夏の終わりに その六
人生大逆転ゲームを終えたころには、太陽が沈み始めている時間帯だった。昼間から始めたとはいえ、七回もしていればそんな時間帯にもなるだろう。むしろ、七回も出来たことがすごい。途中全滅が何回かあったので出来たというのはあるだろうが……そう考えると、一番最初にやった時俺以外全員生きてたのすごいな。
とにかく、帰る時間が迫ってきたわけだ。それはつまり、美緑と別れる時間も近いということで。
すっかりゲームに夢中になっていた俺たちは、最初の気まずさなどいつの間にかなくなっていた。しかし、それもゲームに熱中していたからだ。それも終わってしまった今、どうなるのか。想像に難くない。
「雄二さん、もう帰らないとでしょう?」
「あ、はい」
なんだかんだ、沙織さんに名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。よく考えたら俺、自己紹介をしていなかった気がする。
「じゃあ、私は部屋に戻りますので」
思い出したかのように気まずそうな顔を浮かべる美緑は、そそくさと退散しようとする。しかし、その腕を沙織さんに捕まれる。
「美緑、雄二さんを途中まで送ってってあげたら?」
「どうして?」
「ほら、康太と康介もお世話になったし、ね?」
「いや」
困ったような顔になる沙織さん。それでも、掴んだ腕だけは放そうとしない。
「放してよ、お母さん」
「お母さん!?え、ちょっと待って、お姉さんじゃなくて!?」
驚愕の事実が発覚したんですけど!え?あの見た目で?康介君と康太君の年齢もあるし、どう考えてもお姉さんにしか見えない。え、というか俺は彼女のお母さんに三股してることを打ち明けたわけ?ヤバすぎんだろ。
「いいから、送っていきなさい」
「うっ……わかった」
沙織さんの有無を言わせぬ物言いに、美緑も諦めたのか不承不承に肯いた。
「じゃあ、また、いつでも遊びに来てね」
「兄ちゃん、次はホームランね!」
「お兄ちゃん、またね」
玄関まで来ると、沙織さんと双子は快く送り出してくれた。ただ、一番近しい存在であるはずの美緑は、俺の隣に立ちながらもその顔は優れない。美緑のその様子を見て、一度溜息を吐くと、困ったような笑みを浮かべる。
「じゃあ、よろしくね」
その『よろしく』とは、果たして美緑に対して言った「雄二をよろしく」という意味なのか、それとも俺に対して言った「美緑をよろしく」なのか、どちらだったのか。あるいは二人に対して言っていたのかもしれない。
玄関を出て、扉を閉めると二人きりになる。しばらく、といってもたった一週間と少しではあるのだが、久しぶりにこうして並んで立っている。言葉には表しずらい感情が胸の奥から溢れてくる。この気持ちはどう言い表せばいいのか。
それよりなにより、俺は何を話せばいいのか迷っていた。美緑が入ってきた当初と同じように、今俺の頭の中では、何を話せばいいのかを考えて、考え過ぎて、脳が焼き切れそうだった。すると、意外にも話しかけてきたのは美緑だった。
「どうしてウチにいたんですか?」
「沙織さんとたまたま知り合って、家に招かれた」
先程まで何を話せばいいのか考えても答えが出なかったのに、された質問には即答することができた。もしかしたら、脳をフル回転させていたから、ノータイムで答えが出たのかもしれない。
「……私の家だって知ってたんですか?」
「……知らなかったよ」
本当に知らなかった。沙織さんは俺のことを知っていたのかもしれないが、そもそも沙織さんと出会ったこと自体は偶然だ。本当にたまたま。それが今回俺たち二人が再会した理由だ。
「表札があるのに?」
「え、ホントだ!」
美緑がコンコンと叩きながら『八田』と書かれた表札を示す。そうして改めて、俺はこの家が八田家の物であることを認識する。
俺の驚いた様子に、本当に知らなかったことを悟ったのだろう。溜息を吐きながらも、先程よりも若干表情が柔らかく見える。その様は、先程の沙織さんとどこか被るところがあり、やはり親子なのだと、そう思わされる。
「早く行きますよ」
しかし、いつまでもこんな場所にいるわけにもいかない。もう少しで、日も完全に沈んでしまう。それが分かっているからだろう。少し急かすように、俺の前を歩き始めた。それはどこか、いつものデートのような気がして頬が緩んだ。同時に、もしかしたらこれが最後かもしれないと思うと、鼻の奥がツーンとして目の中の水分量が一気に増えてしまった。それが溢れないように、こぼれないように、少しだけ慎重に、でも急いで美緑に追いつく。
それからは、二人とも無言になり、会話は一切生まれなかった。俺は女々しくも、どこか別れを惜しむように、いつもよりも、歩く速度は遅くなっていた。それに気づいているだろう美緑は何も言わず、俺の歩調に合わせていた。
しかし、何もしなければ終わりというものはすぐに来てしまうもので、気づけばバッティングセンター。俺の車が停めてある場所まで来てしまった。
ここで別れたら、俺たちの関係まで完全に終わってしまいそうで、中々別れが切り出せない。
「じゃあ、ここで」
美緑は、俺が何かを言おうとしていることが分かっていたはずだ。それでも、帰ろうとした。美緑が踵を返し、俺に背を向ける。もしかしたら、俺とは話したくないのか。そんな悪い予感がよぎるが、それでも俺は引き止めずにはいられなかった。
「待って」
そう言って、腕を掴むと、今にも泣きだしそうな、困ったような顔で振り返った。
引き止めたはいいが、この後に続く言葉を考えていなかった。
「えぇ、っと」
何とか声を振り絞って話そうとするが、頭が真っ白になって何も思いつかず俯いてしまう。物語の主人公が大事な場面でやらかすときイライラしていたが、今ならその時の主人公の気持ちがとても分かる。緊張しちゃうんだよな?逆に完璧に望み通りの言葉を出す少女漫画の男やら、カッコいい主人公の気持ちは一切分からん。死んでしまえ、イケメン。
「少し、話しませんか?」
俺が現実逃避を決め込んでいると、掴んだ腕の先から、不意に声が聞こえた。顔を上げると、そこにはもう先程のような弱った顔はなく、いつもの美緑がいた。




