夏祭り その六
そんな時、俺のスマホがタイミングよく震えた。
「あ、ごめーん、電話来ちゃったー」
「そんなのどうでもよくないですか?」
「え?」
「うん、どうでもいい、そいつには私があとでかけ直しとくから」
いやいや、あんたがあとでかけ直しても意味ねぇだろ。
二人は俺の電話相手などどうでもいいとばかりに、詰め寄ってくる。しかし、俺はそんなもの無視して電話に出る。
「もしもし」
『あ、もしー?』
電話相手は、京子だった。相手が誰とか確認するまでもなく、通話ボタンを押したから出るまで分からなかったが、そのアホそうな声は確認するまでもなく一瞬で分かってしまった。
「どうしたんだよ」
『えー!今日は連絡とり合おうって話してたじゃん!メッセージにも全然既読つかないし!』
「ああ……」
そういえば、あいつも来てるんだっけか。今目の前で起きているような、こういう事態を避けるために京子とは小まめに連絡を取り合うようにするはずだった。祭りの楽しさで完全に忘れてた。
二人は、俺の両サイドに立ちつつ、お互い反対方向を向いている。これだけ見ると、喧嘩した女子二人を仲裁している奴みたいだ。まあ、その喧嘩の原因俺なんですけどね!
「悪い悪い、でも大丈夫だろ。こんなに人多いんだし、そうそう、出会ったりは……」
「そうだよねー、こんなに人が多いんだもの、そう簡単に出会ったりしないよねー」
そう言いながら、京子は、俺の通話相手は、唐突に目の前に現れた。スマホを右耳に当てながら、片手にたこ焼きを持ち、目を大きくさせている。ぱちくりと、一度瞬きすると、少しだけ周りを見渡し、一度俺と目を合わせた。そしてその後、気まずそうに目を逸らす。
うん、俺も悪いとは思ってる。あんなフラグを立ててしまったこと悪いとは思っているんだ。でもな、こんなにもすぐに出会うなんて思わないだろ。
未だに気まずそうに目を逸らす京子の周りには一緒に来ているはずのサークルのメンバーはいない。なぜか一人だ。
「お前、ハブられてんの?」
「違うわい!我の仲間は、すぐに追いついてくるからな……仲間が来た暁には貴様などけちょんけちょんだ!」
「滅茶苦茶雑魚キャラっぽいな、お前」
「能ある鷹は爪を隠す、という奴か」
「何言ってんだ」
少し俺も、いたたまれなくなった。京子は変な口調で俺との会話を続ける。未だにつながったままだった電話を切り、スマホをポケットに入れる。
「あれ、京子ちゃん?」
「わー!美緑だー!」
京子は美緑に気が付くと、俺のことなど目もくれず、抱き着いていく。
「元気?ワタシは元気だよ!だってたこ焼き美味しいからね!」
「そのたこ焼きは地面に落ちたけどね」
「え……ギャーっ!」
自分の話したいことを話し、自分のやりたいことをやる。まさに、子供のような京子は、左手に持っていたたこ焼きのことなど気にもせず美緑に抱き着いたせいで、その反動により残り一つだった丸っこい物体は地面に叩きつけられていた。
「見るも無残、可哀そうに、誰がこんなことを」
「いや、お前だろさっさと食え、暴君め」
「流石に無理でしょ!」
美緑が反射的にツッコミを入れるが、そんなもので京子が止まるわけがない。美緑から一旦離れると、流れるような動作で少しべちゃッとなったたこ焼きをすくいあげた。
「え、まさか本当に?嘘だよね?」
信じられないとばかりに目を見開き動揺している美緑。それに対して京子は、一瞬だけ美緑に微笑んだ。その笑みは、今まさに死地へ行く兵士のようなものだ。そのたこ焼きを少しだけ見ると、食べるでもなく、ポケットから出したビニール袋に入れた。
「ごみはちゃんと持ち帰らないとね!」
「あ、意外とまとも……」
一体今の笑みは何だったのか、普通にゴミ袋に入れやがった。そして、美緑はその京子のある意味では予想のつかなかった行動に面食らっている。
「意外とってどういうこと!?ワタシのことどんな風に思ってたの!?」
そしてまた二人が騒がしくすると、ここまで蚊帳の外だった紫帆さんが何か言いたげに俺に聞いてきた。
「この娘は?」
仲間外れにされたように感じたのだろうか、少しだけ不機嫌そうだ。いや、さっきからずっと不機嫌そうか。そんなにも不機嫌でいると、不機嫌キャラという位置づけがされてしまいますよ?大丈夫そうですか?
「いててててぇ!」
「真面目に聞いてるんだけど」
一体何を悟ったのか、俺の耳タブを引っ張って、さらに不機嫌の色を濃くする紫帆さん。流石に真面目に応えよう。
「従妹です。従妹」
「従妹……」
仲良さな二人を見て、紫帆さんは目を細める。
「どうして雄二の従妹とあの娘はあんなにも仲がいいの?」
どうして、どうしてって、そりゃ。なんて答えればいいんだ、これ。
少し思案していると、何を思ったのか、紫帆さんは直接京子に話しかけに行った。
「えっと、京子ちゃん?で、いいのかな?」
「え、あ、はい」
美緑と一秒前までじゃれ合ってたとは思えないような真顔で紫帆さんに返す京子。え、何その真顔。俺ですら知らないんだけど。なんか怖いんだけど。
「だ、誰ですか!あなたは!ワタシは食べても美味しくない!食べるならまずはこっちを!」
そう言って美緑の肩を掴んでずいッと前に出す京子。
「え、ちょ、どうして友達を前に出すの!私だって食べられてくないんだけど!」
「食べないわよ!あなたたちは私のことなんだと思ってるの!?」
「すみません、人見知りをしてしまいました」
「独特な人見知りなのね……」
言われてみると、京子は少し人見知りをするタイプだったかもしれない。そう考えると、先程の変な物言いも納得できる。
「雄二さんはどうして頷いているんですか?今のやり取りのどこに納得できる要素があったんですか?」
美緑はツッコミ呆れたように息を吐き、京子と紫帆さんは緊張のためか息を止める。ついでに俺も止めておこう。
「……」
「「「……っはぁ!ハァハァハァ……」」」
「みんなして何がしたいんですか」
息を止めすぎたせいで少し息切れを起こす俺たちを尻目に、美緑はもう一度溜息を吐いた。




