サークルの女
俺は大学のボードゲームサークルに入っている。活動内容は麻雀だったりトランプだったり、世界のボードゲームだったり人生ゲームだったり、いつも適当なことをしている。決まって何かやるわけでもないし、本当にテキトーなサークルだ。その緩さが売りであり、俺もそんなテキトーなところに惹かれた一人なわけだが。集まる人数も行ってみなければ分からないので、人数が集まらないときは俺一人なんて時もあった。そして今日、七月ということもありテストも近いので、サークルの活動場所であるこの和室には俺を入れて二人だけしか来ていなかった。そして、その相手のせいで俺はこの前のバイトと同様にどうしようもない気まずさを感じていた。
同じ室内に二人しかいないというのに、今日は未だに一言も会話をしていない。
腰のあたりまで伸びた長くきれいな髪は、ふわふわとしていてそこだけ重力がないみたいだ。いや、あるんだけど。大きくクリッとした目も、手元にある難しそうな本に視線を落としているせいか、長く綺麗なまつ毛がすごく目立つ。そして何より注目すべきはその大きな胸だ。どうしたらそんなスタイルになるのかと思えるくらい、ボンキュッボンを完全に体現している。身長も女の人にしては少し高めで百六十五はあるらしい。
そんな彼女の本を持つ手は、その本を開いた時から一切動いていない。そしてこの沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「あーもう!無理!この空気無理!」
「あ、俺も無理なんでちょっと外出てきますね」
「ちょっとちょっと、なに本当に出てこうとしてんの!せっかく私が頑張って話そうとしてるのに!」
サークルの先輩であるこの人は岩塚紫帆さん。例のごとく俺の彼女である。なんか嫌だなこの文。
彼女は少し離れて座っていたが、自分の座っていた座椅子ごとこちらの方へ近寄ってきた。
「あの、さ」
「はい?」
「私たち、付き合ってるってことで、いいんだよね?」
バイトの時、美緑は仕方なくあんなふうになってしまったが、今回ばかりはきちんと言おう。先輩には悪いが、このまま嘘を吐き続ける方が彼女にとっても失礼というもんだ。
「あの、先輩」
「私ね、本当は大学辞めようかと思ってたの」
「え」
ちょっと待ってくれ、またなんか重い話になるんじゃないだろうな。猛烈な嫌な予感と強烈なデジャヴを感じながらも、聞かざるを得ない雰囲気が出ているので黙って続きを聞く。
「家に戻って結婚しろってずっと言われててさ。お見合い相手なんかも何人か決まってるみたいで。夏までに恋人ができたらって条件で通わせてもらってたんだ。あ、でも勘違いしないでね。雄二のことす、すきっていうのは本当だから……」
「あ、えっと」
無理だろおおおおお!!これで、「あれは勝手に親父が送ったんでなしにしてください、ごめんね」なんて言えるか!人の人生かかってんじゃねぇか!俺そんなの背負いきれねぇよ!俺の一言で先輩の人生左右するとか聞いてないんですけど!?
「ごめんね、こんな話しちゃって」
本当は話す気なんてなかったのだろう。だからこそ、こんなにも不安そうな顔をしている。勇気を出して言ってくれた彼女に対して俺にできることなんて一つしかない。
「全然大丈夫ですよ、それより先輩の家ってお金持ちかなんか何ですか?お見合いとか今日日しないですよ」
俺の彼女残留決定!……なんで俺はこんなにも上から目線なのだろう。
俺の様子に気にしていないという気持ちが伝わったのか、安心したように表情を柔らかくする。
「はは、言ってなかったもんね。で、さっきの質問に答えてくれるのかなー?」
そして安心したからか、いつものようにこちらを揶揄うような言葉選びをしてくる。
「ツキアッテルヨ、ウン」
「そ、そうだよね。だったらさ、あの」
「じゃあ紫帆さんで」
「あぅ……」
名前で呼んでくれと?それはもう美緑で予習済みだ。
自分では揶揄おうとしてくるくせに、少し押してやるとこうなる防御力ガバガバ星人なのだ、この人は。
「そ、そうじゃなくて!それもあるんだけど……」
やべ、違ったわ。めっちゃハズイ。
顔を真っ赤に染めて、座ったままじりじりとこちらににじり寄ってくる。
「手、つないでもいい?」
「ブフォッ!」
夏だからちょっと薄着だし、恥ずかしさのせいで顔は赤いし、何よりそんな態勢で下から見つめられたら拒否する術なんてないだろ。
あー、かわいい。
その小さな手を控え目に握ってやると、体をビクッと反応させて、こちらを見つめてにへらっと笑いかけてくる。
うん。
「けっこ」
「ん?けっこ?」
「結構手小さいですね」
「そうかな?えへへ」
やべぇ、あまりの可愛さにプロポーズするところだったぜ。紫帆さんは俺の心情には気づかず、手をにぎにぎしている。
「にしても意外だったなぁ」
「何がですか?」
「返事の手紙だよ」
何だろう。親父が返事を書いたあれのことだろうか。
「まさか、雄二にもあんな一面があったなんて」
「……ちなみに、俺なんて書きましたっけ?」
「ええ、憶えてないの?」
「俺ペン持つと性格変わるんですよ」
まあ嘘だけどな。バイトの時、オーダーとる度に性格変わってたら俺精神崩壊してるかも。
「もう仕方ないなぁ」
そう言って、カバンの中を漁りだした。まさか持ち歩いているのか。
案の定出てきた手紙を受け取り、中身を開く。
『俺もお前のことは好きだったぜベイべ カワイ子ちゃんのお前のためなら俺は火の中水の中だぜベイべ』
あんっのクソ親父ぃ!
「こんなにも情熱的な手紙を書いてくれるなんて!」
あれ?意外にもウケいい?
ナイスだ親父!
「あ、ああ、まあね」
「初めて見たときお腹抱えて笑っちゃったよー」
やっぱりぶち殺すあの親父!