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くるくるパーマ

花子が高二の夏休み、仲良が良かった絵理ちゃんと亜紀ちゃんの三人でパーマをかけようという事になった。

 絵理ちゃんはお父さんがアメリカ人という事もあり、端正な顔立ちと抜群のスタイルでチャーミングだった。亜紀ちゃんも、長身で、涼しげな顔立ちのせいか、とても高校生には見えなかった。

花子はというと、昭和を象徴するような中肉中背、手足は短く、両親の悪いところをかき集めたような容姿で、髪は水さえも弾くほど、剛毛の癖毛だった。

三人の中で、花子だけが浮いていた。それは、自他共に認めるところでもあったが、なぜか三人の仲はうまくいっていた。一般的に女という生き物は、自分より容姿が優れている人間をに対して、闘争心が生まれるものだが、花子に関して、それは一切なかった。

それどころか、二人と過ごす時間は、花子にとって、なんとも居心地の良い、ひと時だった。

蝉が競うように泣いている公園を三人が歩いていると、綺麗な女子大生とすれ違った。彼女は飴色の髪に均一に波打ったパーマをかけ、颯爽と歩いていた。それを見た絵理ちゃんが突然大声で言った。


 「なぁ!うちらもパーマかけようや!」


 「えぇなぁ!今から美容院行こうかぁ!」


亜紀ちゃんも、それ、のった!と、言わんばかりに弾んだ声でそう言った。


 花子はというと、内心、風姿を変えたところで自分が特段、可愛くなるとも思えず、かえって滑稽に見えるだけだと乗る気ではなかった。けれど、花子の気持ちを見透かしたように亜紀ちゃんが言った。


 「花子、あんたの癖っ毛はパーマをかけると、ごまかせるんとちゃうか?それだけでもウキウキせぇへん?」


 それを聞いて絵理ちゃんも、せやせや!と、笑顔でうなずいた。


 ウキウキ。


 花子は、そのウキウキにかけてみようと思った。

 さっきすれ違った女子大生のようにパーマをかけ、コンプレックスという壁を打ち破る事にしたのだ。


「そうや、この近くに、人気の美容室があんねん!そこにせぇへん?」


 亜紀ちゃんがそう言うと、三人は軽快な足取りで、その美容室へと向かった。

 美容室に入るやいなや、目が覚めるほど鮮やかなピンク色の髪をした、おしゃれな美容師を見て花子は怖気付いた。

そして、それ以上足が出なかった。

 けれど、そんな花子の様子に気づく由もなく、美容師が近付いて来ると、半ば強引に席に誘導された。

絵理ちゃんを担当する美容師さんは、20代後半といった感じで、長い黒髪を一つに縛ったとても綺麗な人だった。

 亜紀ちゃんの担当も、新米ながら、それを感じさせない程、堂々としていて、気さくな感じの男性美容師だ。けれど、なぜだか花子には店長が付くことになった。

 おそらく、これだけ難解な髪質を、若手が手に追えるはずがないと悟ったベテランの店長が自らついたのだと花子は気づいていた。

ベテラン店長はとても若々しく見え、甘い顔立ちの男前だった。

きっと、芸能事務所の社長が、この人を早くに見つけていれば、きっと彼はハサミではなく、マイクを持っていたに違いない。花子は急に恥ずかしくなり、鏡の中の自分を凝視出来ず淵ばかり見ていた。


 「どんな感じにしますか?」


 そう店長が花子に尋ねてきた。


 どんな感じ。


 どんな感じなら、まともに見えるのだろうか?


 剛毛で可愛くない自分が要望を言ってもいいのだろうか?そう思って花子は萎縮した。

 そんな花子を気遣うように店長が優しくこう言った。


 「お客様は、良い癖毛なので、毛先を軽くしてゆるくパーマをかければ、外人さんみたいなふわふわ感が出て可愛いですよ!」


 癖毛に良し悪しがあるのか?花子は疑問に思ったが、嫌みのない店長に委ねてみようと思った。

しかし、のっぺりとした自身の面相が、パーマをかけたくらいでで外人風になるというのは誤想だが、とりあえず、未知の領域に踏み込んでみようと花子は決心した。

 ふと、横を見ると絵理ちゃんも亜紀ちゃんも初対面だとは思えないほど、美容師さんと打ち解け、楽しそうに会話をしていた。

自分に自信がないと、こんな敷居の高い場所で、あれだけ自己アピールなど出来るものではない。店に入り、一時間経つというのに未だ慣れずにいた花子は、相変わらず鏡の淵ばかり眺めていた。頭の上の夥しい数のロットは、お洒落な鎌倉大仏のように見え、自分の姿が滑稽に思えた。

花子は笑い出したい気持ちを必死に堪え、もう外してくれ!と、心の中で呪文の様に、何度も唱えていた。


 鏡越しに絵理ちゃんと亜紀ちゃんを見ると、花子同様、カラフルなロットを巻かれていたが、どこか、お洒落だった。

 可愛い子は、何をしても様になるのだ。天は二物を与える。花子は二人に見惚れていた。


 美容室に来てから二時間半が経ち、ようやく三人は仕上がった。


 元々、色も栗色で柔らかい髪質の絵理ちゃんは、さすがハーフなだけあって、見とれるほど可愛くなっていた。その姿は、とても高校生には見えなかった。

 亜紀ちゃんも、アジアンビューティーに、さらに磨きがかかり、パリコレのモデルの様だった。


 花子はというと、鏡に映る自身の姿に見覚えがあった。


 「あっ、バッハだ」


 花子は思わず呟いた。


 そうだ、音楽室の壁にかかっているバッハの肖像画そのものだ。と、花子は言葉を失った。本来なら、その仕上がりに茫然自失となるところだが、やはりそこは花子だった。


 思わず、腹を抱え、笑ってしまった。


 そんな花子の様子に絵理ちゃんや亜紀ちゃんはもちろん、手掛けた店長さんや他のスタッフも呆気に取られていた。


 「花子、なんで笑うてんの?」


 亜紀ちゃんがキョトンとした顔で花子に聞いた。


 「だって、バッハそっくりやん!」


 「ほんまやっ!」


 「なっ!バッハやんなぁ!」


 花子と絵理ちゃん、そして亜紀ちゃんも腹を抱えて笑った。


 他人事のように笑う花子を、一番、困惑した表情で見ていたのは店長だった。


 立つ瀬がない店長は、弱々しい声で花子に言った。


 「気に入らなかったのなら、やり直しますよ」


 さっきまで凛としていた店長さんから、覇気がなくなっていた。申し訳なく思った花子は思わず嘘をついた。


 「バッハって言うのは、女子高生の間で流行っている言葉で、可愛いとか、似合っている、とか、そう言う意味です。ほんまです。店長さんは美容師さんやのに、知らんかったんですね」


 花子は笑いながら、苦し紛れの嘘をついた。


 これは嘘やない。そこに愛はあるんやからっ! 花子は、そう心で叫んでいた。


 花子の精一杯が伝わったのだろう。店長が花子に深々と頭を下げた。


 そして、顔を上げた後、花子にこう言った。


 「ほんまに、バッハですね」


 そう言って、泣きそうに笑った。おそらく、客を満足させる事が出来なかったという敗北感が、彼の表情を歪めたのだろう。


 誰が見ても、パーマが花子に似合っていない事は明確だった。店長も、それを生業にしている以上、客を満足させなくてはならない義務がある。けれど、彼は言い訳をしなかった。


 やり直します。そう言っただけだった。


 花子はそれが嬉しかった。ごまかしや、嘘を躊躇なくつく人間が沢山いる中で、彼は正直だった。どれだけ優れたものを提供しても、そこに愛がなければ、それは、まがい物だ。


 そう思った花子は、バッハそっくりな、この髪型に愛着が湧いてきた。


 「店長さん、これバッハで、気に入りました。ありがとう。また、来ます」


 花子はそう言って笑った。


 すると、更に店長さんの顔がクシャっとなり、大きな目が濡れたビー玉みたいに光った。


 「花子!あんた似合うてるで!めっちゃ、バッハやん!」


 亜紀ちゃんが突然大きな声でそう言うと、絵理ちゃんも、ほんまバッハや!と、連呼した。他の美容師さんやお客さんもバッハと言い出し、店内だけの流行語が飛び交い、和やかな雰囲気になった。 

三人が店を出て、帰路につく途中、商店街の中にある洋品店のおばちゃんが店先を箒で掃いていた。

 洋品店のショーウィンドウの中のマネキンは、何年も前から同じ服を着せられ、同じポーズで立っている。

しかも、そのスタイリングはお世辞にもセンスがいいとは言えず、おまけに色褪せていた。

 そんな服をマネキンに着せるくらいだから、おばちゃんも言わずと知れたセンスで、どこに違いがあるのかと疑問に思うほど、毎日、着衣しているヒョウ柄の服は目を見張るほど派手だった。


 三人は、その、おばちゃんに密かなあだ名を付けていた。


 ベルツノガエル。略して、ベノガー。


 花子達が、課外授業で大学へ行ったときの事だ。理学部の生物学科で講義してくれた教授は、いかにも学者というオーラを前面に出していて、話も中々、興味深いものだった。

 熱帯の生物が色鮮やかなのは、護身である事が多いが、その他に異性を引き寄せる為でもあると説明してくれた。

 中でもベルツノガエルは体がまん丸で、愛嬌があって、可愛かった。

 土に体を埋め、待ち伏せして獲物を捕る「待ち伏せ型」のベルツノガエルの写真を見た時、花子は洋品店のおばちゃんとリンクした。

 おばちゃんは、ボッテリとした体型で、お会計をする小上がりに、いつも座って通行人を見ていた。その様子が待ち伏せしているように見えたからだ。

 花子は、いつもそのおばちゃんと目があっていたが、こんな女子高生など相手に出来ない。と、いう表情ですぐさまソッポをむかれていた。

 花子は花子で、こんなダサい店、誰が来んねんっ!と、伸びきったヒョウ柄を見ながら、肚の中で小馬鹿にしていた。

 けれどその日、おばちゃんはパーマをかけた花子を凝視していた。


 「なぁ、ベノガー、花子の事、めっちゃ、ガン見してへん?」


 亜紀ちゃんが言った。


 「ほんまや。なんで花子だけを見とんのやろぉ?」


 絵理ちゃんも首を傾げながら、おばちゃんを敬遠していた。


 三人は素知らぬ顔で店の前を通過しようとしたその時、突然、大声でおばちゃんが叫んだ。


 「あんた!似合うてるで、そのパーマ!どこで、あててきたん?」


 あんた。


 「誰に言うてんのやろぉ?」

亜紀ちゃんと絵理ちゃんは同時にそう言った。


 しかし、花子は、自分に向けられた言葉ではないと思い、そっぽを向いていた。


 ところが、おばちゃんは花子を指し、こう言ったのだ。

 「あんた!ピンクのあんたに言うてんねぇん!」


 ピンク?


 三人は首を傾げたが、花子のピンク色の靴下に気がつき驚いた。


 「わたし?」


 驚いた花子がそう言うと、


 「せやでぇ!あんた、パーマ似合うてるわぁ!可愛いでっ!」


  花子は顔を赤らめた。


 褒めてくれた相手が悪趣味で、敬遠の仲だと思っていた洋品店のおばちゃんでも、そう言われて花子は嬉しかった。

 普段は目つきも悪く、高校生など、この店に金など落とさないと、相手にもしていなかったおばちゃんが、お世辞など言うはずがない。けれど、そんな、おばちゃんが微妙に口角を吊り上げ、花子を褒めたのだ。


 パーマを褒められた事より、おばちゃんの温かい部分に少しだけ触れたような気がして花子は嬉しかった。そして、先入観というものを、自分の体内から排除しようと花子は思った。


 水に流す。


 この言葉はこんな時に使うのだろうか?

お馬鹿な花子はそんなことを思っていた。 商店街を抜けた所で三人は別れた。

 お互い手を振り、亜紀ちゃんと絵理ちゃんは振り返らず歩いて行った。


 花子はなんとなく立ち止まり二人を眺めていた。すると、男子高校生が絵理ちゃんとすれ違った。 その瞬間、男子高校生が彼女に見とれていたのが花子には分かった。

 同じくして、亜紀ちゃんを小学生の集団が綺麗なお姉ちゃん!と、口々に言い、羨望の目で見ていた。

 花子は誇らしかった。


 彼女たちは人間らしい人間だから。


 彼女たちのアイデンティティーが好きだった。


 そして、そんな彼女たちと知り合った自分が誇らしかった。


 二人の姿が視界から消えてしまうまで、花子はずっと見ていた。

 帰路の途中、花子はある事に気づき突然、立ち止まった。

パーマをかけた自分を見て、激怒するチャ子が想像できたからだ。 花子は咄嗟に鞄から水筒を出し、入っていた麦茶を手ですくって髪の毛に撫で付けた。

ところが、花子の意に反してパーマをかけた毛が余計にうねりだし、諦めろ!と、言っているようだった。

パーマは水分を含む事ではっきりと、その姿を現わす事を花子は知らなかった。


 花子と同じクラスの陽子ちゃんはクルクルとした天然パーマだった。


 ある時、彼女が暑いからと言って運動場にある水飲み場で頭から水をかぶっていた事があった。その時、彼女の髪の毛が驚くほど真っ直ぐで、濡らす前より髪が長くなっていた事に驚いた花子は、陽子ちゃんに聞いた事があった。


 「陽子ちゃんの髪の毛って、濡らしたら真っ直ぐになんねんなぁ」


 「そうやねぇん。天然パーマは濡れたら真っ直ぐになんねぇん。ほんま、嫌いやわ、この髪質」


 陽子ちゃんはそう言って顔を顰めた。


 花子はその時の事を思い出したのだ。


 花子は、天然と人工の違いを知らなかった。


 水筒の麦茶が全部なくなった頃には花子の髪型は完全にバッハになっていた。観念した花子は、チャ子の荒々しい剣突を食う覚悟で家に入って行った。


 玄関が開くと同時に、チャ子が台所から出てきた。


 花子が、森でクマと遭遇したような驚き方をすると、チャ子は、唯なる威圧感で花子に近づき、こう言った。


 「あんた、パーマあててきたん?」


 「うん」


 花子が恐怖の余り、肩をすくめた。


 すると、チャ子は思いも良らぬ事を言った。


 「あんた、頭の中もクルクルしてんのに、外見もクルクルして、クルクル三昧やなぁ」


 チャ子は、それだけ言うと再び台所に戻って行った。


 クルクル三昧。


 玄関に突っ立ったままの花子は、チャ子の名言に心底、感心した。


 チャ子はただ、花子に叱咤する気も起きず、心底呆れたのだ。


 チャ子が張った結界が、花子を家中に入る事を許さず、パーマをかけた花子の頭上を、二匹の蝿がぐるぐると回っては止まり、を、繰り返していた。


 




 


 


 


 

























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