

 恥ずかしいけれど、その行動に後悔はなくて。

 そんな彼に答えるように、ギュッと抱きしめ返しながら笑みを浮かべたのだった。




 後から知ったことだが、彼はこの試合で私に告白することを、半年も前から決めていたらしい。

 私の婚約がなかなか決まらなかったのも、彼が既に予約していて、両想いになるまで待っていてほしいと互いの両親に相談していたからだったとか。

 そして。


「あの、一つ聞きたいことがあるのだけど」

「ん?」


 ガーデンテーブルを前に、私の隣に座る彼……、些か距離が近過ぎるような気がして、そんな恥ずかしさから彼の顔を直視出来ずに尋ねた。


「貴方がある日、急に口数が少なくなったのも、『花姫と王子』の王子に近付けるため……?」


 『花姫と王子』の王子は、確かに口数が少なく、大人びていた。

 その言動も、どこか最近のギルバートに似ているような気がして、そう尋ねれば、彼はうっと声を喉に詰まらせて言った。


「……ロイス達が、言ったんだ。 俺は、王子とは正反対のタイプの人間だって。

 口数を減らした方が、オリアーナに好きになってもらえるのではないかって……」

「まあ、そうだったの」


 そう言った彼は、居心地が悪そうに俯いてしまった。

 その耳元が赤いことに気が付き、私は笑いながら言った。


「確かに、物語の王子様は素敵だけれど……、でも、私の理想は、ギルバート、貴方自身よ」

「えっ?」


 彼は驚いたように私を見つめる。

 そんな彼に対し、恥ずかしかったけれど、きちんと彼の瞳を見て言葉を紡いだ。


「昔から、貴方が好きだった。

 口下手な私に、色々な話を聞かせてくれて笑わせてくれた貴方が、好きで。

 だから、急に物静かになって、大人びた貴方を見て、私といることが楽しくないのかなって」

「そんなことは決してない!!」

「ふふ、それなら安心したわ」


 そんな彼を見て良かった、と心から思い、ティーカップに入った紅茶に口を付けると、彼は呟いた。


「そうか、俺の良かれと思って抑制していた言動は、逆に君を不安にさせてしまっていたのか」

「え? ……きゃ!?」


 彼が私の腰元に手を回し、グイと引き寄せる。

 それによって更に近くなった距離感で、彼は私を逃さないとばかりに見つめ、笑みを浮かべて言った。


「分かった。 これからは、君を不安にさせないよう、しっかりとこの気持ちを伝えていくことを約束しよう」

「!?!?」


 そう言って、彼はその瞳に込めた熱を向けたまま、私の髪に口付けを落とす。

 それだけで、鼓動がありえないほど速く早鐘を打って。


「ま、ままま待って!? ギルバート!?」

「ギルとは呼んでくれないのか? オリアーナ」

「!?」

「それと、結婚式はいつにしようか?

 君のドレス姿は、物語に出てくる花姫よりずっと綺麗に違いない」

「!?!?」


 こうして、“お試し婚約者”期間を終え、晴れて一度は断られた婚約者……ではなく、結婚が決まった私達の物語は、まだ始まったばかり。



最後までお読み頂きありがとうございました!

終始ほのぼの、楽しんで頂けていたら嬉しいです。

また、ブクマ登録、いいねや下の☆評価を押して応援して頂けたら幸いです…!


10月19日、日間異世界恋愛ランキング11位になりました!皆様の応援のおかげです、本当にありがとうございます…!

また、新作短編『好きな人に“好きな人”が出来たらしい』(https://ncode.syosetu.com/n9916hw/)を公開させて頂きましたので、お手隙の際にお読み頂けたら嬉しいです♪

2022.10.20.

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― 新着の感想 ―
サンドイッチ女子はなんだったのでしょうか•́ω•̀)?
[気になる点] ギルバートは手から剣が滑り落ちたのに、どうやってバルトに勝ったのだ?? 体術禁止なのよね?
[一言] 主人公達互いに、両片思いだと思ってそうですね。 (⁎˃ᴗ˂⁎)どうみても、両想いなのに(*´艸)(艸`*)ネー 両想いなのが気づいていなかったのは当人達だけで 傍から見たら、両想いにしか見…
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