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葬式玉手箱

花子の父親、政夫は必ず子供達を葬式に連れて行く。それが、政夫流の子育てだった。花子や姉の恵子も会った事のない人が亡くなっても必ず連れて行かれた。

大寒の真っ只中、花子が嫌っていた近所の爺さんが死んだ時も政夫は嫌がる花子を例外なく葬儀に連れて行った。今までは仕方なく参列していたが、この爺さんの時だけは2人とも行きたくないと言う気持ちは共鳴していて、特に花子は拒んだ。何故なら、花子の通学路には必ずその爺さんが立っていて、見守りと称して頼まれもしないのに通学中の子供達に口うるさく注意していたからだ。前を見て歩けだの、線からはみ出るなだのと大きな声で注意するものだから、花子にとって朝っぱらから面倒な相手だった。

花子も一度大声で怒鳴られた事があった。それはそれはドスの効いた低い声で叱るものだから花子の背筋は凍った。爺さんはステテコに腹巻、髪はパンチパーマで極めて黒に近いグレーのサングラス。おまけに、左手の小指が曲がっていた。花子は思っていた。あれはヤクザの親分に小指を切られて曲がったに違いない。そう確信していた花子は爺さんを893とよんでいた。893。つまりヤクザだ。あの日は朝早く友人の山ちゃんとバトミントンをする約束をしていた花子はランドセルを左右に大きく揺らし必死に走っていた。ところが、それを見てい爺さんが花子にむかってこう叫んだ。 

「お前!その線からはみ出たらアカンぞ!おい!おかっぱ!はみ出るなっちゅうてんねん!」

けれど、花子は聞こえてはいない素振りをし、逃げるように車道を突っ走った。すると、爺さんが笛を吹きながら物凄い勢いで追いかけてきた。そして、足の遅い花子はあっという間に捕獲された。唾を飛ばし、金歯を見せて怒る爺さんを花子は心底疎ましく思い、輪をかけて爺さんが大嫌いになった。

「あの爺さんが死んでも誰も悲しむもんなんておらんへんわ!」そう思っていた。ところが、その爺さんの葬儀に行って花子は驚いた。葬儀場は弔問客がで溢れかえっていたのだ。以前、人の価値は死んだ時に分かるんや。と、政夫が言っていた事を花子は思い出していた。爺さんを嫌っていた花子は、どうしてこんなに弔問客がいるのか全く理解出来ずにいた。ところが花子の横で隣のクラスのまきちゃんが号泣していた。花子は驚いて咄嗟に聞いた。

「まきちゃん、爺さんが死んで、そんなに悲しいん?」

すると、まきちゃんはおぼつかない口調で花子にこう言った。

「善さんはなぁ、めっちゃ優しい人やってん。せやから、明日から善さんが通学路におらへんとおもうと涙が出て止まらんのや。あんな良い人は二人とおらん!善さんの善は善さんの為にある字なんや」

そう言うと、まきちゃんは再び泣き出した。


善さんの善。


花子は分からなくなった。あの極悪人のような爺さんの名前が善という事もしっくりこないうえに、爺さんを良い人という子供がいる。花子は死んだ爺さんが一体何者なのか、本当に同一人物なのかすら分からずカオス状態になっていた。すると、まきちゃんの横で同じくハンカチで涙を拭っているまきちゃんのお母さんが小さな声で言った。

「善さんのお子さんは通学路で亡くなったんよ。トラックが突っ込んできてなぁ。たまたまなぁ、その日はお子さんの誕生日やったんやて。誕生日やしトラックで登校したい言うてせがんだんやけど、皆んな頑張って歩いているのにアカンって言わはってんて。善さんはトラックの運転手やったから、お子さんもトラックが好きで、よう乗せてもろてたらしいわ。その事をずっと悔やんではったわ。よりによってトラックに命奪われるなんてなぁ。因果な話やわ。それからや、善さんが子供達を見守る様になったんわ。うちのまきも一回危ない目にあってね、体はって善さんに守ってもろたんよ。この辺の人達は皆んな善さんにお世話になって。ほんま、あんなえぇ人二度と出てこんわなぁ。そういえば花ちゃん、あんたもその一人なんやで。一年生の時、自転車とぶつかりそうになって、善さんがあんたを抱えて助けたんよ。その時、善さん小指を骨折しはって。覚えてへん?新しいピカピカのランドセルに傷つけて、ごめんなごめんな言うて謝ってはったよ。覚えてない?」

花子はしらすの様な細い目をこじ開け驚いた。

「あ、あの傷そうやったんや」

花子は思い出していた。買ったばかりの新しいランドセルに傷をつけて、チャ子にひどく怒られたことをは思い出した。けれど、チャ子の怒号だけが記憶に残っていた花子は、傷の原因を忘れていた。確かに誰かに助けられた。まさか、それが忌み嫌っていた爺さんだったとは思わなかった。けれど、爺さんは自分のせいで大怪我をしたのに自分はおろか両親も知らない、公にもならない。その事が不思議で仕方がなかった花子はまきちゃんのお母さんに聞いた。

「なんで、爺さんは家に言いにこんかったんやろ?」

すると、まきちゃんのお母さんは静かにこう言った。

「それが、善さんなんや」

まきちゃんのお母さんが言ったその言葉を花子は理解した。理解したうえで涙が止まらなかった。あの曲がった小指は私のせいや。爺さんは私の全部を守ってくれた。命も体もそして何より、自分のせいで他人に怪我をさせてしまったという心の傷からも体を張って守ってくれたのだと。それに気づいた瞬間、花子は膝から崩れ落ちていった。死んだ人には気持ちを伝える事は出来ない。花子は爺さんに心から謝りたかった。政夫が言った言葉を花子は初めて理解した。

そして、祭壇で金歯を剥き出しに笑っている爺さんの写真に土下座をした。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


花子は小さな体を震わせて小さく小さく呟いた。

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