夏の終わりに その二
気付いたら車の中にいた。だってお外暑いんだもん。
初めは確かに、散歩をしようと出かけたのだが、十歩ほど歩いた時に気づいた。今日は暑い。
九月に入り、少しは和らぐと思った暑さも、全然そんなことはなかった。太陽さんは俺とは違い働き者だ。給料も出ないのによくやるぜ。
「さてと、どこ向かうかな」
何も考えずに車を発進させてしまった俺は、とりあえず知っている道を走り、その後知らない道へと入っていった。
ダラダラと車を走らせながら考える。結局家にいようが外に出ようが考えることは同じだ。美緑のこと。一応メッセージなどを送ってはいるが、それも一切既読にはならない。たとえ、会ったとしてどうするんだ?俺はあいつと何を話せばいい。今の俺とあいつの関係は?そもそも俺はどうしたいのか。考えれば考えるほどドツボにはまっていく気がする。元々俺たちの関係は歪だった。三人いた彼女が一人減った。少しはまともに近づいた。そう考えられなくもないのではないか。
そんなことを考えていると、いつの間にか全く知らない場所にいた。
「……いや、どっかで見たことあるな」
周りの風景に既視感を覚える。確証はないが、ここは確か。おぼろげな記憶を頼りにアクセルを踏むと、そこにあったのはバッティングセンター。
前、ババアの家に来た時に迷った場所だ。
何も考えずに集中できる。今の俺には最適な場所かもしれない。
「この前のリベンジ、やってやるか」
駐車場に車を止めて、無気力な顔で中へ入っていく。今日は前回のような失態は犯さない。最初からコインを買い、早速バッターボックスに立つ。今日は平日ということもあり、結構空いている。せいぜい学校帰りの高校生たちがいるくらいだ。
「今日は打ってやる」
それから二十球と放たれたボールは全て空振りに終わる。
「くっ、もう一回だ」
また空振り。
「も、もう一回……」
そしてそれを何度も何度も繰り返し、とうとう。
「当たったぞ!ホームランだ!」
バットを放り投げ、体全体でその喜びを表現する。
「いや、どう考えてもピッチャーでしょ」
俺が喜びに打ちひしがれていると、それに水を差してくる奴がいる。その声は高く、まだ声変わりを迎えていないだろうことが分かる。
俺は振り返りながら、こう言った。
「また会ったな、少年」
「いや、初めましてなんだけど」
「あれ?」
てっきり、この前ここで出会った少年だと思ったんだけど。なんだよ、違うのかよ、恥ずかしい。顔も確認せずに言ったのがまずかったか。よく見たらこんな顔ではなかった気がする。
「恥ずかしくなった俺は、そのままバッティングセンターを出た」
「何言ってるの?」
すると、目の前にはなぜか先程の少年が。俺は勢いよく後ろを振り返り、もう一度目の前の少年の顔をまじまじと見る。
「テレポート……?」
俺が瞬間移動を疑っていると、背後に気配を感じた。
「影分身だよ」
その声の主を確かめるべく、恐る恐る振り返ると、そこには目の前の少年と瓜二つの少年が。
「影分身だと!まさか、成功している奴がいるとは……」
その現実離れした光景にあっけにとられていると、目の前の少年が呆れたように声をかけてきた。
「何言ってんのさ、康介。僕たち双子だよ?お兄ちゃん」
「双子……?だ、騙しやがったなぁ!テメェ!ぜってぇに許さねぇ!」
「はは、面白いね、兄ちゃん」
「俺が面白い?何当たり前の事言ってんだ。だが、お前いい奴だな。今回だけは許してやろう」
「さっきと言ってること真逆だ!」
康介と呼ばれた方の少年は快活にカラカラと笑う。それとは対照的にもう一人は少しだけ呆れた様子だ。
「そんなことよりさ、お兄ちゃん、久しぶりだね」
「え、俺たちどっかで会ったか?」
「え、憶えてないの?前もここで会ったよ!」
ここに来たことは過去に一回しかない。ということは、こいつまさか。
「あの時の少年か!」
「そうだよ!思い出してくれた?」
「つい、一か月前のことだ。忘れるわけないだろう」
うん、よく見たらこんな顔だった気がする。さっきの奴とは大違いだぜ!いや、やっぱほぼ一緒だったわ。
嬉しそうにしているのを見ると少しだけほっこりする。今日はここに来てよかったかもしれない。まさか、ATMに金を下ろしに行くことになるとは思わなかったけど。
「お前らは二人だけなのか?お母さんは?」
あの、そういうお年頃なのよ、で全てを解決させるお母さまがいない。
「お母さんなら」
目の前の少年、そういえばこいつの名前知らないわ。康介君じゃない方はがそう言いかけたとき、突如俺の後ろから声をかけられた。
「康太?それに、あなたは」
「うぉい!ビックリした!急に後ろに現れるんだもんな!」
「ふふっ、そういうお年頃なのよ」
この言い方、間違いない。あの人だ!そして前よりもグレードアップしている。まさか自分に対してまで使うとはな。これは強敵だぜ。
そして、どうやらもう一人の前会った少年は康太君というらしい。
「先日はどうも」
そう言って微笑んでくる。あまりにも綺麗だったから、年齢とかそんなもの関係なく見惚れてしまった。誰か、そう誰かに似ているような気がしたんだ。自分が惚けていたことに気が付いた俺は、それを隠すべく早口で捲し立てる。
「ま、まあ?余裕っすよ余裕。そういうお年頃なんで」
「ふふっ、そうよね。もしよかったら家でお茶していきませんか?」
「え?」
俺の聞き間違い、ではないよな?目の前の女性は天使のような微笑みで誘ってくる。子供の目の前で堂々と不倫か!?なんだ、何が目的なんだ。だが、何が目的だろうと関係ねぇ!女が誘ってんだ、行かねぇわけにはいかねぇだろ!
「康太とも、少し話してあげてください」
あ、そういう、ね。少し冷静になって考えると、今自分がどういう状況になっているかを思い出し、先程の考えに自己嫌悪する。三股がバレたことで、悩んでるって言うのにまだ女と遊びたいのか俺は。
俺が勝手に落ち込み始めたのを見て不思議そうにしつつも、何か聞いてくるということはなく、康太君と康介君の手を掴んで歩き始める。
俺はそれにトボトボと無言でついていった。




