いつも元気なやつが静かだと心配になるよね その一
八月も残り一週間となった今日この頃。俺は家でぐうたらしていた。
久しぶりの一日休みとなった俺は、特に何をするでもなくソファーで寝そべっている。これまでのバタバタしていた日々を考えると、こういうのも悪くはない。健三も夏休みがあと少しということもあってか、必死に課題へと取り組んでいる。
「兄ちゃん、物理で分からない問題出てきたんだけど」
「俺馬鹿だから分かんないわ~」
「ははっ、そうだよね、バカな兄ちゃんに分かるわけなかった」
鼻で笑って、自分で参考書を取りに行く健三。
「てめえ、バカにすんのも大概にしろよ!見せてみろ!」
兄の威厳を保つために、健三が説いていた教材を横からぶんどる。
「……やっぱ分かんねぇわ」
「何がしたいの?」
一年以上前に卒業した俺が、難関私大の問題など解けるはずもなく、俺の体とともにソファーにぽーんと教材を投げてやる。我が弟はため息を吐きながら自らの足でそれを取りに行くと、俺へ何か文句を言うわけもなく今一度自分の部屋に参考書を取りに行った。よくできた弟だぜ。
先日のデートは、一時、ちょっとヤバい場面はあったが、概ね大成功を収めたと言っていいだろう。なぜなら、今日という休みを手に入れられたからだ!ただ、あれをもう一度やるかと聞かれれば、即答はできない。あんな精神の擦り切れるようなことを俺は知らない。もし、前回と同じような状況になったら今度は誤魔化せる気がしない。
「あ、そいえば兄ちゃん」
「ん?」
「京子ちゃんがあとで来るって言ってたよ」
「京子が?」
俺の従妹であるあの女は、わざわざ事前に来ることを伝えるようなマメな性格ではないはずだ。一体どんな目的があるというのか。
すると、ちょうどインターホンの音が鳴り、京子が来たことを教えてくれる。
「健三、出てー」
「ちょっとくらい動きなよ……」
呆れながらも、きちんと俺の言う通りに動いてくれる。こいつがいるから俺はこんなダメ男になってしまったんだ。
案の定インターホンを押したのは京子だったようで、健三と共にリビングに入ってくる。
「お邪魔しまーす」
「「えっ」」
「え?なに?なんで二人とも驚いてるの?」
京子は心当たりがないのか、きょとんとした顔で首を傾げているが、俺と健三は今あった摩訶不思議な出来事にあんぐりと口を開けて驚いていた。
「二人ともおかしいよ?そんなにも口開いてたらセミの抜け殻入れるよ?」
「おかしいのはお前だろ!」
「え、セミの抜け殻くらいいつも持ってるじゃん」
「そこはいつも通りだけどな!うちに上がるときに『お邪魔します』って言っただろ!」
「あ~、そんなことかー。ふっ、ワタシも大人になったということだよ」
「セミの抜け殻を常に持ち歩いている大人はいないと思うけどね」
まあ、しかし、こいつも大学生だ。多少は進歩したということだろう。変わったことと言えば、最初の挨拶くらいなもんで、図々しくも人の家の冷蔵庫を勝手に開けて、牛乳を飲み始めた。しかもパックごと。あまりにもいい飲みっぷりだったので、それを静観していると、予想以上に長い間傾けている。
「京子?」
「っぷはー、いやー、牛乳は一リットル一気飲みに限りますなー」
「テメェ!人んちの牛乳全部飲む奴があるか!」
「そうだよ、お腹壊しちゃうよ」
え、そこ?健三。お前は優しすぎるよ。京子相手に体調の心配なんて無用だというのに。
「大丈夫!ワタシ!お腹壊しても耐えられるから!」
ほらな。胸を張ってドヤる京子を尻目に、丁度今来た通知の内容を確認する。バイト先のグループからだ。内容は、みんなで夏祭りへ行かないかというものだった。その日は丁度店も休業するらしく、一応全員がシフトに入っていないらしい。……ふむ、夏祭りか。
「で、何しに来たんだよ」
祭りの日付を確認しつつ、京子の目的を聞く。こいつが、事前に連絡までしてくるんだ。何かしらの用があったのは間違いない。どうせ京子のことだからくだらないことだとは思うんだけど。
「え、えぇっと~……」
「ん?」
物をはっきりと言う京子にしては珍しく言い淀んでいる。その様子を不思議に思って、彼女の方を向いてみると、なぜか気まずそうに明後日の方向を向いている。
どうしたんだ?
「健ちゃんがいると……」
「健三がいるとまずいのか?」
「えっと、なんていうか、雄二がいいならいいとは思うんだけど」
「ん?俺は別にいいけど」
ますます訳が分からない。俺に話があったのか?この様子だと京子本人の相談事、というわけではなさそうだ。健三もどういうことか分かっておらず、俺と同様にはてな顔だ。
ひとまず落ち着いて話をするために、ダイニングテーブルに座り、お茶を用意した。牛乳を飲んでたからもう喉は渇いてないと思うけど、雰囲気って大事だよな。
俺と健三が並んで座り、その向かいに京子がいるという形になっている。
それからも、中々踏ん切りがつかないのか、話を切り出してこない。幾ばくかして、話す決心が出来たのか俺の方を見据えて口を開いた。
「雄二さ、浮気、してないよね?」




