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夏祭り その一

 祭りということで集まるのは夕方からだった。


「あ~、外出たくないよ~」

「兄ちゃん、いつもそれだね」

「外出たら楽しいのは分かっているんだ。でもな、今こんな涼しくて快適な空間にいるというのに、どうして俺はあんなセミがうるさくて、もわもわとした空気が漂い、人がひしめき合っているあんな場所に行かにゃならんのだ」

「約束の時間直前によくそんなにもマイナスな発言が出てくるね」


 健三は呆れながら、アイスクリームをペロリ。夏休み残り数日となった彼は、課題をきちんと最後まで終わらせて、残りの時間を悠々自適にゲームをして過ごすのだという。お前友達いないのかよ。一か月間遊びに行ってるの一回も見てねぇぞ。


「兄ちゃんがバイト行ってるときとかに遊びには行ってたよ」

「そんなに強がらなくてもいいのに。兄ちゃんにくらい弱み見せたっていいんだぞ?」


 俺が優しく声をかけてやると、あろうことか、呆れたように溜息を吐きながら俺に背を向けて階段を上っていきやがった。


「反抗期か」

「反抗期だな」

「どうしていやがる」

「ここが俺の家だからだ!」


 そう、今日は珍しく親父が家にいる。実は、俺は親父がどのような仕事をしているのかは全く知らないのだ。ただ分かることは、親父がいつ家にいるか分からないということだけ。そして、今日は親父が家にいる。正直だるい。


「なんか金魚飼いてぇなぁ」

「あ、そう」


 親父のつぶやきには、一々反応していられないので、先程の健三のような返しをしてしまった。まさか俺は……


「「反抗期か!!」」


 親父と同じ言葉を同時に発したことが何よりも悲しかった。一人落ち込んでいると、親父は財布から千円を取り出し俺に渡してくる。


「なんだこれ?今日のお小遣いか?」

「ちげぇよ、それやるから金魚すくってこい」

「金魚すくいってすくってる仮定が楽しいんじゃないのかよ」


 まさか、祭りの金魚すくいで金魚を飼いたいからという理由でお使いを頼んでくる大人がいるとは思わなかった。


「うるせぇ!テメェは俺の言うことだけを聞いてりゃいいんだよ!」

「今の部分だけを切り取ったら完全にDV親父だったな」

「すまん、つい癖で」

「つい癖で!?お前いつもそんなこと言ってたのかよ!」


 マジか、実の息子である俺が気付かなかったぜ。恐ろしいもんだな、家庭ってのは。


 そんなアホなやり取りをしていたらいつの間にか約束の時間がギリギリになってしまった。これじゃあ、歩いてたら遅刻だ。


「クソ親父!テメェのせいで走る羽目になっちまったじゃねぇか!こんな暑い中走ったら汗だくになっちまうだろうが!」

「はん!今頃気付いたのかよ。そして汗だくで息を切らしながらお前は電車に乗るのだ。回りからはどう思われるだろうな?」

「この人臭いわ、この人清潔感の欠片もないわね?」

「そうさ!お前は今日周りからそう思われる運命なんだ!」

「なんだとおおお!!!」

「どうでもいいけど早く出たら?」


 また更にアホなやり取りを続けていると、二階から降りてきた健三が飲み物を取りに来たのか、冷蔵庫を開けながら言ってくる。


「そんなことより親父、近くまで乗せてってくれ」

「嫌だよ、渋滞するじゃねぇか」

「チッ」


 分かってはいたが、やはりだめだったか。仕方ない。走って電車に乗るのは嫌だし、遅刻するか。


「行ってきまーす」


 いってらっしゃーいという声が聞こえないことに寂しく感じながらも靴を履く。


「行ってきまーす!」


 家の扉を開けても、まだ返事は聞こえない。


「いってきまあああっす!」


 扉を閉める直前でも誰も返さない。


「いい加減、返事しろやああああ!!」


 誰からも返事が聞こえてこない寂しさから、俺はまた家へと戻って全力で二階への階段を駆け上がる。

 そして 健三の扉の前まで来て全力で息を吸い、


「いーってきまあああああすぅ!」

「うるさいなぁ!今ゲームしてるんだから、ちょっとくらい配慮してよ!」

「兄貴が家を出ようとしているんだから挨拶くらいしてよ!寂しいじゃん!」


 俺がちょっと面倒臭いことを言うと、健三は心底うんざりしたような顔をする。


「……いってらっしゃい、これでいい?」

「行ってきます!」


 満面の笑みでそれにこたえてやると、健三は勢いよく扉を閉めた。反抗期か?


 お次は親父だ。あいつだけ仲間外れだと可哀そうだからな。


「どこだ!」


 リビングへ行ってもいない!寝室にもいない!ということは一つしかない!


「ここだな!」

「うぉ!」


 やはり、ここだ!扉のノブを掴んでみると、鍵がかかっている。


「こんなところに隠れてやがったのか!」

「別に隠れてねぇよ!トイレだよ!ただのうんこだよ!」

「行ってきます!」

「お前、そんなことのために俺のトイレ邪魔しやがったのよ……結構な大物が出そうだったのにお前のせいで力んで千切れちまったじゃねぇか!」


 そんなことどうでもいい!


「行ってきます!」

「分かったよ!言えばいいんだろ!いってらっしゃい!頼むからこれでどっか行ってくれよ!」

「あばよ!」


 家族からの愛の送り出しを受け取った俺は颯爽と外へ飛び出したのだった。

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