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夏の終わりに その五

 今日みたいに暑い日、外から帰ってきた美緑は少し汗ばんだ様子で数本の髪の毛が首筋に張り付いていた。しかし、それを気にする素振りも見せずに、いや気にする余裕もないのだろう。俺のことを見つめて制止している。かくいう俺も、動けないでいた。

 何て声を掛けたらいいのか、分からない。まだ心の整理ができていないままに出会ってしまった。普通に名前を呼んでみるか?いや、違うな。じゃあ、お邪魔してます?それだとよそよそしいか?色々と頭に浮かんでは消えが繰り返され、いずれ俺の脳は、考えることを放棄した。その結果口から出た言葉は。


「えっと、お前もやるか?人生大逆転ゲーム」

「へ?」

「へ?」


 初め、自分でも何を言ったのかは理解していなかった。それは目の前の美緑も同じようで一瞬呆けたようにアホずらを晒す。そして、その直後、顔を急激に赤く染め上げ、


「やりません!」


 と一言。

 それからリビングの扉を勢いよく占めると、自分の部屋があるのだろうか。二階へと続く階段をドスドスと上がっていった。完全に怒らせてしまったらしい。

 呆気にとられていたのはもう一人。沙織さんは、俺の方へ顔を向けると、若干気を遣ったように笑みを浮かべる。


「……知ってたんですか?」

「……さあ、どうでしょう」


 応えるつもりはないのだろう。反応からして、なにかしら俺と美緑が関係を持っていたことは知っていそうではあるが。そんなことを考えても仕方はない。今は、美緑だ。

 どうしようか、考えていた時。リビングの扉が再び開いた。


「……やっぱやります」


 美緑は居づらそうにそこに立っていた。その顔は気まずさで歪んでしまっている。苦渋の決断だったようだ。

 そこまでしてこのゲームやりたいのかよ。どうなってんだこの家族。


「じゃあ、ちょっと初期状態に戻すから」

「あ、待ってください。最後までやらないと」


 何だそのスポーツマンシップは。このゲームにどれだけ熱を注いでいるんだ。


「それなら大丈夫。ちょうど猟銃に打たれたところだから」


 沙織さんが、新しくゲームをしていい理由を言ってくれる。え、俺知らない間にそんなことになってたの?このゲーム本当なんなの?猟銃で打たれるってどんなマスだよ。


「それなら早くやりましょう」

「どうして今会話がすんなり受け入れられるんだ。いつもみたいにツッコんでくれよ。俺もうこの役割疲れたよ」


 しかし、俺の懇願も虚しく、美緑はそれに応えることなくテキパキと準備を進めていく。


「よし、じゃあやるか」


 俺の声に、二人は臨戦態勢に入る。ダイニングテーブルの上に置かれているボードを見ながら、椅子には座らず、台に手を置き身を乗り出す。なんとなく俺もこの空気は分かってきた。俺も二人に倣ってそれっぽい空気感を出してみる。


「雄二さん?」

「なんだ?」

「ふざけているんですか?」

「どうして!?」


 二人と同じように真剣な顔をしていただけなのに!


「そんな腰の入れ方で勝てるわけないでしょう?」


 なにやら溜息を吐きながら、俺の後ろへと周ってきて腰に手を添える。そうすると、俺の体をそれぞれ微調整しながら、最後に満足気に頷いた。


「これでよし」

「あの……」

「はい?」

「ずっとこの態勢なんですか?」

「当たり前じゃないですか」

「何が当たり前なの!?滅茶苦茶キツいんですけど!」


 中腰になり、台に手を置きつつも、重心は下半身に乗せる。これが想像以上にキツイ。


「できなければ死ぬだけです」


 そう冷たく突き放された俺は、このしんど態勢を意地でもキープして勝ってやることを決意する。


「じゃあ私から」


 真剣な面持ちでルーレットを回すと、出た目は四。……あれ?


「死にました」

「あんなに偉そうなこと言っといて真っ先に死んでんじゃねぇか!」

「ふん!」


 あまりの結果に俺が突っかかると、美緑は苛立たしさを隠そうともせずにそっぽを向く。こいつ、こんなに子供っぽかったか?

 そうこうしているうちに、沙織さんもルーレットを回した。そして出た目は、四!……えっ。


「はい、次」

「え、それだけ?何の感慨もなさすぎませんかね」


 あれほど気合いを入れていたにもかかわらず二人は一瞬で退場。残るは俺一人。これ、ゲーム続ける必要あんのか。そう思いつつも、二人がやめさせてくれるとも思えないので、ルーレットを回す。

 出た目は十。


「死か鹿……またこれかよ!」


 そして、二週目の鹿。俺はまたもや猟銃で射殺されてその生涯を終えた。これ、本当になんなんだ。この一家はこんなのに夢中になってんのか。やっと終わったかと一息ついたら、何故か目の前の二人は初めからやる準備を整えている。


「まさか」

「何しているの?早く次やるわよ」


 まだやんのかよ……それから起きだしてきた双子も交えて七回も人生大逆転ゲームをすることとなった。その内、二回は初手で死に、三回は鹿となり、一回は臓器をすべて売る結果となった。まともな人生を送れたのは一度だけ。それも結局は巨額の借金を抱えたままだ。ゲームバランス狂ってんだろ、これ。

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