夏祭り その四
「だから、分かりませんか?祭りを楽しみに来たんですよ、そっちこそどうしたんですか?こんなところで」
「見りゃ分かるだろ、店番だ。お前もやれ」
何を隠そう、この人相の悪いお兄さんは俺の知り合いである。サークルの先輩。荒畑豪先輩である。短く切りそろえた短髪をワックスで上げて、暑いのか半そでのTシャツは腕まくりをしており、その鍛え上げられた二の腕を惜しみなく見せつけている。うん、見た目だけで言えば、本当にただの怖い人だ。
「嫌ですよ、てか、なんでそんなことしてんすか」
「サー長に引っ張られた……」
「ああ……」
それだけで全て悟ってしまった。大方、いつものよく分からないあれだろう。珍しく集まろうなんて言ってたから何かと思えば、また何やら面倒なことをしているらしい。
「お前予定あるとか言ってたけど、祭りかよ」
「まあ、そうですね、バイト仲間と一緒に来てます」
「チッ、上手く逃げやがって」
実際には優しい人なのだが、この人相と口の悪さから、周りからは敬遠されがちである。今の舌打ちも、直接自身に向けられた訳でもないのに、すぐ近くを通っていた通行人がビクッと肩を震わせていた。
「……客集める気あります?」
「んなもん、俺の知ったことじゃねぇ」
普段から無茶ぶりの多い人ではあるが、今回ばかりは、荒畑先輩も結構キてるらしい。額に青筋を浮かべてサー長への怒りを燃やしている。
「で、そのサー長はどこいるんですか?」
「……がった」
「え?」
あまりにも小さな声だったので聞き逃してしまった。もしかしたら、俺も難聴系主人公の素質があるかもしれない。次は聞き逃すまいと、少しだけ耳を寄せて、そこに神経を集中させる。
「遊びに行きやがったんだよ!」
「うわおっ!」
急にデカい声で叫ぶもんだから、思わず変な声が出てしまった。そして、周りの通行人の人も同様に肩をビクッとさせている。
「周りの屋台がどんなもんか見てこないとね!とか訳の分からない理屈を並べてな!」
「ああ」
実際にその場にいたわけではないが、その様子は容易に想像がつく。あの人なら確かに言いそうだ。
「にしても荒畑先輩一人は流石にかわいそうですね」
「一人じゃねぇよ」
「ん?誰かいるんですか?」
「今は、飯を買いに行ってる。もうそろそろ帰ってくるはずだ」
少しだけ落ち着いたのか、声の音量を戻して、返事をしてくれる。よかった、あのまま話を続けられたら俺まで声が大きくなってしまうところだったぜ。逆に声デカコンビで売れたかもしれない。
「いや、誰にやねん!」
「っ!」
目の前の荒畑先輩は特に動じていないようだったが、背後から近寄っていた人物は違ったようだった。
「びっくりした~……ってあれ?雄二?」
「紫帆さんだ」
ここでさらに思わぬ邂逅。よくよく考えれば、紫帆さんからは、俺が行けないことに対する不満を聞かされていた。紫帆さんがこの場にいるのは当然のことと言えよう。多分だけど、サー長と荒畑先輩、そして紫帆さん。この三人しか集まっていないのだろう。相変わらず集まりの悪い集団だ。
「どうしてここにいるの?もしかして予定が急になくなったとか?」
どこか嬉しそうに聞いてくる紫帆さんは弾むような足取りで近寄ってくる。
「違いますよ、予定ってのがこの祭りで遊ぶことだったんです」
「え、一人で?」
そんなに真顔で聞かないでほしい。確かに、荒畑先輩のせいで出来てしまった、少し開けたこの空間には俺一人しかいないけど。
「バイトのメンバーですよ。一人で来る予定ってなんですか。それならサークルの方優先してますよ」
「あははー、そうだよね」
苦笑いを浮かべながら手に持った焼きそばを荒畑先輩に渡す。
「荒畑君が睨み続けてるから全然売れないじゃん。これじゃあ赤字だよ?」
「俺にビビるような奴らはこの先生きていけねぇ、そんな奴らに売る義理はねぇ」
アンタどんな世界で生きてんだよ。
「確かに、今は店が客を選ぶ時代ですからね」
「祭りの屋台で選ぶな!」
可愛らしいツッコミが紫帆さんから飛んできたが、荒畑先輩はそんなもの意に返さず焼きそばをすすり始める。
「この焼きそばマズいな」
そんな文句を言いながらすごい勢いで食べていく。
「人が買ってきたものに対する物言いではないよね」
若干額を引くつかせながら紫帆さんもその焼きそばを口へと運んだ、
「この焼きそばマズい」
「自分で買ってきて文句言わんでください」
すぐさま荒畑先輩と同じような感想が出てきた。
「まあ、店に選ばれたんなら仕方ねぇな」
「その話まだ続いてたんすね」
いつもより、機嫌の悪い荒畑先輩は焼きそばそのものには文句を言いつつも、それを買ってきた紫帆さんや、店には文句を言わない。意外としっかりした人なのだ。
「まあしっかりした人は焼きそば自体にも文句は言わないけどね」
俺の思考を読んだように紫帆さんがつぶやいた。
「じゃあ、腹も膨れたところで店を再開するか」
荒畑先輩が肩から落ちてきた袖を再度まくり上げながら、立ち上がる。
「さっきから気になってたんですけどここ、何の店なんですか?」
「焼きそばだ」
「え、店の名前って……」
「あれはサー長が勝手につけた」
サー長が決めたということですべて納得してしまうあたり、あの人の凄さが分かる。この『ティッシュってなあに?』という名前はあの人が決めたんだ。なら、考えること自体が間違っている。うん。それよりも
「自分の屋台で焼きそばやってんのに焼きそば外で買ってきたんですか」
「それはこいつが馬鹿だからだ」
「あれ?もしかして今私バカにされてる?」
マズいマズい言いながら食べていた手をいったん止め、こちらを不思議そうに見てくる紫帆さんは、バカっぽい。
まあでも、可愛いからいっか。
「やっとついた……!雄二さん、もう、勝手に行かないでくださいよ」
そして、またもや、タイミング悪く、二人は出会ってしまうのだった。




