夏祭り その七
何とも言えない状況の中、一番最初に口を開いたのは紫帆さんだった。
「私は、岩塚紫帆。雄二とはサークルが一緒なの」
突然始まった自己紹介。また先程のように食べられるだなどと言われたくないためだろう。きちんと自己紹介をされた京子はというと、一瞬考えた末に、なるほどと頷いた。
「あなたが、雄二の言っていたか」
「かあああああああ!」
「うわっ」
「もう、急に大声出さないでくださいよ」
俺の声に紫帆さんと美緑は驚き、周りの通行人も一瞬こちらに目を向けると、関わってはいけないとでも思ったのか、少しだけ歩くスピードを速めた。
「すまん、くしゃみが出た」
「あれがくしゃみですか、子供のころはたいそう苦労したんでしょうね」
どうして、くしゃみで苦労をするというのか。美緑は目元にハンカチをもっていき涙をぬぐう仕草をする。もしかして、あれか?変なくしゃみだからいじられる的な?この俺が?はん!ありえねぇぜ。なぜなら俺の周りも全員同じようなくしゃみをしていたからな。なんだったら誰が一番大きなくしゃみを出来るか勝負していたくらいだぜ。
「ていうか今、京子ちゃん何か言いかけてなかった?雄二が何か言ってたの?」
紫帆さんは気になったのか、京子の言葉の続きを聞こうとする。その目は少しだけ期待もこもっているように見える。
「いやー!あれですよ!」
「どれよ」
「か」
「か?」
「可憐で美しい先輩がいるよって話してたんですよ!」
「あら」
「むぅ……」
紫帆さんは、照れているのか頬に手を当てる。それに対して、美緑はむくれたように頬を膨らませて唸っている。
こんな状況にしてくれた張本人を捕まえて、少しだけ二人から距離を取る。
「すっごい気まずいんだけど!何あれ!どうしてくれんの!」
「どうしてくれんの、はこっちのセリフだよ!お前さっき、紫帆さんの事彼女って言おうとしただろ!」
「あはは~、ついうっかり」
頭に手を置いて、てへぺろっと舌を出す。
反省の色が全く見えないな、こいつ……。
「頼むから、本当に気をつけろよ」
「あいあい」
京子はそれだけ言うと、二人のもとに戻り、もう一度美緑に抱き着いた。
俺が呆れた様子でそれを見ていると、紫帆さんが先程の照れから復活したようで、元々気になっていたこと、つまりは本題を切り出した。
「さっきから思ってたんだけど、なんだか二人はやけに仲がいいのね。後輩ちゃんは雄二の従妹ってこと知ってたみたいだし」
「後輩ちゃん……」
美緑が後輩ちゃんと呼ばれていることに違和感を感じている様子。そんなことは置いといて、またもや京子は考えなしに話し始める。
「美緑がウチに来たからですよー」
「おまっ」
「え、どうして?二人は高校の同級生とか?」
「全然?雄二がウチに」
「うぇっぷしょっぷりねす」
「また独特なくしゃみですね」
「いや、今のはあくびだ」
「あくび!?私の知ってるそれとは到底程遠いもののような気がしたんですけど!」
動揺を誘い、何とか話を逸らすことに成功する。
「京子ちゃんまた何か言いかけてなかった?」
しかし、紫帆さんはそれを許してはくれない。
「いや、えっとですね、あれです」
俺が少し言い淀んでいると、怪しいとばかりにジト目で紫帆さんが睨んでくる。そして、その空気をようやく感じ取ったのか、京子は俺から目を逸らして、口笛を吹いている。妙に上手いのがクソ腹立つ。え、ていうか上手くない?原曲聞いてるかのようなんだけど。
「まあ、録音なんだけどね」
「今の口笛じゃなかったの!?」
俺と同じことを感じていたのか、美緑が即座にツッコミを入れる。そんな凝ったボケをする暇があるのなら今の俺の状況をどうにか打破してほしいんだが。
「で?」
紫帆さんは一切京子の方は見ず、俺のことを視線から外さない。
「まあ、なんというか、たまたまですね。俺が京子の家にいるときにたまたま?美緑がいて、それでたまたま?遊びに来た的な?たまたまですよ」
「たまたまって言ってればどうにかなると思ってるの?」
今の話を聞いても少し納得はいっていない様だが、それでも一応理解はしたのか、諦めたように追及をやめてくれた。
そして、俺はもう一度京子を引っ張って二人から引き離した。
「ねえ、雄二」
「ワタシ無理かも」
「俺も思ってたところだ」
「どうしても、何も考えずに言葉に出しちゃうんだよ!」
「ならもう少し考える努力しやがれ!お前頭いいんだろ?出来るよな?」
「できないよぉ!」
「できないじゃなくてやるんだよ!」
今にも泣きそうな目で俺に抗議をしてくるが、こればかりはやってもらわないと困る。そもそも、京子に隠しごとなどできるはずもなかったのかもしれない。こいつに、隠し事どころか協力を頼んだこと自体が間違いだったのかもしれない。
……ん?なにか忘れているような。協力?俺ってこいつにどんな協力を求めていたんだったっけっか。
しかし、それを思い出す前に、それはやってきた。
「京子ちゃーん!どこー?」
「あ」
京子の名前を呼びながらこの少し開けた空間にやってきたのは、京子の先輩で、さらに俺の彼女である高畑朱音だった。




