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婆ちゃん家(母)その一

夏休みに入って間もなく、俺はとうとう婆ちゃんの家に行く。

 緊張しているのは俺だけではない。


「あ~、どうしよ。僕平静でいられる自信ないよ」

「ふん、堂々としてりゃいいんだよ」

「親父、ズボンと服逆だぞ」

「うおっ、ホントだ!」


 どうしたらそんな間違いを起こすのか、我が父ながら本当に謎だ。一番焦っているのは間違いなくこいつだろう。


「じゃあ俺は迎えに行ってくるから」

「うん、行ってらっしゃい」


 急いでズボンと服を入れ替える父と、汗でびっしょり濡れたTシャツを着ている弟に見送られながら家を出る。そんなに暑いならエアコンの利いた部屋に早く入れよ。


 そして、


「よっ」

「ど、ど、どうしたんですか、こんなところで!」

「どうしたもこうしたも待ち合わせしてたと思うんだけど」

「へー、そうなんですねー」

「うん、じゃあ俺行くわ」

「あ、はーい」


 そのまま美緑の前を通り過ぎようとする。


「ってちょっと待ったあああ!」


 腕をガシッと掴まれて、俺の足は止められた。


「なんだよ」

「なんだよ、じゃないですよ!待ち合わせの相手は私ですよ!どうして通り過ぎようとするんですか!」

「いや、なんかお前が全然そんな感じしなかったから俺間違えてるのかと思って、かといって間違えてたら言うの恥ずかしいし、だからそのまま何事もなく帰ろうかと思ってたんだけど」

「ご丁寧に説明ありがとうございます!すみませんでした!緊張して変なこと言ったかもしれないですけど、そんなの間に受けないでくださいよ!」


 どうやら、俺が間違えていたわけではないらしい。危うく約束をすっぽかすことになるところだった。


「ったく、気をつけろよ」

「え、どうして私怒られてるんです?」

「よし、行くぞ」

「ダメだ、この人と会話をしようと思ったのが間違いだった」


 流石にそれは言い過ぎじゃないか。俺が人の言葉を話せないみたいじゃないか。

 しかし、俺との会話で少しは緊張がほぐれたのか、先程よりリラックスした様子で俺の後をついてくる。


「雄二さん」

「なんだオラ」

「なんだか今日はすごい高圧的ですね……まあいですけど。おばあ様のお家に行くんですよね?」

「そうだよ。優しいから覚悟しておけよ」

「一体何の覚悟が必要なんですか、それ」


 そうこうしているうちに我が家へ到着。ここから祖母の家には車で向かう。祖母とか言ったけど普段は婆ちゃんって言ってます!


「ここが雄二さんのお家……」

「健三にはもう会ってんだろ?」

「あ、それは、はい」

「親父のことは基本無視しとけば大丈夫だから」

「え、」

「帰ったぞー」


 何か言いかけていたようだが、それを遮り中へ入る。なぜか誰も反応しない。美緑には玄関で待っててもらい、嫌な予感がしつつもそのままリビングまで行くと。


「あ、兄ちゃんお帰り」

「おう、帰ったか」

「帰ったか、じゃねぇよ!」


 俺の懸念していたように二人がすでにいなくなっているということはなかったが、代わりに


「何でテメェ酒飲んでやがる!今から運転だろうが!」

「うるせぇ!こちとら緊張してんだよ!酒飲まねぇでやってられるか!」

「うそん」

「ごめんね、兄ちゃん。止めたんだけど」


 どうやら、俺がいなくなったあの数分の間にこの親父は酒を飲んでしまったらしい。


「酒くせぇ親父を彼女に会わせられるかってんだ」

「そうだよ、そもそもおばあちゃんに会う時お酒入れたままま?まだお昼なのに」

「俺たちが行くって分かってんだ、どうせあいつも飲んでんだろ」


 親父の言うあいつ、とは母さんの弟で俺たちの伯父にあたる人だ。


「はぁ、どうやっていくつもりだよ」

「お前が運転しろ」


 俺は大学一年の時に免許を取っているので一応運転はできるが。


「それでも彼女乗せるのに酒臭い奴はなぁ」

「僕に任せて」


 すると健三は何処でそんなの習ってきたのか、親父の後ろに立つと頭をぐらぐら揺らし始めた。


「僕が数えた三秒後にあなたは眠くなる、三、二、一、はい!」


 するとどうだろう、親父は本当に力が抜けたように眠ってしまった。


「そして、これをつけて」


 その上にガスマスクのようなものを被せたらあら不思議、匂いも消えて誰にも迷惑をかけないただのお人形さんになってしまいました。


「さっきの催眠術といいそのマスクといい、お前一体どこでそんなものを」

「まあ、それは置いといて、待たせてるんでしょ?早く行かないと」


 今日も俺の弟は不思議だ。これからもよろしく頼むぞ弟よ。

 玄関先へ行くと、落ち着かない様子でソワソワしている美緑の姿があった。


「そこの角を曲がって右の扉」

「え?」

「なんだ、トイレじゃないのか?」

「違いますよ、まあ発想はなんとなくわかりますけど……それより、大丈夫なんですか?何か言い争っていたような気がするんですけど……」

「大丈夫大丈夫」

「そう、なんですね。えっとじゃあご家族の方は……」

「ああ、それなら」


 タイミングよくリビングの方から親父を担いだ健三が出てくる。


「えっ」

「お久しぶりです、雄二の弟の健三です」

「あ、こんにちは美緑です」


 挨拶されたから返しはしたものの視線はその背中にあるガスマスクに釘付けだ。


「えっと、背中の方は」

「父です」

「ん?」

「父です」

「あ、はい」


 どうしてマスクを被っているのかとか、どうして意識がないのかとか聞きたいんだろうけど、聞いていいのか分からないようなそんな顔をしている。

 俺の袖をくいくいっと引っ張って端の方へ誘導する。


「本当に何もなかったんですか!?」


 その最もな質問に、俺は腕を組み、


「……なにも‼‼な゛かった…‼‼‼」

「誰が、三刀流剣士の名シーンを再現しろなんて言ったんですか!」

「つっても本当に何もなかったんだよ」


 俺のセリフに懐疑的な目をしつつも、ずっと背負っている健三のことも放置できなかったのだろう。


「すみません、少し打ち合わせを」


 なんのだよ。

 すると、健三ではなくその背中にいるガスマスクに向かって、


「雄二さんの彼女を務めさせていただいております美緑です。よろしくお願いします」


 意識のないガスマスクをつけたおじさんに向かって挨拶する様はそれはそれは奇妙であった。

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