同級生の女
今日は初デートの日。本来なら飛んで喜び、舞い上がり、地に足がつかなくなるほど浮かれていたことだろう。しかし、今はどうだ。あまりある罪悪感から、楽しみどころか連休明けの仕事並みに憂鬱な気持ちが支配している。
待ち合わせのギリギリまで粘っていると、思っていたよりも時間がヤバくなっていた。仕方ない。行くか。既に着替えや準備を終え、リビングでダラダラしていた俺は重い腰を上げる。
「あれ、今日デート?いいなぁ」
「お前それ煽ってんだろ」
「僕は勉強しなきゃ!」
どうせ勉強なんかせずにゲームをするだろうに、わざとらしく逃げる素振りを見せる弟。俺がどうしてこんなにも悩んでいるのか。その半分は確実にあいつにあるのだ。あれから僕は知らないっと一切関わろうとしてこないが、いざという時にはあいつには体を張ってもらうことになるだろう。
待ち合わせ場所に着くと、既に相手はいた。
「あ、雄二君」
「おう、待たせたか?」
「ううん、全然大丈夫だよ」
今日は初デート、そして最後のデートにしようとも思っている。既に二人との交際を諦めてすることにした俺は、せめて一人でも負担を減らすために、今日こいつのことを振ろうと思ってきた。それが、こいつのためになるだろうと考えて。
「じゃあまずはどこ行く?」
「そうだね、まずは……」
だからせめて、今日だけはこいつのために全力で彼氏をしようと思う。
「はじめまして、朱音の父です」
「朱音の母です」
「は、はじめまして」
ど、どういうことおおお!
俺は今、高畑家にて朱音を隣においた状態で両親と向かい合って座っていた。
え、なんで急に挨拶してんの俺は。え、いつ家に来た?そんな付き合ってすぐ来るような場所なの?今まで彼女なんていたことねぇから分かんねぇよ!そしていま彼女三人もいるよ!
「ええと、君はご職業は」
「学生です」
「そんなので養っていけるのかね?」
「はい?」
「君は学生のくせに朱音のことを養っていけると思っているのかぁ!」
「ひぃっ!思ってません!思ってません!」
「なっ!貴様ぁ!自分の言ったことには責任を持てーぇい!」
「ぴぎゃぁ!」
何だよこの人。こえぇよ。てか、なんで養うとかの話になってんの?え、もしかして朱音さんそういう話をご両親とされたの?え?
「もう、違うよお父さん。まだ付き合ってるだけだから」
「む、そうなのか?」
「昨日散々言ったじゃん」
「はっはっは!そうだったのかもな」
「あら、あなたったらオホホホ」
「しっかりしてよ、アハハ」
「あ、あはは」
「貴様は笑うなぁ!」
もう何なんだよこの家族。急に笑ったり、急に怒ったり、情緒不安定というか狂気だよ。誰か助けてくれ。
「で、どうして君はここに来たんだ」
「えっと」
俺自身もここに連れてこられた理由は聞いていないので、朱音に視線を移す。するとどうだろうか、あちらも俺のことを見て首を傾げている。なんでやねん。
しばらく無言が続き、とうとう耐えられなくなったのかお父様が、
「意味もなく来たのかああああ!!」
「怒ることではないだろ」
「き、貴様」
しまった、ついツッコんでしまった。家族三人ともの目が俺の方を一斉に見た。え、そんなにまずいことでもした?
「お」
やばい、また怒られる。お父様が机の下に手をやるのを見て、ちゃぶ台返しでもするのかと、身構える。
「おめでとーう!」
「へ?」
しかし、机がひっくり返されることはなく、テーブルの下から出てきた手にはクラッカーがあり、そのまま俺に向けて祝いの言葉と共に発射された。
「おめでとう!」
「おめでとう、雄二君!」
いまいち状況の掴めていない俺に、お母さんと朱音は追加でお祝いの言葉をかけてくる。
「どゆこと?」
「実はね」
「さぷら~いず、なのだよ!」
割り込んでくんなジジィ。今俺は朱音と話してんだよ。
「やっぱり娘を任せるんだったらユニークな人がいいと思ってね。朱音が面白いっていうもんだから、怖いお父さんにきちんとツッコミが出来たら恋人を認めてあげようと言ってね。僕、顔だけは怖いからさ!」
朱音の変なところでボケるところはこの親父さん似だったのか。怖かったのは顔よりも狂気的なあの怒り方だったけどな。
「てことで、朱音をよろしく頼むよ」
「え、ああ」
「この娘は少し変なところがあるだろ?危なっかしかったり、世間知らずだったり。君は信用に足る人物だと思った」
今までのやり取りのどこに信用できるポイントがあったのだろうか。
「だから、娘をよろしく頼む」
ガシッと肩を掴まれその強面を近づけてくる。
「近いっす。あと怖いっす」
「ああ、すまない。でもね、もし朱音を泣かせたりしたら」
「……したら?」
「お父さん何するか分からないかなぁ」
「誠心誠意清く正しい交際をさせていただきたいと思います!」
その迫力は本当に筆舌に尽くしがたいもので、俺は人生で初めて恐怖でチビリそうになった。
「雄二君、これからよろしくねっ!」
「はぁい」
グフッ、朱音かーわいい。
結局、俺はこの日も言い出すことはできず、やはり彼女を三人もったまま夏休みへ突入することになる。