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美緑の気持ち その一

 初め聞いた時は、よく分からなかった。


 全然戻って来ない雄二さんを呼びにトイレまで行くと、何やら京子ちゃんと雄二さんが言い争っている。またいつものやつか。そんな風に呆れながら近づいていくと、なんだか様子がおかしい。

 そして、声が聞こえるところまで近づいた時、聞こえてきた言葉は。


「そもそも!雄二が三股なんてするからいけないんだよ!」

「ちょ、お前、それは」

「なに?あんなに可愛い人たちを三人も!普通に考えて最低だよね!何より、それを知られないように、従妹のワタシのことまで巻き込んだのがよくない!」

「頼むから静かに!」


 ……え、どういう、こと?

 雄二さんが慌てて京子ちゃんの口を塞ぎに行く。周りの人から向けられる目を気にしながら、京子ちゃんが落ち着くのを待っていた。

 しかし、私は京子ちゃんが一体言葉の意味を理解するのに時間がかかって、理解したくなくて、その光景を見ながら呆然としてしまっていた。

 京子ちゃんの冗談だと思いたい。でも、雄二さんの慌てようから嘘ではないようにも思えて……

 なんだか静かになったな、なんて他人事のように思いながら顔を上げると、雄二さんと京子ちゃんが私のことを見て目を丸くしていた。

 そして雄二さんと目が合った瞬間、私は駆けだしていた。


 もしかしたら、きちんとあの場で話しておけばよかったのかもしれない。そんな後悔が一瞬頭をよぎるも、どうせ話し合いなんてできなかっただろうとその考えを振り切った。

 どれだけ走ったのか、人の間を上手いこと縫って走っていたためか、私の遅い脚でも追いかける声が聞こえた二人を撒くことに成功した。


 走り疲れて、何も考えられなくて、ただひたすらに足を前に動かしていた。

 後ろで花火が上がった。微かに雄二さんの声が聞こえたような気がした。しかし、その声に反応する気力も、花火に目を向ける感性も私にはなかった。



 それから数日が過ぎた。

 祭りの翌日、逃げるように実家に帰ってきた。

 元々帰る予定だった私は、バイトにシフトを入れていなかったことは不幸中の幸いか。


 連日、雄二さんからメッセージが送られてきていたが、何が書いてあるのか何を話せばいいのか、怖くてメッセージの内容すら確認していない。


 雄二さんは何を思っているのか、いつから三股なんてことをしていたのか。雄二さんの気持ちは。この数日間、雄二さんを避け続けているというのに、考えることはその彼の事ばかりだった。


 きちんと話さなければ、そう思いつつも一歩が踏み出せず悶々とする日々。

 お母さんは私の様子に気づいていながらも、何も言うことはなかった。


 そんなある日のことだった。インターホンが押され、お母さんが出る。

 すぐに戻ってきたお母さんは、誰かを家に上げたようだった。康太たちの友達かな?そんなことを考えていた。

 いつものようにリビングでダラダラぼーっとしていた私は、突然の訪問者に驚かされることとなる。

 二人の部屋に行くと思っていたから、予想外にも開け放たれた扉の方に、自然と目が行った。


「えっ……」


 ダル着が恥ずかしいとか、変な態勢で出迎えてしまったとか、そんなことは二の次で、今頭の中を占領しているのは混乱だった。


「どうして……」


 そのどうしては、どうしてここにいるのか、なのか、どうして家が分かったのか、とか、いろいろな意味があったのだろうか。言った自分でも分からない。

 問いかけた相手、京子ちゃんはいつものような快活な表情とは打って変わって、とても暗い顔をしていた。その表情から、祭りの日のあれが冗談ではなかったのだろうと理解させられた。


「美緑……」


 京子ちゃんは私の名前を呼ぶと、それ以降喋らなくなった。どこか様子のおかしな京子ちゃんに、私はなんて声をかけていいのか分からなくなる。


「京子ちゃん?」

「ひっく、うぐ、ひっ」


 え、え?泣いてる!?


「ちょ、本当にどうしたの?」

「美緑、ごめん……ごめんなさい……」


 京子ちゃんは、私の質問には答えず、ただ私に謝罪をした。


「どうして、京子ちゃんが謝るの?」


 やはり、こちらの言葉を聞いている様子はなく、ただただ泣いていた。

 お母さんは、状況を飲み込めていない様でだった。ただ、自分がいると話ができないと気を利かせてくれたのか、弟たちを連れて外へ出ていった。


 しばらくして、涙の止まった京子ちゃんと向かい合って座った。


 最初は戸惑ったけど、京子ちゃんが取り乱しているのを見て、そんなものはどこかへと言ってしまった。

 京子ちゃんは俯いていて、その表情は窺い知れない。

 ここに来たからには、私に用があったのあろうけど話始める素振りはない。ならばと、初めに感じた疑問をそのままぶつけた。


「京子ちゃん、どうして私の家知ってるの?」

「……前、聞いたから」


 前、というのは雄二さんの実家に行った時だろう。言われてみれば、確かに年賀状の話になって住所を教えあったかもしれない。そんなことにすら思い当たらないくらいには、今でも動揺しているらしい。


「じゃあ、どうしてここに来たの?」


 まあ、何の話かは想像つくんだけど……。

 京子ちゃんは、十分に間を取って口を開いた。


「……この前の祭りで言って事なんだけど」


 そうだよね。それしかない。どうして京子ちゃんがそんなにも暗い表情をするのかは分からないけど。


「うん」


 短く相槌を打った。

 嫌だ、聞きたくない。本心ではそう言っているのに、今の京子ちゃんを見ていたら、それを聞かないという選択肢はなかった。


「雄二が、三股してたのは本当。美緑と付き合ったその日から、なんだって……」


 認めたくない。知りたくなかった真実を、京子ちゃんは言った。

 私が健三君経由で告白された日に、一体何があったのかも、語ってくれた。

 それからも京子ちゃんは、夏祭りの日に起きたことを語ってくれた。二人で協力してバレないように工作するはずだったこと。全部知った上で雄二さんのことを手伝おうとしていたこと。


「そっか……」


 私は、その残酷な真実を、その一言で受け止めた。言われてみれば、少し納得できるところもあった。バイトには週四回も入っているのに、何故か常に金欠であるようなことを言っていた。それは、使う相手が多かったからなのだろう。


 私の気になっていたことは聞くことができた。三股は真実だった。でも、まだ一つ、一番知りたいことが聞けていない。


「美緑、ごめん……」

「だから、どうして京子ちゃんが謝るの?」

「黙ってた。それに、雄二の三股を手伝ってたし……」

「そんなの……」


 関係ないでしょ。京子ちゃんが欲しいのはこんな言葉じゃない。

 京子ちゃんがこんなにも思いつめた顔をするなんて思わなかった。だから、彼女を安心させるためにも、私は覚悟を決めなければいけない。

 膝の上に置いた拳をぎゅっと握って、顔を上げる。


「京子ちゃん」

「……」

「私、雄二さんと、ちゃんと話す」


 私がそう言うと、京子ちゃんは徐に顔を上げた。その瞳は私への申し訳なさで揺れていた。今にも壊れてしまいそうな彼女を見て、心を決めた。


「聞きたいことちゃんと聞いて、話したいことちゃんと話す」

「美緑……」

「だから、もう泣かないで。京子ちゃんのおかげで決心できた。京子ちゃんのおかげで雄二さんのこと知ることができた」


 立ち上がり、ゆっくりと京子ちゃんに近づいていく。未だ座り込んだままの京子ちゃんは、うつむいたまま。


「でも」

「だから、ありがとう。今日来てくれて、話してくれて」


 そっと、彼女の体を抱きしめる。安心させるように。


「みのりぃ……」

「うん」

「ごめんねぇええええ!」


 すると、今までせき止めていた感情が一気にあふれ出してしまったのか、私に抱き着いて子供のように泣き出してしまった。それが、いつもの京子ちゃんのような気がして、少しだけ安心する。


 ありがとう、京子ちゃん。

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