いつも元気なやつが静かだと心配になるよね その二
「雄二、浮気、してないよね?」
その瞬間、俺と健三の体は完全に固まった。
京子の今の表情や、先程からの躊躇いを考えると、冗談で言っているわけではないだろう。いつもなら、もっと元気よく煽ってくるはずなのに、こんなにも大人しく、不安そうな京子は初めて見た。
俺たちの硬直は中々元に戻らなかったが、いち早く動いたのは健三の方だった。
「僕、まだ課題が残っているから……」
こいつ、逃げる気か!そうはさせるか!
驚きと動揺で動かなかった体をどうにかして腕だけでも動かして、立ち上がる寸前だった健三の肩を押さえつける。健三から非難の目を浴びせられるが、そんなもの構いはしない。この地獄の空気に俺一人を放置するなど許されることではない。
京子の顔を見ることができずに俯いていると、再び京子が口を開いた。
「その様子、やっぱり……」
「待て待て待て!そんなこと言ってないだろ?そもそもお前がどうしてそう思ったのかを教えてくれよ!」
そう、こうしてわざわざ家まで確認しに来たということは、絶対なんらかの根拠があるはずだ。それ次第ではどうやろうと誤魔化すことなんぞ容易い。
「この前の日曜日なんだけど」
ん?なんだか、既に悪い予感しかしないんだが。
「美緑以外の女の子と映画観に行ってたよね?」
「…………」
俺は笑顔のまま、またしても固まった。しかし、体自体は正常なようで、異様なほどの冷や汗が全身から流れ出てくる。
「え、っと」
「咄嗟にガスマスク被って隠れちゃったけど」
「あれお前かよ!」
「やっぱり、あれ雄二だったんだ……」
しまった……!いや、まさかあの店員の正体が京子だったとは、そんなのツッコまずにはいられないだろ!
「ワタシの目の前でイチャイチャして、カップルを別れさせる陰謀だとか何とか言って」
「兄ちゃん……」
「やめてくれえええええ!!!」
普通に恥ずかしいわ!
そして隣からは、そんなことを言っていたのかとか、何を墓穴を掘っているんだとか、だからやめておけと言ったんだ的ないろんな感情の混在した視線が突き刺さる。
「やっぱり、雄二は浮気しているの?」
こちらのことは一切見ようとせず、伏し目がちにそう聞いてきた。今まで生きてきて、こんな京子は見たことがない。初めて見るその様子に、俺は誤魔化すのをやめた。
「京子、本当のことを言う」
「うん」
「俺は浮気はしていない」
「……え?」
「なぜなら全員本気だからだ!」
「うわー、最低だこの人」
隣で、健三が死んだような目をしている。そして、京子は。
「全員本気?」
座った状態で全身をプルプルさせて、今にも何かが飛び出てきそうだ。流石に、怒ったか。まあ、そうだよな。従妹である俺が、複数人の女と本気で付き合っているなんて宣言したんだ。軽蔑されるのも無理はない。
「よかった~」
「「え?」」
「本気なら大丈夫だね!いや~、美緑とは遊びだったなんて言ったらどうしようかと思ったよ~」
なぜだか、安堵したように笑う京子。俺と健三は二人して混乱する。
「え、いいの?俺三股してるけど」
「え。ダメなの?」
「京子ちゃん、世間一般ではこういう類の人をクズって言うんだよ」
「あはは、雄二がクズとか今更じゃーん!」
「お前が俺のことをどう思っていたのかはよく分かった」
相変わらずどういう思考回路をしているのか分からない。が、なぜか俺は何も言われず、京子はいつもの調子に戻っている。
「でも、どうしてそんなことになったの?流石の雄二でもそんなことする人間だとは思ってなかったのに」
「全部親父と健三が悪い」
「僕らに罪を擦り付けないでよ!」
それから、俺がどうしてこうなったのか、どうして未だに三人と付き合っているのかを全て説明した。
「うん、とりあえず雄二がクズなのは再認識できたよ」
どうやら、黙っておいてくれるようで、始めはどうなることかと思ったが、いざという時に頼れる人間が増えたという風にポジティブに考えよう。……いや、むしろコイツ邪魔になりそうだな。
「それにしても、まさかもう一人いたなんて……。そもそも、相手が朱音さんっていうのにもビックリなのに」
「……ちょっと待て、お前朱音と知り合いなのか?」
あまりにも自然というもんだから、危うくスルーしそうになったが、とんでもないことを言った気がする。
「ん?ああ、大学の先輩だよ」
「え、お前そんなに頭よかったのか?」
「ふっふっふ、実はそうなのだよ!」
朱音の通う学校はこの辺では敵なしの名門大学だ。まさか、そこに進学しているとは。
「だから、あんなところでバイトしてやがったのか」
よくよく考えたら、家の遠いはずの京子があんな場所でバイトをする意味が分からない。しかし、朱音と同じ大学というのなら納得だ。あそこは確かに学校から一番近い商業施設。そこでバイトをする学生は多いだろう。
「もしかして一人暮らしか?」
「そうだよー、言ってなかったっけ?」
「知らねぇよ……」
この前婆ちゃん家行った時は、どうやら一時的に家に帰っていただけらしい。予想外の事実が発覚したが、今日俺の秘密がバレてよかったのかもしれない。朱音の知り合いだったということは、俺の知らないところで、勝手に話題に出ていつの間にか俺の浮……じゃない、三股がバレていたかもしれなかったわけだ。早いうちに口止めが出来たとポジティブに考えよう。
ふと、あることを思い出した。
「もしかして、俺が朱音の家に行った時のあの謎のテンションは」
「ああ!ワタシがアドバイスしたんだよ!大事な人が家に来るって言ってたから、こうした方がいいよって!まさか雄二だったなんてなー」
「やっぱりテメェのせいか!なんか既視感あったんだよな!あの時!」




