表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

プロローグー2・月明かりに見放された存在


「えっ、男……? あ、いや……ごめんなさい……」


 後ろに立っていた二人の男性のうち、声をかけてきたチャラい印象の金髪の男が、うろたえたように隣にいる黒髪で眼鏡をかけた、きっちりした雰囲気の男と顔を見合わせた。

 その反応は、まるで予想外の展開に戸惑っているようだった。


「見た目はともかく、男ですよ。記憶がなくても、それくらいは今、自分で把握できます」


 少年Aは、自分の体をペタペタと触れながら言った。

 記憶は曖昧でも、自分の身体の感覚から、“自分が男である”ということは確かに分かる。


「いや、それはすまない。君の肌は綺麗だし、髪もふんわりしていた。

 それに、控えめだが香水のような香りもしたので……私も女性かと勘違いしてしまった」


 理知的な印象を持つ黒髪眼鏡の男性が、落ち着いた口調で言った。

 その言葉を受け、少年Aは思わず鼻を近づけて自分の体の匂いに意識を向ける。


(……確かに、優しくて甘い匂いがする)


 どこか懐かしさすら覚える香りが、風に乗ってかすかに鼻をかすめる。

 そういえば、ここに来る途中にも「なんかいい匂いがするな」と思った記憶がある。

 けれど、それが自分自身から発されているとは思いもしなかった。


「す、すいません……自分でも今の状態に気づいていませんでした。なにせ……」


 と、そこまで言いかけて、言葉が止まる。

 ――記憶喪失だということを、この二人に話していいのだろうか?

 一瞬、躊躇が頭をよぎる。


 だが、その逡巡を見透かしたかのように、金髪の男が先に口を開いた。


「記憶喪失、なんでしょ?」


「えっ? なんでそれを……」


 突然核心を突かれ少年Aは驚きの声を上げた。

 軽い口調のわりに彼の言葉は鋭く的を射ている。


「いや、さっき自分で言ってたじゃん? ……まあ、仮に言ってなくても、僕たちは知ってたよ」


 にこりと笑う彼の表情には、どこか余裕があった。

 まるで最初からすべてお見通しだったかのように。


「な、なんでですか……?」


 少年Aの問いかけに対し、彼は少しだけ真剣な顔に戻り言葉を続ける。


「君の記憶喪失の“原因”に、僕たちは心当たりがあるんだよ。

 だから、その話をしたいんだけど……ほら、初対面の男二人に“ついてきて”って言われても、さすがに警戒するよね?」


 その言葉に、少年Aは小さくうなずいた。

 確かに、いきなりそんなことを言われて、はいそうですかとついて行くほど無防備ではない……はずだった。


「あ、はい。まあ……」


 曖昧な返事をしつつも、彼の言葉に含まれる“核心”が気になって仕方なかった。

 記憶喪失の自分にとって、「自分に関係のある情報」は喉から手が出るほど欲しい。

 だが、警戒心もまた確かに残っている。


「とはいえ、記憶のない君には“何が正しくて何が危険か”の判断がつかないだろうから……この場で、ちょっとした証拠を見せるよ」


「証拠……?」


 その言葉に、少年Aの体がわずかに前のめりになった。

 何よりも今、自分が欲しているのは――自分の状況を理解するための“手がかり”だった。


「うん。あの坂の上までで良いからちょっとついてきて」


 金髪の男に促されるまま、少年Aは二人の後を追った。


 坂道を登ると、冷たい夜風が頬をかすめた。

 空はすでに暗くなっており、満月が地上を静かに照らしている。


 ふと目をやると、広がる公園の一角に何人かの人影が見えた。

 彼らは円になって談笑しているように見える。


「じゃ、よく見ててね」


 軽く笑うように言うと、金髪の男は人影の一人に向かって――いきなり拳を振り上げ、殴りかかった。


「えっ!? ちょっ、待っ――」


 少年Aが慌てて声を上げたときには、すでに拳が相手に届く寸前だった。

 だが――その拳は、信じられないことに空を切った。


 まるで霧を突き抜けるかのように、拳はその人物の体をすり抜けていく。


 しかも殴られたはずの相手は、まるで何も感じていないようだった。

 反応どころか、振り返ることすらしない。


「な、なんで……」


 少年Aは、言葉を失った。

 理解が追いつかない――いや、それ以前に、現実そのものを拒絶したくなるような光景だった。


「これが、今の君や僕たちの“状況”。

 ある存在のせいで僕たちは月から見放されているんだよ」


 金髪の男が静かにそう言った瞬間、その言葉が少年Aの胸に深く突き刺さった。


 ――“月から見放されている”。


 重く、冷たい現実が突きつけられた気がした。


 少年Aはその後、自分自身でも同じように試してみた。

 近くにいた人に触れようと手を伸ばす。だが――やはり、何も感じなかった。

 誰にも触れられず、誰からも気づかれない。


 月明かりの下では、まるで“自分たち”が存在していないかのようだった。


「……分かりました。お二人についていきます」


 静かに、だがはっきりと、少年Aはそう言った。

 そして、深く頭を下げた。


 その背に、夜風がそっと吹き抜けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ