婆ちゃん家(父)その二
もうそろそろつくかと思われたとき、親父が目を覚ました。
「んぁ、どこだ?ここ」
前回よりも起きるのが早い。もしかして耐性でもついたのだろうか。
「車の中、もうすぐ着くよ」
「おお、そうか……って何だそのマスク!?」
後部座席に乗っていた親父からは、助手席に乗っているマスクをつけた人物が見えたのだろう。お前も同じのつけてるぞ。
「個性的な娘なんだな……」
こんなガスマスクをつけて彼氏の祖父母の家に行くのは個性的で済ませていいのか。
それから数分後、到着した。
何か知らんけど結構大きな家だ。昔はあんまり疑問に思わなかったけどそこそこ金持ってないと住めないよう日本家屋。
前回とは違い、今回は親父がカギを持っているので、変な家族のお出迎えとかがない。
「ただいまー、誰かいるかー?」
親父がそう問いかけるも、家の中には誰もいないのか返事は帰ってこない。
「おっかしいな」
そのままずんずんと進んでいき、居間までたどり着くと人の気配がした。
「なんだ、いるじゃねぇか」
「だ、誰じゃお前!?」
「見りゃ分かんだろ息子だよ」
「ふ、不審者じゃー!」
「なんでだよ!」
親父はそこにいた人物、爺ちゃんにそう返すが、自分の見た目を鏡で一回見てきてほしい。どっからどう見ても不審者だ。
「爺ちゃん、久しぶり」
「お?」
マスクを被っていない俺のことはきちんと認識できるのか、今回は騒がずに反応を示した。その横でようやく自分の姿に気が付いたのか、急いでマスクを外す親父。
「一はじめか!大きくなったの!」
「いや、雄二、孫の」
「何を言っておるんじゃ?」
「テメェが何言ってんだよ!」
マスクを外した親父がツッコミを入れるが爺ちゃんは不思議そうな顔をする。
「誰じゃ、お前?」
「一だよ!あんたの息子だよ!」
爺ちゃんはまじまじと親父のことを観察して、
「お前なんぞ知らん、最近流行りのオレオレ詐欺か?儂はそんなもんには騙されんぞ」
「こんな堂々と詐欺しに来る奴がいるかよ!」
見ての通り、爺ちゃんはボケている。
まあ元気そうで何よりだ。
すると、襖が勢いよく開けられ、入ってきた人物に二人は殴られる。
「「いてぇっ!」」
「うるさい!久しぶりね雄二君も健三君も」
「ども」
「お久しぶりです」
そこに現れたのは俺たちの叔母に当たる栄梨乃さかえりのさん。彼女は年齢にそぐわない見た目をした美人さん。親父の姉だ。
「いってぇな!何しやがる!」
「お客さんが来てるのにうるさくするアンタが悪いんでしょうが」
「あ?誰か来てるのか?」
こいつ滅茶苦茶態度悪いな。実の姉に対してなんという物言いだ。それに関していえば、ボケが始まってる実の父親に対して容赦なくグーで殴っていたところを見るとやはり姉弟だ。
「は?雄二君が彼女連れてくるってアンタが言ってたんじゃない。そういえば、その女の子は?」
キョロキョロと辺りを見渡して探している。
「こいつですよ」
「えっ」
俺が背負っていた紫帆さんを見せてやると、梨乃さんは若干引き気味でいる。
「それ人だったの?どうしてガスマスクなんか……」
「まあちょっと事情がありまして」
「そう、その、個性的な娘なのね」
苦笑いで何とか誤魔化そうとしているが、その引きつった笑みは隠しきれていない。反応は完全に親父と一致した。やはり姉弟だ。
「とりあえず部屋を移しましょ。お母さんももう少ししたら帰ってくると思うから」
お婆ちゃんは意外とアクティブだ。多分今日もどっかで何かしらの運動をしているのだろう。それまでには紫帆さんには目覚めてほしいものだ。とりあえず布団に寝かせて、そのそばで倒立をしてみる。
「ん、んんっ……」
「あ、起きましたか?」
「ここ、どこ?ていうか前が見にくい……」
「ここは俺の祖母の家で先輩はガスマスクを被ってます」
「そっかー」
今ので納得したのか、かなりの順応力。
「って、私どうしてマスクなんて被ってるの?」
「人様に見せられないような顔をしていたので」
「それ、どんな顔よ……ていうかどうして雄二は倒立をしているの?」
「ノリです」
「それ、どんなノリよ……」
寝起きだからか、少しだけ覇気が感じられないが、そのうち戻るだろう。ガスマスクを外すとその綺麗な顔が露わになる。寝起きで、しかもマスクをずっとかぶっていたからむくんでクシャクシャになっているというのに、美人に見えるのはそれだけ元の顔が整っているということか。
「今日はそういう方針のツッコミなんですね。分かりました」
「何を把握してんの?それより早くその倒立止めなさい。話しづらいから」
徐々に覚醒してきたのか、先程よりもしっかりした口調で言ってくる。
「それより頭大丈夫ですか?」
「え、私今喧嘩売られてる?寝込んでいる人の隣で倒立している人に頭の心配されてる?」
「や、そういうのじゃなくて、さっき頭打ったんですけど憶えてないですか?」
「ああ、確かに」
一瞬睨まれてしまったが、きちんと説明してやると打ち付けた箇所を手で触りながら確認をする。
「大丈夫、なんともなさそう」
「ホントすみません」
「全く仕方ないんだから」
呆れたように許してくれる紫帆さんは少しいつもよりお姉さんな感じがして久しぶりにこの人が年上であることを認識させられた。